第46話 研究者は遂に大空を翔ける


「ロイ、お主……妾に隠れて何やら面白い事を始めたようじゃの?」


 魔導ボードの最終調整のため研究室に篭っていたロイフェルト達のもとに、第三王女一行がやって来たのはそれから一週間後の事だった。


「……なんだ姫さんか」


 調整に次ぐ調整で再び三徹状態に陥っていたロイフェルトは、目の下にクマが出来ているほど疲労が溜まっており、ユーリフィの問い掛けに素っ気なくそう返して視線を作業台へと戻した。


 更に言うなら、ミナエルとトゥアンの二人も半分瞼が閉じかかった無表情な状態で一瞬一行に目を向けたものの、直ぐさま機械じかけの人形の様にキキーっと作業台の方に顔を戻している。


「…………『なんだ』とはなんじゃ。なんかお主、妾の扱いが些かぞんざいになっておらんか?」


「気の所為だよ。俺、今、疲労困憊で姫さんの相手している余裕が無いんだ。あとで相手してあげるから、今日のところは勘弁してよ」


「それが『ぞんざい』だと言っておるのじゃ! もっとしっかり構うのじゃ!」


「あーハイハイ。これが完成してからねー」


 作業を続けながらそう返すロイフェルトに、ユーリフィは頬を膨らませながら「ムムム」と唸る。


「はぁ…………姫様。唯でさえ同年代のともがらと比べて幼きお姿をお気になされておりますのに、その様に幼子の様なお振る舞いをされては、益々幼女化に拍車が掛かってしまいますわ」


「アニステア……貴様…………少しばかり雪蛤の効果が現れ始めたからと言って調子に乗るでないわ! 平地が砂山になった程度で何を勝ち誇っておるのじゃ! 世間一般では、お主も妾も持たざる者としてひと括りになっておるのじゃからな!!」


「何とでも仰言って下さいませ。それに……ウフフフ…………」


「な、なんじゃ……その含みのある笑いは?! まさか……まさか?!」


「その『まさか』ですわ! わたくしあれからまた、成長を続けておりますのよ? 確かに今はまだ持たざる者としてひと括りにされても致し方ありません。しかし……しかしいずれ………」


 自慢気に、そして勝ち誇ったように、愕然としているユーリフィにそう言い募るアニステア。因みにこの二人は、一応は主従関係にあるものの、所謂、気の置けない幼馴染の関係にあり、この程度のやり取りは日常茶飯事で、特に問題になる事は無い。


 戯れ合う二人を半ば放って、ティッセがロイフェルト達三人の作業を覗き込む。


「…………何? 盾?」


「……盾じゃなくて飛行用魔導ボードの試作品」


「これに乗るの? 飛べるの?」


「昨日までの実験で、ある程度飛行可能な術式を組み込むことに成功したよ。今は最終調整中。まぁ、術式のマイナーダウンはミナエル先輩とトゥアンの二人が頑張ったおかげで何とか目算が立ったし、神代文字ルーンの刻印が済めば、あとは実際に飛ばしてみるだけ」


 今までの過程を知らないティッセには、今のロイフェルトの話の大部分が意味不明だったが、取り敢えずこれが飛ぶための魔導具である事は理解したようだ。


 それでも気になる疑問が脳裏をかすめ、ティッセは小首を傾げて問い掛ける。


「…………キミは、魔法が使えない筈?」


「魔法の使えない俺でも使える飛行用魔導ボードと、飛行術式が展開できる程のマナを持たない人間でも使える飛行用魔導ボードを作る実験なの」


 ロイフェルトの返答に、ふふーんと頷きを返すティッセだったが、その中身がじわりと頭に染み込むにつれ、普段は表情が乏しいティッセの顔に驚きと期待が浮かび上がる。


「ボク、マナ量と職業上の制約の関係で飛行術式を長時間展開出来ないけど、使える?」


 斥候であるティッセは、その役割上、マナの大部分を索敵や身体強化に費やしている為、他の魔法に回せるほどマナに余裕が無い。


「理論上、誰でも起動出来るように使えるように作った。あとは本人の運動能力次第。もうすぐ完成だから明日が最終実験」


「行く」


 即答するティッセ。


 魔法や魔導具にはあまり興味の無いティッセだったが、以前から飛行魔法には憧れを抱いており、このロイフェルト達が作った魔導具が本当に誰でも飛べるのであれば、是非ともそれを目にしてみたい。


