第17話 男爵令嬢ミリア・バークスの真実




 足がもつれて転びそうになる。


(なによ、これくらい。子供の頃はもっと走り回ってたわよ)


 ミリアは必死で走っていた。スカートが邪魔だし、涙も止まらない。息も苦しいけれど、止まるつもりはなかった。


 幼い頃のミリアは、小さな商会に務める従業員の娘だった。だが、父はある冬に風邪をこじらせてあっけなく逝ってしまった。

 生活に困った母の元に、さる男爵が後妻を探していると世話してくれた者がいた。母はまさか貴族に嫁ぐだなんて考えていなかったけれど、下働きに雇ってもらえないかと一縷の望みを掛けて男爵家へ赴いた。

 母が平民の未亡人で、うるさい親類もいないのが気に入ったのかもしれない。男爵は母に結婚を申し込んだ。母は随分悩んだが、ミリアの生活のためにこの申し出を受けた。

 男爵はとにかく家族に興味がなく、家にもろくに帰ってこないため、母とミリアは家に取り残されていた先妻の娘と共にのんびりと暮らせることになった。

 ミリアは美しく優しい令嬢であるスカーレットに懐いた。こんなに素晴らしい人が義姉になるだなんて夢のようだと思った。

 だから、スカーレットには、絶対に幸せになってもらいたい。

 そのためなら、どんなことでもする。


(お姉様っ……!)


 侯爵邸に向かって走るミリアの後ろから、馬車の走る音が迫ってきた。


「ミリア嬢!」


 ミリアは振り向いた。


 馬車の窓から、エリオットが顔を出していた。





「……お姉様は、私のことを心配して、侯爵家へ行ってしまったんです」


 馬車に乗せられて、息が少し落ち着いてからミリアは話し出した。


「高位貴族の方に不敬を働いたりしたら、男爵家が取り潰しになるかもしれないって……でも、私はいっそ爵位なんてなくなってしまえばいいと思いました」


 エリオットとクラウス、ガイはミリアの話を黙って聞いていた。


「爵位がなくなってしまえば、お姉様は貴族の責任なんて考えずに、私とおかあさんと一緒にこの家を出ていける。私とおかあさんはもともと平民だし、お姉様を連れて自由に暮らせるなら平民になった方がいいって思って」


 ミリアはぽろぽろ涙をこぼした。


「殿下にもエリザベート様にもご迷惑をおかけしました。でも、男爵家じゃあ、普通に話を聞いてもらえないと思って……」

「事情はわかった」


 エリオットはミリアの肩を叩いて慰めた。


「話を聞いただけだが、グンジャー侯爵の行いには問題がある。とにかく、急いでスカーレット嬢を助けに行こう」


 ミリアはばっと顔を上げてエリオットを見た。


「……お願いします。お姉様を助けてください!お願いします!」


 子供のように泣きじゃくるミリアはどこから見ても普通の少女にしか見えず、こんな相手を不気味がって警戒していたことが恥ずかしくなった。

 エリオットは必ずスカーレットを助けると改めて誓い、拳を握り締めた。




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