第47話 男爵令嬢スカーレット・バークスの謝意
さすがにこれ以上スカーレットを避ける訳にはいかないことはエリオットにもわかっていた。
この三日間はスカーレットと昼食を共にしていないため、そろそろ周りも何か噂し始める頃合いだろう。
覚悟を決めて、エリオットはスカーレットの教室に赴き、昼食に誘った。その際、さりげなく生徒会の仕事で忙しく三日間一緒にいられなかったことを謝っておく。それを耳にした周囲の生徒は納得した表情になった。
「私、エリオット様に謝らなければなりません」
いつもの個室で昼食をとった後で、スカーレットは静かに語り出した。
「私の、左肩の傷をご覧になったでしょう?」
エリオットはごくりと息を飲んで、それを誤魔化すように頷いた。
スカーレットはエリオットの気まずそうな雰囲気には構わず、自分の左肩をそっと撫でた。
「このような傷を持ちながらエリオット様の婚約者を名乗るなど、身の程知らずな行いでございます。黙っていたこと、お許しください」
「いや、それは構わない……その、その傷は……」
「はい。この傷は、私が幼く愚かであったために負った傷なのです」
スカーレットはふっと微笑んだ。
「幼い頃、森の中で出会った男の子に、酷いことをしてしまったのです。私があまりに手のつけられない暴れ者だったがために、天罰が当たり裂けた木の幹で怪我をしてしまったのです」
エリオットは息を止めた。スカーレットは遠い記憶を辿るように目を細めている。その男の子がエリオットだとは、気づいていないようだった。
エリオットは口を開きかけた。それは自分だと、そう言って、傷つけたことを謝ればいい。そう思うのに、喉が渇いて張りつき、声が出てこなかった。
エリオットの様子に気づかずに、スカーレットは続けた。
「あの男の子に謝りたいとずっと思っているのですが、どこの誰なのか、名前すら聞いていなくて……」
「……どうして」
「え?」
思わずこぼれ出た声に、スカーレットが反応した。エリオットは彼女から目を逸らして小声で尋ねた。
「どうして、君が謝るんだ?その傷は、その男の子に怪我させられたんじゃないのか?」
スカーレットが少し驚いたように目を丸くした。
「いいえ。その子に怪我させられたんじゃありません。私が自分のせいで転んでしまったんです」
エリオットは顔を上げた。
違う。エリオットが突き飛ばした。覚えていないのか、男の子を庇っているのか、スカーレットはあくまで自業自得で怪我をしたと言い張った。
「私はその男の子に感謝しているんです」
スカーレットがそう言って笑ったので、エリオットは口を噤んだ。
「この傷を負わなければ、私は我が儘な乱暴者のままでした。だから、今の私があるのはその子のおかげでもあるんです」
菫色の瞳にはなんの翳りもなく、その美しさにエリオットは何も言えなくなった。
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