第4話 初デートの相手

 五年前の記憶がはっきりしてきた。完全に思い出した。間違いなく私が声を掛けてた。でもそうくんは言う。

「もしかして僕の初めてのデート相手が沙也香さんじゃなかったって僕がショックを受けているのを気にして『それは自分だった』って言ってくれてるんじゃないですか?」

「違う違う。本当にそれ私だったんだよ。私こそすっかり忘れててごめん」

「でも……」

 大丈夫。しっかりとあの日のことは思い出した。相手が私だったっていう証明はできる。

「じゃぁ証拠を見せてあげる」

「証拠?」

「蒼くんさぁ、その時買った日本語版のレコードってまだ棚にある?」

「もちろんあります」

「じゃぁその証拠を確認しにこれから一緒に蒼くんの家に行こう! 久しぶりにご両親にも会いたいしね」


 十条駅じゅうじょうえきの西口を出てアーケード街を奥まで歩いて行くと蒼くんの実家である精餡堂せいあんどうはある。私は三年前の教育実習中にここに八日間泊まり込んで蒼くんの成績を上げる為に深夜まで勉強を教えた。


 懐かしい精餡堂が見えてきた。三年ぶりだ。今日は日曜日なのでこの時間にお店はもう閉まっている。蒼くんは私を裏の自宅玄関に案内して玄関を開ける。

「ちょっと両親を呼んで来ますからここで待っていて下さい」

 暫く玄関前で待っているとドタドタと音がして蒼くんのご両親が玄関に現れる。

「「沙也香ちゃん!」」

「ご無沙汰してます。倉坂沙也香です。またこちらに寄らせて貰えるようになりました」

「とりえず上がって、上がって」

「はい。ちょっとお邪魔します」


「改めまして、大変ご無沙汰してました。今回ご縁を頂きまして蒼くんとお付き合いをさせていただく事になったので夜遅かったんですけど善は急げとご挨拶に伺いました」

 蒼くんの両親と弟のすいが驚く。

「沙也香ちゃんとお付き合い!」

「兄ちゃん凄ぇ!」

 お父さんもお母さんも喜んでくれた。


「蒼くん、早速あれ確認しに行こうよ」

 私は蒼くんを促す。

「あっ、そうですね。ちょっと部屋に行ってくる」

「じゃぁちょっと蒼くんの部屋に行って来ます」


 蒼くんの部屋に入る。相変わらず部屋の壁一面、天井まで私のポスターが貼ってある。

「ここも変わってないねぇ。本当にあの時のまんまだね」

 私は三年前の八日間、この蒼くんの部屋で一緒に寝起きをしていた。

 棚に立て掛けてある私のアルバムを探す。

「これかな?」

 私は一枚のアルバムを棚から取り出しジャケットからレコードを取り出す。レコードをそっと机の上に置きジャケットの中を広げてみる。

 あった! 私のサインと1982. 6. 1の日付、そしてあのメッセージ。

「じゃーん、これでどうだ」

 私はジャケットを開いて中のサインを蒼くんに見せる。

「ああ!! Sayakaさんのサインと日付。『バーガーショップで出会った君へ』って書いてある!」

 蒼くんはジャケットを両手で持ってひざまずく。

「蒼くんの初デートの相手は今日の私じゃなくて五年前の私だったよ」


「中学生の蒼くんをナンパしたロクでもない女が自分だったとはね」

「あの時声を掛けられて一緒にバーガー食べながら話した相手が沙也香さんだったなんて」

「中二の蒼くんと高一の私はお互い初デートの相手だったんだ」

「僕、沙也香さんにナンパされてたんですね」

 それは今となってはお願いだから忘れて欲しい。結果オーライだから。

「未来ではちゃんと蒼くんと結婚して可愛い子供と一緒に幸せに暮らせてるからさ」

 蒼くんが頭を上げて目を見開く。

「その子供のことなんですけど。去年テレビ局で会った時に妊娠したって、未来で産んできたって」

「うん。あの宮崎の晩に妊娠してた。身に覚えはある……よね?」

「あ、ありますけど」

「早く会いたいね。産まれた時に蒼くんもすっごく喜んでくれたし何より子供たちが可愛いのよ」

「たち? 子供たち?」

「あっ、うーん……取り敢えず今のは忘れて!」

「結局私たちはバーガーショップと教育実習、去年のコンビニ、今回と四回も偶然の出会いがあったわけかぁ。そりゃ必然どころか神様の絶対くっつけたいっていう強い意志を感じるね」

「わかっていればあの時別れなくてもよかったのかも」

「あぁそれは違うんだよ。あれはきっと蒼くんが東大に入学するために必要だったんだよ」

「そうなんですかね」

「じゃぁ東大にも入ったことだしもう一つだけ教えておくか。蒼くんは研究者として成功する。五年後の世界では人もうらやむ若手研究者のホープになってる」

 私は断言する。

「五年後って……」

「修士の二年生だね」

「僕、どうなってるんですか……」

「それは内緒」

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