第28話 研究者は背後の気配に竦み上がる


「あ、ロイさんにツァーリさん! きょ今日は随分と遅かったですね!」


 研究室に入ると、既にトゥアンが先に来ていて、自分の研究を始めていた。


「王女に呼ばれてね。雪蛤が届いたんで鑑定してきたんだ」


「あ、あの時言っていたしょしょ食材ですね?」


「そう」


「かか鑑定結果はどうだったんですか?」


「間違いなく雪蛤だったね」


「……きき気になっていたのですが、そそその雪蛤という食材は、たた食べるとほほ本当に胸が大きくなるのですか?」


「確実にって訳じゃないけど、大きくなりやすくなるのは間違いないよ」


「そ、それならもっと市場にでで出回ってると思うのですが……」


「流通するほど数が出ないんだ。雪蛤ってのはフロストフロックの輸卵管だから。フロストフロック自体それ程数がいるわけでもないし、その上、食材として通用するのは、生まれて三ヶ月未満の成体になる前のフロストフロックの輸卵管だしね」


「ゆゆ輸卵管って事はめめ雌でしょうし、ささ更に数が絞られますもんね……ふふフロストフロック自体は、せせ成体でも食べれましたよね?」


「肉はね。内臓系は危険だから食べない方がいい」


「な、なるほど……ふ、フロストフロックじゃないとだだダメなんですか? ほほ他にも蛙はいますよね? 魔物だけじゃなく、ふふ普通の蛙も含めれば、かかかなりの種類になるとおお思うんですが……」


「蛙の輸卵管であれば良いのかなぁって確かめた事があるんだけど、残念ながら全ての蛙に共通するって訳じゃないみたいなんだ。もしかしたら要件を満たす蛙が他にいるかもしれないけど、俺はそこまで調べるつもりはないよ」


「そ、そうですか……」


「やりようによっては高級食材として売り出すこともできるかもしれないけど、それにはまず、要件を満たす蛙を見つける事から始めなきゃなんないよ。フロストフロックの方は、買い占めて販売なんぞしようもんなら、王女に目ぇ付けられる事必至だから」


「そそそれはこちらとしても御免被りたいですね……まぁ、あああたしはさし当たっでハーブティーでひと儲けするつもりですので、そちらを優先するつもりですが……」


「そう言えば、肝心なその研究の方はどうなの? 大丈夫そう?」


「は、はい! なな何とか成功しました! ああ後は出来るだけマナの消費を抑えて、いい一般従業員でも使えるようにアレンジ出来れば完成です!」


「意外に早く出来たね。まぁ、君の場合、その後の商売上の細かい準備も沢山あるだろうから、魔法が完成してからが本当の勝負だけどね」


「ででデスヨネー」


 現実から目を逸らしたいのか、トゥアンはこめかみに一筋の汗を滴らせながらツツーっと目を逸らす。


「あ、それとあれ・・の準備が出来たんだって。今日の夜は姫さんのとこ行くことになったから」


あれ・・? ……も、ももももしかしてブラッドリリーですか?! つつつ遂に食べられるんですか?!」


「そうみたい」


「きゃぁぁぁ!! やったぁ!! はぁ……い、一体どんな料理が出るんでしょう……楽しみですぅ」


 トゥアンは頬を抑えてうっとりと思いを馳せる。


「そう言えば、ツァーリ」


 と、ロイフェルト傍らの何故か研究室まで付いて来ている銀髪巨乳バトルジャンキーに視線を向けて問い掛ける。


「肘の調子はどう?」


「もう完治した。本来ならすぐにでもお前に勝負を挑みたい所であるが、毎日のように訓練で手合わせのような事をしているからな。どうせなら魔法も使って実戦形式で戦いたいと思っている」


「んー……近々実技訓練が、魔法も交えた形式に切り替わるらしいから、その時かな? 正直、今のツァーリに魔法まで加わったら俺の身が持たないような気がするんだけど」


「ふふふ……楽しみだ……今まで我慢していた分、思う存分に殺らせてもらう」


「いいい今なんか物騒な言葉入ってなかった?!」


「おっと、つい心の声が……ククク……楽しみだ……」


 背筋に冷たい物が滴る気配を感じながら、ぶるりと身を震わせるロイフェルトなのであった。













「だだ第三王女殿下からのご招待ならば、どどドレスを着てお屋敷にむむ向かった方が良いのでしょうか?」


「姫さんの屋敷だけど学園の敷地内なんだから制服で行くに決まってんでしょ」


「みみ見咎められたりしませんかね?」


「いや、どう考えたって、寮からドレス着て向かう方が見咎められるでしょ。この敷地内では制服こそ最高のドレスコードなの」


「ででデスヨネー。わわ分かってはいるんですが、おお王女殿下を始めとしたきき貴族のご令嬢の方々と食事をご一緒するなんてたた体験、これまでもこれからもあり得ないでしょうし、あああ頭が混乱してきてしまいまして……」


「まぁ、気持ちは分からんでもないけど……あの・・姫さん達なら最低限のマナーさえ守れば特段うるさく言わないんじゃない? 君は出されたもんを美味そうに食ってれば問題無いよ」


