第35話 研究者は自ら謎の解明に乗り出す


「と言う訳で、この場で洗いざらい吐いてもらおうかの」


「何が『と言う訳』なの?! まーったく分からんわい!」


「姫様、それでは三文小説に出てくる三下小悪党の様ですわ」


「うむ。実は言ってみたかったのじゃ。王道故にこの言い回しが使われると聞いたのでな。確かに使いたくなる気持ちもよう分かる。王道には王道たる所以があるということじゃの」


「なんか、この国の行く末が心配になってきたよ……」


「安心せい。妾が国政に関わる可能性はほぼ無いのじゃから問題無い。それでも国が傾くようならそれは妾の責任ではないからやはり問題無いの。さあ、懸念も解消されたところで洗いざらい吐くが良い」


「何か、色々間違ってる気がするけどもう良いよ……んで、何が聞きたいの?」


 そう言って、ロイフェルトは一同をぐるりと見渡した。


 一同が会しているのは、ツァーリとロイフェルトが治療の療養の為に押し込められた学園内の救護棟の一室だ。


 主に高位の貴族子息女の為に開放される一室で、余計な邪魔が入らないようにと、王女の一存でロイフェルトはツァーリ共々この部屋に押し込められていた。


 あの対決から既に2日が経過しており、ツァーリは魔法により怪我は完治し、後は失った血液と体力の回復を待つばかりとなっているが、ロイフェルトの方はと言うと、目覚めたばかりでまだ砕けた右肩は治りきっておらず、身体を起こすだけでも難儀していた。


 この場にいるのは王女の側近たちとラーカイラル、そしてスヴェン、ツァーリとロイフェルトの世話をしていた王女付きの侍女達だけだ。


 トゥアンは、貴族しかいないこの棟まで来ることに気後れしてしまい、この場にはいない。


 一見我儘王女が私利私欲(知識欲を満たす為)に任せて自分王女の監視下に置いたかの様に見えるが、その実、自分の術の正体を秘匿しやすい様に手を回しているのだと言うことがロイフェルトにも理解できたので、今回は素直に王女の要求に答えることにしたのだった。


「うむ……そもそも其方のあの術は魔法・・なのかへ?」


「いきなり核心を突いてきたねー……」


 うーんと唸りながら腕を組んで考え込むロイフェルト。別に答えを出し渋っている訳ではなく、どう答えたもんかと悩んでいるだけだ。


この世界・・・・における魔法の定義って何?」


「……マナを触媒に神聖言語や神代文字をキーとして引き起こされる超常的現象の事であろう?」


「まぁ、そうだね。ただ重要なのは『マナ』の方で、このマナを利用する事で生み出される各種現象が所謂『魔法』だと俺は思ってる」


「うむ、その分類の仕方であれば、お主の術も魔法には変わりはないと主張したいのかへ?」


「いや。俺の扱う術は魔法と呼ぶには色々と足りない物がある。そもそも、俺の術は『現象』を生み出して・・・・・いない。そこにある現象を・・・・・・・・強化しているだけ・・・・・・・・だけなんだ。肉体強化に現象強化が俺の術の全てだよ」


