第3話

 すり抜ける思いだけが残った場所と時間は苦いだけだった。いつもと違う庸二さんに気がつかない私ではない。いつもの名鉄マリーナに車を停める。ピピッとドアロックする音だけが後ろで聞こえる。

 私の腰に少しだけ手を当てて、マリーナの喫茶店に入る。

 夕日がほんの少しだけ、爪の先ほど残った景色の後は蒸し暑い漆黒がやってくる。十歳年上年上、庸二さんとの会話は続かないようになった。卒業してもう何年になるだろうか。あなたは教師で私は生徒だった。立場が違うけれど、同じ場所にいた時間の思い出を話しても白けるだけ。

 今のお互いの話に共通点はどこを探してもない。すでに思い出になってしまった話を一巡しても新しい思い出はそうたくさんない。

「大学の後、バイトに行くと小学生の男子が生意気でね……」

 私が話をしても庸二さんはたばこを出してショルダーバッグにしまった。

「いいのに」

 私は自分もメンソールのたばこを吸おうとしたが、気管支が弱くて咳が止まらなくなり辞めた。

「あ、ごめん癖で。後でこれ、家に帰ったら読んでみて、お手紙」

「なに? ここで言えばいいじゃない」

「いいんだよ、あとで……」

 帰ることを今いうの。庸二さんの気持ちが離れてここにないことを私は感じ取った。今まで過ごした時間は何だったのだろう。こんなに愛しているのに。

 私はここへ来る前の気持ちが落としたガラスのコップのように砕け散り、元には戻らないと思った。いつもこんな人じゃないのに。まだ一度も目が合っていない。

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