第21話 研究者は甘い物で一息ついたら変態に絡まれる


「ウグゥゥゥ……こう細かい調整は苦手だ……」


 ブルブルと頭を振りながら、ツァーリはウンザリしたようにため息をついた。


 ブルブルと震えていたのは、頭だけではなかった事はロイフェルトの頭の中にこっそりとしまっておく。


 ロイフェルトの食指は動かないが、野性味溢れる雰囲気と細身の巨乳という組み合わせのギャップは、中身を知らない上級生の人達に根強い人気がある事は確かなようで、ロイフェルトもその噂をチラホラと聞いたことがあった。


 第三王女の護衛の任務についてる時などは、この美しい顔立ちで、氷で出来たナイフのように冷たく鋭い眼光を放ちつつ周囲の警戒に当たっているので、それもまたギャップを生み、それがまた人気を高める要因になっている。


「研究ってのはそれの繰り返しだよ。理論の確立ができればあとは実験あるのみ。細かい調整を避ける事はできないね」


「私に理解出来ないな世界だな。身体を動かしている方がずっと楽だ」


「お茶でも飲むかい? あと、甘いものでも出すよ」


「助かる」


「トゥアンも休むかい?」


「い、いえ! あああと少しで何かが掴める気がするので、もう少しがが頑張ります!」


「分かった。程々にね。俺等は向こうでひと休みしてるよ」


「ハイ! 了解しました!」


 ロイフェルトとツァーリの二人は連れ立って倉庫を出ると、仕事から開放された労働者のように伸びをしたり肩を回したりと凝り固まった筋肉をほぐす。


「空気を保温しつつ、ゆっくりと風を流すまでは割とすぐ出来るようになったのだが、水分と毒を抜き取りつつ他の成分を留めるのはとてつもなく難しいな」


 椅子にドカリと座りながら、そうため息をつくツァーリ。


「だが、普段やらないマナの使い方をしていたら、感覚が鋭くなった気がする」


「それ、事実鋭くなってるはずだよ」


 ヤカンに水を足し、魔道具にかけながら、ロイフェルトはそう返した。


「やはりそうなのか?」


「あれだけ集中して魔法を行使してたからだと思うけど、目元にマナが集まってるよ。多分、耳や鼻孔にもマナが集まってるだろうから、色んなものを感じやすくなってるだろうね」


「なるほど……マナが満ちる事で感覚が鋭くなるのか……通常、魔法で感覚強化を行う場合、実際にどの感覚器を強化するのか神聖言語で唱えなければならない筈だが……」


「マナが満ちてる状態で『見よう』とか『聞こう』とかすると、自然とその感覚が強化される。受動的に強化されるんじゃなくて、能動的に強化してやれば、その感覚を忘れない限り、神聖言語を使わなくても自力で強化出来るようになる。勿論、魔法で感覚強化した方が効果は高いんだけど」


「だが、このマナが満ちている状態を維持出来れば、呪文を使わずともある程度強化出来る……正直なところ、魔法で強化を図ると、その維持にもマナを消費するし、強化度合いによっては慣らす必要も出てくる。これを上手く習得できれば、いつ如何なる時でも好きなように強化できて、その上マナの消費も少なくて済むな」


「そうだね。その上、日常的に維持し続ける事で、マナ量の増大やマナ操作性の向上なんかも見込めると思うよ?」


「それは……私のような戦い方をする騎士には持って来いの効果だな……もしかしてお前は……」


「うん、そうだよ。俺はそれ・・を常にやり続けてるから、マナ操作に関して誰よりも精通出来てるんだ」


「それが、お前の……ロイフェルトの強さの秘密だったのか……」


「まぁ、俺の場合は必要に迫られてそうなっただけだけどね。マナはあっても、魔法の適性は無い訳だし」


「それはさっきも聞いたが納得行かないな。何故なんだ?」


「さーね。神様に嫌われてるんじゃない? まぁ、俺はもうそれに関してはあまり気にしてないかな? 魔法は便利だけど、俺がやりたい事に必須だっていう訳でもないし」


「お前のやりたい事とは?」


「今やってるような事だよ。気になる物事のことわりを分析して、理解する事。そういう意味では、俺が身につけたこのマナ操作の能力はそれをやる上では最適な能力だ。大概はこの能力で理解出来るようになる」