「でもお前、火属性魔法の『着火アポット』とか、風魔法の『探知ティサート』を使ってなかったか?」


「あれも現象強化の一種だよ。例えば……うーん……スヴェン、『探知ティサート』使ってみて」


『……内なるマナよイーサマーナ 風のご加護を我が元へシルベリンドーマ 探知ティサート


 スヴェンが呪文を唱えるとぽわんと風が波紋のように広がって、様々な情報を術者の元へと運んで来る。


「うん。特に怪しい奴は来てないな。んで?」


「今の魔法発動までの行程は、最初に体内のマナに干渉し、次に風の精霊の加護を願い、最後に魔法の固有名を唱えて発動したよね」


「ああ、その通りだ」


「それを俺がやるとこうなる」


 と、ロイフェルトはパチンと指を鳴らして呪文を唱え始めた。


内なるマナよイーサマーナ 風のご加護を我が元へシルベリンドーマ 探知ティサート


 今度はロイフェルトを中心に、術の波紋が広がっていく。


「うん。確かに不審者はいないみたい……ん?」


 ふと、顔を上げたロイフェルトの視線の先にいたのは、王女の傍らで彼女の守護につくニケー。


「……? ロイフェルトくん、私の顔に何か付いてますか?」


「いやね……何と言うか……」


 ほんの少し逡巡の後、ロイフェルトは親指をグイッと立てて口を開いた。


「効果があったようで何より」


 その言葉の意味に瞬時に気付いたニケーは、顔を赤らめ挙動不審に手足を動かし明らかな動揺を見せる。


「にゃにゃにゃにゃにゃんのことでしょうか?!」


「「「……にゃ?」」」


 疑惑の目を向ける王女及びアニスティアとティッセだったが、直ぐさま答えに辿り着く。


「ま、まさか、ニケーお主……」


「そう言えば、下着について、侍女達に何やら相談していたと小耳に挟んだような……」


「……」


「主である妾を差し置いて、部下であるお主が雪蛤あれの恩恵を受けたと言うのかぁ?!」


「いいいいいいや、そそそそそそそそこまで目立った変化があったわけじゃななななくてててててて………」


「目立ってなくとも変化があったのでございましょう? どう言う事でございますか?! わたくし達には一切変化が無かったというの……に?」


 そこでチラリと頭を振ってこの糾弾に関わろうとしない一人に視線を向けるアニスティア。


「……ティッセ?」


「……」


「……ま……まさか……お主までと言うのではなかろうな……」


「……」


 気まずげに視線をそらすティッセの様子に、王女とアニスティアの二人はショックを受けよよよとよろけ侍女達に支えられる。


「流石に王族と高位の貴族のご息女だけあって、ショックの受け方もお上品だよね」


「「…………」」


「いや、そんな目で見られても……効果は人それぞれで……それこそ効果のない人だっている訳だし。まぁ、ニケーさんは確か同学年であっても早生まれでしょ? ティッセ先輩は年齢的に1学年上だし、その辺で差が出たんでない?」


 ロイフェルトの言葉に勢い良くコクンコクンと縦に首を振るニケーとティッセの二人。迂闊に言葉を挟めばどんな報復いじわるが待っているのか分からないので、それ以上の反応は控えているようだ。


「私はこの中では一番月齢が下のはずだが?」


 ツァーリのその一言に、王女とアニスティアの二人は自分達の胸元とツァーリの胸元を見比べてシクシクと涙をちょちょ切らせるのだった。


「まぁ、オチが付いたところで魔法の話に戻ろうか」


「ロイ、お前……すげーな。この中でそんな風に平然としてられるなんて……」


「もう慣れたよ。それよりスヴェン、俺とお前が使った魔法の違いはわかるか?」


「……全く分からんな。同じように神聖言語を扱っていたようにしか見えなかった」


「少しは考えろよ。最近、脳筋化に益々磨きがかかってねーか? 王国流剣術師範代第八位のスヴェン様」


「……」


「ラーカイラル教官なら分かったんじゃないですか?」


「そうだな。スヴェンの魔法は魔法名を唱えたところで術が発動し、ロイフェルトの魔法は指を弾いたところで発動したのではないか?」


「正解です。流石ですね」


 ロイフェルトはパチパチとわざとらしく拍手をする。


「おヌシがヒントを散りばめていたのだろうが。現象強化と言うからには、指を弾いた時の音にマナを乗せたと考える方が自然じゃの」


「まぁそうですね。俺は指をパチンと鳴らすことで音を生み出し、その音にマナを乗せて『探知』を仕掛けたって訳です。因みに『音の質』が良ければもっと細かく探知が出来ますよ」


「そもそも、神聖言語と神代文字を始めとした魔法事象に適性が無いとロイフェルト本人が言っとってたではないか。その場にいたお主が何故思い至らぬのだ、スヴェン」


「……シクシク……」


「まぁ、阿呆は放っておくとして、結論から言うと俺が使った神聖言語の呪文は只のお飾りなんだよ。神代文字もね。だからこの世界の魔法・・・・・・・とは全く異なる理論によって俺の術は成り立ってる。と言う訳で、俺は自分の術を魔法と定義していない。敢えて名前を付けるなら『法術ほうじゅつ』ってところかな? 物理法則の強化が主な効果だから」


「ぶつりほうそくの強化……とは?」


この世界の魔法・・・・・・・は、一つの大きなシステムによって支配され、神聖言語や神代文字、神や精霊の御名に依って具現化される。だけど俺が使う魔法はそれとは全く違う法則によって具現化されてるんだよ。物理法則って言うのは、例えば指を弾けば音が鳴ったり、火打ち石から薪に火の粉を落とせば炎が生まれるように、手からナイフを落とせば地面に突き刺さるように、日常の中で起こる当たり前・・・・の現象の事さ」


「ロイ、お主……先程から『この世界・・・・』という言葉を度々使っておるの……いったい何が言いたいのじゃ?」


「胸は無いけど察しのいい姫様なら分かってるんじゃない?」


「胸は関係ないわい! と言うか無いのではない! 只々慎ましやかなだけなのじゃ! ったく……我が国の記録ではないが、世界各地の文献にチラホラと記録が残っておるからの……都市伝説の類とばかり思っておったが……お主、まさか本当に異世界人から来た『落人おちびと』なのか?」


「ご名答。姫さんの言うとおり、俺は全く別の世界からいつの間にかこの世界に迷い込んだ異邦人……所謂『落人おちびと』って奴なのさ」



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