「来るのは構わないけど、邪魔はしないでね。あと姫さんにも邪魔させないでね」


「任せて」


 乏しいながらもワクワクとした内心を表情に滲ませるティッセの様子に、隣のニケーがもの珍しげに目を見開いた。


「ティッセが、飛行魔法にそこまで興味があるとは知りませんでした」


「ニケーは興味ない?」


「私は…………正直、足場の不安定な空中を移動するのは苦手です。地に足がついていないと、盾を構えても敵の攻撃を抑え切れませんし」


「斥候のボクは、移動手段が沢山あった方が良い」


「それは……確かにそうですね」


「何の話じゃ?」


 そこで戯れ合いを終えたユーリフィが口を挟んだ。


「ロイフェルトくん達が作っている飛行用魔導ボードの話です。明日試運転するそうですよ」


「そうか。ならば出直すとしよう。これ以上ここにおっても退屈じゃ。戻るぞ」


「姫様。ボク、見てたい」


「構わぬ。護衛は揃っておるでな。何時から試運転を始めるのか聞いておけ」


 そう言って、ティッセを除いた一行は研究室から出て行ったのだった。





◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 そして次の日、ロイフェルト達三人と王女一行は、いつもの丘陵地の頂上へと足を運んでいた。


 ロイフェルトは、ボードをポイッと地面に放ると何の前置きもなく装具に左足を乗せて口を開いた。


「さて…………それじゃ始めようかね」


「せせせ折角の研究結果のお披露目なのに、じよ、情緒も何もあったもんじゃないですね」


「それは昨日、ボードが完成した時にたっぷりと味わったよ。俺は成功を確信してるし、今日は気楽に空の旅と洒落込もうと思ってるの」


「それもそうですわね。あれ程までに苦労に苦労を重ねて作り上げた魔導ボードが、失敗する事などありえませんわ。今更感動にうち震える必要も無いでしょう」


「そそそれはそうですよね。先輩は、完成したその瞬間に泣き崩れながらロイさんに抱き着いて、かかか感動にうち震え済みですもんね。ああああたしはそれを見て感動する気を逸してしまいました」


 ハンッとでも擬音が立ちそうな悪態を付きながら、荒んだ視線を逸らすトゥアンに、ミナエルはピキリとこめかみの辺りを力ませる。


「…………トゥアンさん? 確かわたくしは、そのお話はこれ以上蒸し返さないようお願い致したはずですわよね?」


「ぼぼぼ暴力には屈しませんよ! ど、どさくさに紛れてロイさんに抱き着いたその罪……お天道様が見逃しても、めめめ名探偵トゥアン・ストリーバが絶対に見逃したりしません!」


「だ、だからそれは前後不覚になって気が付いた時にはロイさんに抱きとめられただけと何度も言っているでしょう?! 貴女の思うような如何わしい理由などでは断じてありません!!」


