第15話 研究者は訓練場で己の不幸を嘆く


 ツァーリが持っているのは、ロイフェルトと同じ片手剣だ。ロイフェルトの物よりやや短いが、ツァーリの鋭い刺突に耐えられる様に切っ先が丸く、剣と言うよりは太めの警棒の形態に近い作りになっている。


 昨日の戦闘を見る限り……と言うかあざなからも分かる通り刺突に特化している戦闘スタイルで、その刺突そのものの速さも尋常ではなかったが、踏み込みの速さも獣もかくや思える程の速さだった。


 厄介なのは、一度その速さに乗せてしまうと自分では止め切れないという事だ。距離がありすぎると自分の反応速度を超えた速さで踏み込まれ、気付いた時には刺突の餌食になっている可能性が高い。 


 ロイフェルトはそう結論付けて、ツァーリの挙動に全集中を傾けている。


 ロイフェルトの戦闘スタイルは、基本的には後の先で、相手の攻撃をいなしながらのカウンターが持ち味だ。


 昨日は、完全にツァーリの虚を付き、一気に勝利へと持って行ったが、あれは例外中の例外なのであった。完全に油断が無い状態のツァーリに同じ手は通用するとはロイフェルトには思えなかった。


 ロイフェルトは覚悟を決める。怪我をしない様に上手く立ち回るには相手が悪い。


 ロイフェルトは大きく息を吐くと、木刀から手を放す。


 カランコロンと木刀が地面を打つ音が響くが、ツァーリは油断すること無くジッとロイフェルトに注視している。


「なんの真似だ?」

「戦う前から戦意喪失か?」

「これだから平民は……」

「戦いというものが分かっていないな、あの平民」

「戦う勇気も無い平民風情はこの学園から放逐されるべきだ」


 ロイフェルトは半歩足を引き、引いた足を軸にして、前の足から体重を消し、受けの構えで迎え撃つ。


 見た事のないその構えに、見学している、ロイフェルトに対して思う事がある貴族達がこぞって嘲笑を投げ付けた。


「プクッ……何だあの構えは……」

「剣に対して素手でどうにかなると思っているのかあの平民は……」

「プハッ……右手と右足が同時に動いて構えを取ってるぞ?」

「クククッ……緊張の為に頭がおかしくなっているじゃないか? あの平民」

「違いない」


 外野がザワザワと……主にロイフェルトへの中傷で騒がしくなっているものの、最早二人の耳には届いていない。


「フュ……」


 先に動いたのはやはりツァーリ。短く息を吐き、片足を踏み出した瞬間に『加速クアース』と唱えて地面を蹴った。


 するとそれを読んでいたかのように、ロイフェルトもツツーっと地面の上を滑るように移動する。


 ツァーリが突進とともに刺突を放つも、ロイフェルトが前に出たぶん、タイミングを外され、力が一番入る腕が伸び切る前に、彼の右手の手掌がその刺突を遮った。


 ツァーリはその手掌ごと弾き飛ばそうと力を込めるも、それが伝わる前に切っ先がいなされ、そのまま懐への侵入を許しかける。


 野生動物の如き反射神経で、ツァーリはその侵入を許す前に飛び退いて事なきを得た。


 二人は再び初めの体勢に戻り対峙する。


(ヤバい……これ、本気を出さなきゃ下手すりゃ死ぬ。速すぎんだろ……何であそこっから飛び退けられるんだ)


 完全に決まったと思っていた。あとはいなした時の反動を利用して懐に肘を打ち込むだけでよかったのだ。


 それが予想外の速さで察知され、彼女は全身の筋肉をフル稼働して無理矢理飛び退いていた。恐ろしいまでの反射神経と全身のバネだ。


(こっちは久し振りの真剣勝負で、体力も集中力も長くは持たない)