 そう言いながら、ロイフェルトはお茶を淹れ、お菓子と共にツァーリの前に並べた。


「これは?」


「お菓子というより携行食かな? 森で取れた木の実とか、果物を乾燥させてドライフルーツにした物を、アドリアスの木の根を砕いて作った粉と少しの蜜、あとは水を加えて混ぜて固めた物だよ。栄養価は高いし日保ちするし、味もけっっこういけるよ」


 そう言いながら、一欠片口にするロイフェルトに倣ってツァーリもそれを口にする。


「っ!! ……これも美味いな。作り方は?」


「混ぜて捏ねて冷やすだけだから簡単。隠し味に塩をひとつまみ入れるといい」


 ほうほうと頷きながら、もう一欠片口に入れるツァーリ。


「マグモグモグ…………これは良いな。最近、他の奴らが探索訓練中の食事に質を求めてきて困っていたんだ。これなら文句は言うまい」


「探索中の食事は君が作ってるの?」


「そうだ。料理は私の趣味でもあるしな」


「それは意外だ。君は食べる専門なのかと……」


「基本、食べる方が好きなのは確かだが、他のメンバーが揃いも揃って料理が出来なかったので、自然と私が料理担当になったのだ。まぁ、料理が趣味と言っても本格的な物ではないがな。家でする料理ではなくて、あくまで外で行う簡単なキャンプ料理だ」


「他のメンバーは全く出来ないの?」


「メンバーを見れば分かるだろう。先ず、第三王女である姫様が自分で料理をすると思うか?」


「無いな。自分で作るって発想すら無さそうだ」


「その通りだし、そうであるべきだ。次いでアニステアだが……」


「あの、治癒師の?」


「そうだ。アニステアは生粋のお嬢様だ。彼女も姫様と同じで……」


「料理なんてした事ない……と。まぁ見た目からしてそんな感じだね」


「うむ。次にニケーだ」


「あの背が高い?」


「うむ。彼女も実は騎士家系ではなく完全なお嬢様育ちだ。背が高く、社交界では悪目立ちするので、なるべく社交の場に出ずに済むようにと騎士の道に進んだ」


「あぁ、なんとなく分かるわ。着飾ればスゲー美人なのに、地味を装ってるもんね。何時も背中を丸めてなるべく目立たないようにしてるし」


「そうだな。まぁ、そんな事情があるのだが、家に入れはお嬢様であることは変わりない。家の中のことは全部家の者がやってくれるので、結局は自分で料理なんぞはした事がない」


「ほうほう。んで最後に残ったのは……」


「斥候役のティッセだな。彼女の実家はそこまで位は高くはないのだが、如何いかんせん彼女もお嬢様育ちだ。彼女の場合、趣味で菓子作りはしているが……」


「他の料理はてんでダメ……と」


「うむ。これは好き嫌いもあるが、何より致命的なのは、獲物を捌けないんだ」


「あぁ……女の子に有りがちだよね」


「うむ。戦闘となれば平気で獲物を切り刻めるのに、それを料理しようとすると途端にワーキャー言い出すのだ。ニケーなんかは顔が真っ青になる」


「どんなに、取り繕っても貴族のご令嬢であることは変わりないから、料理させるのは難しいって事か」


「そうだな。私の実家は騎士の家系だし、騎士ともなれば戦場や探索地で仲間とはぐれて一人になる事もある。その時に自分で作れなければあとは死ぬだけだ。必然多少の心得も出来るというものだ」


「それならニケーやティッセなんかは出来なきゃ拙くない?」


「まぁな。ただ、私は兎も角、アイツ等が姫様の元から離されることは無いだろうし、姫様が戦場や探索地でその様な状況になったらそもそもな話し負け戦だ。それを考えれば無理に教えこむ必要もない」