「しょ、正直なところ、みみ身分違いな食事会に挑まなきゃならないって思うと、しょ、食事が喉を通るかしし心配です」


「まぁ、本来なら平民階級の俺達には雲の上の存在だからね。あの人達」


「……ロイさんはあまり気にした様子は無いように見えますが、や、やっぱり緊張したりするんですか?」


「姫さん達にはあんまりそういうの無いかな? 姫さん達もそういうこと望んでないだろうし」


「そ、それでも相手はやっぱり王族とそれに連なる貴族様達ですし、ふふ普通ならあんなにフランクに話したり出来ないと思うんですが」


「流石の俺も、学園外ならあんな態度は取らないよ。姫さん達はともかく、周りが黙っちゃいないだろうしね」


「いい意外に空気を読むタイプなんですね……ロイさんって」


「意外に思われるのは心外だな。俺は目立つのが苦手だからいつも静かに過ごしているのに」


「え?」


「え?」


 ポカンとした表情で理解不能と小首を傾げるトゥアンの様子に、本気で驚いた表情を見せるロイフェルト。


 ロイフェルトとトゥアンは、研究室を出て一旦それぞれの寮へと戻ると、こうして再び合流し、肩を並べて屋敷へと足を向けていた。


 因みに何故か研究室まで付いて来ていたツァーリは、自分で淹れたハーブティーを飲みながら一息入れているところでティッセが連れ戻しに来て護衛任務に戻った。


 その時に、折角だからとティッセにツァーリが手ずからハーブティーを淹れ、その普段のツァーリのイメージとはかけ離れた優雅な振る舞いにワナワナと慄き、恐る恐る口にしたハーブティーが存外の美味だった事に敗北感を植え付けられたティッセが、涙目で肩を落として研究室を出て行ったのはここだけの話だ。


 ロイフェルトはゴホンとひとつ咳払いをする。


 これだけ目立っておきながら、静かに過ごしてるつもりだなどと言う事が如何に厚かましいかは第三者の目から見れば一目瞭然で、それに思い至ったロイフェルトは、ツツーっとトゥアンから視線を外した。


「ツ、ツァーリって、存外スペック高いよねー」


「デ、デスネー」


 唐突な話題変換にトゥアンは全てを察し、居た堪れなくなったように、こちらも視線を外して棒読みでセリフを返した。


「ほ、本人から聞いた話だと、ツァーリの実家は騎士の家系で、しかもその中でも武勇を誇るタイプの騎士みたいなんだけど、それでも社交界においてマイナスにならない程度には礼儀作法も社交術も仕込まれるんだってさ」


「そ、それだけでは無いですよね。ツァーリさんは、へへ平民階級のあたし達にも別け隔てなく接してくれますし……」


「彼女にとっては身分制度はそれほど重要ではなくて、多分自分基準で相手を認めるかどうかなんだと思うよ。その基準が普通の貴族とはかけ離れているみたいだけどね」


「あ、あたし達としては、他の貴族の方々達と比べれば、ツァーリさんの方が何倍も好ましくおお思えますよね」


「まぁね。どうすれば、ああ育つのか不思議でしょうがないけど」


「お茶を淹れる動作はゆゆ優雅でしたし、のの飲み方も礼儀に適ってました」


「まぁ、貴族のご令嬢が自分でお茶を淹れるのはどうかとも思うけどね。普通は使用人がする事だ。ただ、女子力って意味では間違いねくあの一行の中で高い方だよね。訓練見てたけど、リズム感もあるし、運動神経は抜群だから社交場でのダンスの腕前も確かだろうな……益々もって高女子力だ」


「よよ容姿端麗で家柄も申し分ないのに、本人は結婚含めた色恋沙汰に全く興味を示さないのは不思議ですね」


「まぁ、『刺殺刑だ!』とか『我が剣の錆となれ!』とか、満面の笑みで平気で言っちゃえる人間が、赤面しながらモジモジしてたらそれはそれで俺が女性不信になりそうだけど」


「ギャ、ギャップ萌えと言う言葉もありますが?」


「それは無くも無いけど……ツァーリが、そうなる姿想像出来る?」


「……ないですね。ツ、ツァーリさんなら剣を突きつけながらまま満面の笑みで想いを告げそうですね」


「ダヨネー」


「なんの話だ?」


「「っ!!!」」


 屋敷の近くに差し掛かった所で、当のツァーリが姿を見せ、二人は幽鬼にでも出会ったかのように竦み上がった。


「ナナナナナナナンデモナイヨー」


「つつつツァーリさんの剣先が、じじじじ人知を越えた領域に達しそうだと話していたんですぅ」


「そうそう! 俺、どうやって対抗すれば良いのかなぁって思ってさ! あ! 屋敷だ! 姫さん待たせちゃ悪いから早く行こう!」


「そそそそうです! へへ平民のあたし達が王族を待たせるだなんてとんでもない事です!」


 肩を組んで歩き出したロイフェルトとトゥアンを訝しげに見ながら、ツァーリもその後を付いて行くのだった。

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