「へーそうなんですか? あああたしの目には、自分から抱きつきに行った様に見えましたが?! 頬を染めて恥ずかしがりながら微笑む先輩は確かに可愛かったですがね!!」


「だだだだだからそれは錯覚です! 貴女の妄想です!! わたくしは断じて微笑んでなどおりません!!!」


 今回の魔導ボードの共同作業で、二人の距離は一気に縮まり、貴族と平民という垣根を取払い、仲の良い姉妹の様に互いに悪態までつくようになっていた。


 この戯れ合いはその延長で、最近は時間があればこうやって言い合いを始める二人に挟まれ、ロイフェルトは大きく溜息を吐いた。


「俺、先に行くから」


 そう言うと、左足で装具にマナを通しながら右足で地面を蹴った。


 マナを通した魔導ボードは、まるでソールからゼリーでも滲み出たかのようにぐにゃりと浮き上がり、地面を蹴った事で前に進み始めた。


「あ! お待ちなさい! 『内なるマナよイーサマーナ……』」

「また放置プレイですか?! 『内なるマナよイーサマーナ……』」


 それに続いてミナエルとトゥアンの二人は、慌てて魔導ボードに足を掛け、魔法の起動呪文を詠唱する。


 足から流れ込むマナに反応し、二人のボードはふわりと浮遊し、更にテール側に乗せた足を一気に踏込むと、強い反発力がソールを押し上げ前に進み始めた。


 三人は徐々にスピードを上げ、土魔法で作られたジャンプ台へと我先にと向かう。


 それを見ていた王女一行。


「………マナを通す事で、板が浮遊しておるのかや?」


「恐らく浮遊魔法の神代文字ルーンが刻印されているのでしょうね」


「ロイフェルトくんは、マナをボードの裏側に纏わせて地面との摩擦をゼロにしているように見えます」


「ロイくんは法術。他の二人は神代文字ルーンによる相対位置の固定。更にそこに圧を掛け反発力の発生。それにより前に進むエネルギーが効率良く生産。マナを燃料に速度を出すと言っていた」


「だがあれでは『飛行』とは言えぬが?」


「それは今から。見てて」


 一行の視線の先で、ジャンプ台に一番乗りしたのは、やはりフライングスタートを切ったロイフェルト。


 法術で速度を上げながらジャンプ台へと差し掛かると、正面からの強い風がボードの下へと入り込み強い揚力が生み出され、更にジャンプ台から飛び出す力を利用して、そのまま大空を駆け抜けていく。


(ソールに集めたマナで風を受け流し、揚力を生み出す気流を作り出す。そうして実際に生まれた揚力を法術で強化しつつ、ソールを上手く微調整して操作すれば……)


 その瞬間、ボードがググーンと急上昇し始める。


(クッ…………サイドにマナを移動させながらテールを軽く蹴りつつ風の抵抗を微調整!)


 速度は維持しながら、今度は横に大きく緩やかな弧を描く。


(ノーズの向きに気を付けながら……体移動!)


 弧は円を描くかと思われたが、今度は下方へと降って行く。


「ヒヤッハァァァァァァ!」


 そして、奇声を響かせながら地面スレスレでまた方向を転換し、今度は地面スレスレを右へ左へとターンしながら丘陵地を降って行った。


 続く二人もジャンプ台を利用して大空へと飛び出すと、風の上を滑るように幾度もターンしながら進んで行った。


「雷帝とトゥアンは……あれはマナ放出系の魔法で推進力を生み出し、風魔法を細かく発動することで左右の旋回しておるようじゃの」


「なる程……マナ放出系魔法と風魔法を利用する事でボードを操っているのですね? でも、飛行魔法らしき術式も使わず、どうやってあそこまでボードを『飛行』させているのでしょうか?」


「ロイくんが言うには、魔法で生み出した推進力が『揚力』というエネルギーを生産。それで浮遊。それをマナ放出系魔法と風魔法、あとは身体的な力を使ってボードを操作。『飛行』に繋げてる」


「ぬぬ…………『揚力』とやらが良くわからんが、原理は簡単そうじゃな」


「既存の飛行魔法の術式はどれも複雑で非効率。ロイくんが作ったあの飛行用魔導ボードは、飛行術式を利用せず、『飛行』という『現象』を作ってる。画期的」


「でも、ボードを操作する為の高い運動能力が必要ですね」


「確かに。あと、あのボードその物にも秘密がありそうだ。ティッセは聞いたのかい?」


「それは教えてもらえなかった。ボードに刻まれた術式も見てない」


「であろうな。研究内容をおいそれとは話せまい。ふふふ……これは現物をロイフェルトに都合してもらはねばならんな…………と言うか、あ奴ら何時まで飛んでおるつもりじゃ?! さっさと降りてこんかぁぁぁぁぁい!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る