「『私は兎も角』ってのは?」


「私の場合、最悪捨て駒になるよう教育を受けているからな。一人になる確率も他の者より高い」


「なるほどね……なんかツァーリだけ、あのパーティメンバーの中で毛色が違うと思ったんだよね」


「私のような者も、組織の中には必要という事さ」


 そこで、倉庫の方から「うひゃいぃぃぃぃぃ……」と奇声が上がり、二人は扉の方へと目を向ける。


「とうとうキレたかな?」


「あれだけ集中して細かい調整をしてるんだ。キレていてもおかしくはないな」


 そこでバタンと扉が開き、のっそりとトゥアンが中から出てきたのだが、その姿にツァーリは目を丸くし、ロイフェルトはジト目を向ける。


「あ、甘い物を……な、何か甘い物をぉぉぉぉぉ……」


 溺れかけの子犬のような風体で這い寄るトゥアンに、ロイフェルトは冷たく告げる。


「先ずは服を着ようか」


「へ?」


「なるほど。確かに変態だな」


「へ? あ…………キャイィィィィン……」


 何故か上半身をはだけていたトゥアンは、それに気付いて胸元を両手で隠し、慌てて倉庫へと戻っていった。


「頭も湿ってたし、何やってたんだろ?」


「あれを見て平然としているお前もどうかと思うが……」


「もう見慣れてるし、気にならなくなって来た。トゥアン、何故か事ある毎に服脱ぐんだよね」


「慣れる程に見てるのに、全く甘い気配がないな」


「全然全く好みじゃないんだ」


「そ、その言い方は傷付きますぅ……」


 制服を着直し、不満気な顔で戻って来るトゥアン。


「色気も恥じらいもなく何度となく服をはだけるような女性には、全く食指が動かないんだからしようがない」


「ウウウ……だ、だからそれはわざとじゃなくて……やややむにやまれずだったり、きき気付いたら脱いでいたりとか……」


「よけーやばいだろうが! 君、無意識に脱いでたの?!」


「あ……」


「名実ともに露出狂だったわけか……」


「ちちちち違うんです! い、いくらあたしでも、だだ誰の前でも脱ぐわけじゃないです! この前は打算があって脱いじゃいましたが、あ、あたし、じじ実家の自分の部屋で寛いてる時は、きき基本上半身裸なんで……気が緩むと脱いじゃうんですぅ……」


「あー、俗に言う裸族」


「は、肌を出してると、かか感覚が鋭くなって集中力も増すので……こ、今回は、なかなか上手く行かない事にごご業を煮やしたこの辺にいる『あたし』が、か、勝手にふふ服をはだけて水を頭からぶっかけたんです……てへ」


 明後日の方を指差しながら、そう誤魔化そうとするトゥアンに、ロイフェルトは一旦覚めた視線を向けたが、そのままツァーリに視線を移して何事も無かったように話し始める。


「あ、ツァーリ、お茶が冷めちゃってるね。淹れ直すよ」


「む……話に夢中で、折角淹れてもらったお茶を冷ましてしまったみたいだな。すまぬ」


「あ……えーと……」


「折角だから、他のお茶も試してみる?」


「良いのか? なら貰おうか」


「あのー……無視されると寂しいのですが……」


「今度のは、甘い物と一緒に飲むと口の中がすっきりするハーブティ」


「ほほう」


「えーと……」


「ほんの少し苦味があるんだけど、その苦味が甘みを洗い流して口の中をスッキリさせてくれるんだ」


「それは楽しみだ」


「…………」


「これも森で野生してる……」

「おおおおお願いですから構ってくださいぃぃぃぃぃ!! ささささ寂しいですぅぅぅぅぅ!!」


「あ! こら! 触るな! 変態が伝染る!」


「へへへ変態は病気じゃないですぅぅぅぅぅ……って、ああああたし変態じゃないですよぉぉぉぉぉ……」


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