第19話 恋は執念

「成功するビジョンが見えないんです……」


 編集の朝日あさひさんにそう相談してみたら、「モミジ先生自身のミスばかりですよね」と笑われてしまった。

 確かに、これまでやってきた作戦を思い返してみれば、どれも私の方が耐えられなくなって失敗してきている。

 もしかすると、こちらさえ耐え切れば上手くいくものもあったかもしれない。そう考えると、すごくもったいない気持ちになった。


「いい案がありますよ」

「なんですか?」

「これです!」


 そう言って朝日さんが見せてくれたのは、何も書かれていないディスク。なにかの動画か音楽だろうか。


「実はこれ、モミジ先生の小説をノベルゲームにしたものなんです!」

「えっ?!」

「できるだけ一郎いちろうくんの声に近い声優に頼んで作ってもらったので、これをプレイすれば少しはメンタルも強くなるかと」

「わざわざありがとうございます!さっそくやってみます!」

「はい!あ、ちなみに私個人で依頼して作ったものですけど、訴えたりしないでくださいね?」

「もちろんです!さすが敏腕編集者ですね!」

「それほどでも〜♪」


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「ということで、パソコンの前にいる訳だけど……」


 もらったディスクをパソコンに入れると、自動でゲームがインストールされてプレイできるらしい。

 ただ、一つ気になっているのは、朝日さんが最後に言った「高難易度なので気をつけてくださいね」という言葉だ。

 ノベルゲームなんてプレイしたことないけど、そんなに難しいものなのかしら。


「これをダブルクリックして……始まった!」


 一応イヤホンをつけてゲームスタート。キャラの立ち絵は西門にしかど 雲母きらら先生に任せたようで、初めのストーリーも大体は小説と同じだった。

 私のイメージを損なわないようにするためか、私を重ね合わせたキャラである青葉あおばはボイス無し。ちゃんと細かいところまで考えて作られているのがわかる。

 そこに文句は無いのだけれど、ひとつ悪いところを挙げるとするなら――――――――――。


「バッドエンドだらけじゃない……」


 所々で現れる選択肢の数が多い上に、間違えたら即バッドエンド。おまけに鼻につく一言まで書いてあるのよ。

 『セーブする』って選択肢が出たから押したのに、『恋にセーブは禁物』ってバッドエンドにされた時は、パソコン叩き割るところだったわ。

 セーブ機能くらい付けときなさいよ!このゲーム作ったやつ、絶対意地悪でひねくれてるわね……。



 それから数時間後、ようやくトゥルーエンドにたどり着いた。しかし……。


『ルートが確認できるようになったよ!』


 その表示に促されるように開いてみた私は、思わず深いため息をついた。

 このゲーム、トゥルーエンドが80個もあるのだ。しかも、ハッピーエンドを見れるのはそれらを全てクリアしてから。

 ひとつクリアするだけでこれほど時間がかかるというのに、全てやると思うと気が遠くなりそうだ。


「…………やりますか」


 それでも、これをやり遂げた先に一郎との未来があるというのなら、諦める気なんてさらさらない。

 せっかく用意してもらえたチャンス、逃すことなんて考えられなかった。



 それから1週間後、私は朝日さんの働く出版社を訪れていた。


「く、クリアしたんですか……?」

「はい!いいエンディングでした!」

「……さすがですね」


 寝る間も惜しんでプレイし続けたせいで、体調は少し優れないけれど、青葉はちゃんと太郎との未来を掴み取ったのだ。私だってきっと……!


「ありがとうございました!」

「次の巻、期待してますよ」

「はい!」



 大きく頷いて背を向けた紅葉には聞こえていなかった。朝日さんが小声で呟いた、「失敗ですね……」という言葉が。

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