 そう瞬時に判断する、ロイフェルト。


「コホォ……」


 構えを維持し、視線を油断なくツァーリに向けたまま、ロイフェルトは肺の中の空気を残らず吐き出した。


 次いで腹筋に力を入れた状態で鼻から空気を取り込んでいく。


 肺に空気が溜まったところで、全身から力みを排除する。


 マナを操作し脳からの信号の全てを制御すると、ロイフェルトの感覚から、ツァーリ以外の全ての存在が消え失せる。


 所謂いわゆるゾーンの状態を自力で作り出し、全神経をツァーリに向けるロイフェルト。


 ツァーリは再びニターっと肉食獣のような笑みを浮べ、次の瞬間自らの影をその場に残すような速さでロイフェルトの面前へと移動していた。


 焦臭さが伝わって来るような鋭い刺突がロイフェルトに襲い掛かる。


 今度は距離を詰めるのではなく、その場で足を止めて迎え撃つ。


 但し、まともに受け止める事は出来ない。受け止めたらそのまま砕け散るだけだ。


 ロイフェルトは先程と同様に刺突をいなし、しかし今度は同時に前足で蹴りを放っていた。


 『いなし』に使った右手と同じ右側の足で放たれた蹴りに、威力がある蹴りが放てるものかと嘲笑を浮べる反ロイフェルトの貴族達。


「クッ……」

『なっ!!』


 しかし直ぐさま一同に驚愕が浮かぶ。


 死角からの一撃を左腕でガードしたツァーリだったが、踏ん張りきれずに2m程吹き飛ばされたのだ。


 ロイフェルトは、吹き飛ばしたツァーリに追い打ちを掛けることはせず、再び元の構えに戻る。


 ツァーリは着地すると今度はゆっくりとロイフェルトに向かって歩を進める。


「クククク……クハハハハハハハ!!」


 哄笑を上げ、ヒュンと木刀を払いながら近付くツァーリに、迎え撃つ体勢で構えを維持するロイフェルト。


 ツァーリはロイフェルトの間合いの外ギリギリで立ち止まり、大胆にその場で刺突の構えに移った。


(しまった……あんまりにも自然な動作だったから、簡単にアイツの間合いに入れられ・・・・ちまった……こっちの間合いも読まれてる……)


 心の中で舌打ちをするロイフェルト。


 多分ツァーリは考えてない。彼女は無意識の内に今の行動を取ったのだろう。


 ロイフェルトは彼女の野生動物のような勘の良さと、こっちの虚を突く戦闘センスに戦慄する。


「楽しいねぇ? 楽しいだろう? 楽しいに決まってるよね? ロイフェルト・ラスフィリィ」


「俺は楽しくない」


「嘘は良くないぞ? ロイフェルト・ラスフィリィ……自分の心に素直になるのだ。さすれば我が一撃を貴様にくれてやろう!」


「いらん!」


「なんと……女性からの捧げ物を無下にするとは……そんな男は……」

「っ!!」

「死すべぇぇぇし!」


 自分の間合いの外から放たれたその刺突は、先程よりも威力は抑え気味で、ロイフェルトはサッとそれをいなした。


 しかし、いなされた瞬間、ツァーリは直ぐさま元の構えに戻っている。


 続けざまに刺突が放たれ、それもなんとか右手でいなす。


 ツァーリが選んだ戦術は、足を止めての連撃。一撃の威力は突進しながらの刺突に及ばないが、至近距離からの連撃は、ツァーリ程の速さが出せる突き手がすると、受ける側には脅威以外の何物でもない。


「死すべし! 死すべし!! 死すべし!!! 死すべぇぇぇし!!!!」


「爽やかに笑いながら物騒なこと言ってんじゃねぇぇぇぇぇ!!」


 何度となく放たれる刺突を、ロイフェルトはなんとかいなし続けていたが、次第に対応しきれなくなっていく。


 耳やこめかみ、二の腕や太腿に、完全にはいなし切れなかった刺突による傷跡が裂傷となって刻まれていった。


(ヤバい……これ以上は呼吸が……)


 ツァーリによる連続刺突が間断なく降り注ぎ、ロイフェルトから確実に体力を奪っていく。


 元々、体力がそれ程無い上に、高いレベルの集中力を必要とするロイフェルトの戦い方では、それ程長い時間は戦えない。


(つーか、なんなんだよこの女! これだけ突き続けてるのに呼吸が全く乱れない! なんつー規格外の体力なんだ!! クソッ!!)


 呼吸の乱れが、急速にロイフェルトの体力を奪い、次第に視界が霞がかって行く。


 明らかな酸素不足。良くない兆候である事は十二分に分かってはいた。


「トドメだ!!」

「イカン!!」


 意識が朦朧としてきて、遂に大きく体勢が揺らいだロイフェルトにツァーリのトドメの一撃が放たれる。


 訓練でトドメを刺してどーすんだっていうツァーリへのツッコミと、今更焦っても遅いの分かるよねっというラーカイラルへの抗議が脳裏をよぎった所で一瞬意識が途切れ、気が付いた時には……



ゴキン



自分の腕の中で、何かが砕ける音が響いていたのだった。

 

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