第2話 意思を持った人形

 人形遣いは通常、数体の小さな人形を操り索敵や囮を務める。

 戦闘時には魔物の気を引く程度のことしかできない不遇職。

 それが世間一般の評価だ。

 人形遣いの誰もがその評価を甘んじて受け入れ、自分の人形を犠牲にして囮に徹することで、パーティーに貢献してきた。


 だけど俺はそれに納得できなかった。

 だってそうだろう?

 意思がないとはいえ、人形は人の形をした大切な仲間だ。

 彼女たちを犠牲にして得た勝利に何の意味があるのだろうか。


 人形に一切の傷を付けることなく戦ってみせる。

 その信念を抱いた日から、俺はひたすらに努力を重ねてきた。

 嘲笑や非難を浴びたのは一度や二度ではない。

 それでもただ俺は心を込めて人形と接し、共に成長してきたのだ。


 そして今。

 俺の目の前には、――フレアがいた。




「本当に、意思があるんだな」

「うん! これも全部、アイクのおかげだよ!」


 にこりと、フレアは嬉しそうに笑った。

 そして彼女が意思を得るまでの経緯を話し始める。

 それは同時に人形遣いの新たな可能性についての話でもあった。


 フレア曰く、人形遣いに使役される人形には通常、意思はない。

 人形の体に埋め込まれている術式と、人形遣いとの契約に従ってただ無心に動くだけだ。


 普通の人形ならば、死ぬ瞬間までずっとその状態が続く。

 けれどフレアの場合は違った。

 俺が心を込めてフレアに接するたびに、彼女は徐々に心と意思を手に入れていったのだという。

 そして先ほどの、俺が自分の命よりもフレアを守ろうとした行為をきっかけに、完全な自我を手に入れたとのことだった。


 ――思えば。

 俺が意識を失う寸前、声が聞こえた。

 確かあれは、数年前に俺が職業を告げられた時と同じ声だ。

 声は進化や獲得といった単語を零していたはず。

 恐らく俺は新しい力に目覚めたのだろう。

 その力によって、フレアもまた自我を手に入れたと考えるのが自然だ。



「なんとなく状況は理解したよ。ありがとう、フレア」

「うん、どういたしましてだよ! えへへ」

「っ」



 これまで無表情しか見ることがなかったフレアの可愛らしい笑みに、つい見惚れてしまう。


 けれどいつまでもほっこりしている訳にもいかない、状況が状況だ。

 これからのことを考える必要がある。


 石橋の崩壊に伴い、俺とフレアは深い場所まで落ちてきた。

 どこまで落ちたかによって、今後の方針が変わってくる。

 つまり、どうやってダンジョンから帰還するかだ。


「せめてここが何階層か分かればいいんだけど……」


 ここセプテム大迷宮は全部で七階層あると言われている。

 さっきまで俺たちがいたのは三階層だった。

 今それより深い場所にいるのはまず間違いないだろう。


 できれば四階層が望ましい。

 最低でも五階層だ。

 六階層より下には、Sランクの勇者パーティーですら生きて帰ってこれるか分からない程の魔物がいると聞く。


「ねえねえアイク、それってつまり、どれだけ私たちが落ちてきたか分かればいいの?」

「ああ、その通りだ。落下中意識を失っていて、確認できなかったのが悔やまれるところだが」

「……私、覚えてるよ?」

「っ、本当か?」


 フレアはきょとんとした表情のまま頷く。


「うん、だって私が目覚めたのって、落下の最中だったもん。

 落下の衝撃からアイクを守るのに必死だったけど、それでもどれくらい落ちたかくらいは確認してるよっ」

「……そうだったのか」


 目覚めてからすぐに立ち上がって行動できるほど俺が軽傷だったのは、フレアが守ってくれていたかららしい。

 彼女に対して感謝の気持ちが溢れてくる。


「フレア、ありがとう。フレアのおかげで俺は無事だったんだな」

「お礼を言うのは私の方だよ? 魔物から救ってくれてありがとうって。

 でも、アイクからそう言ってもらえるのも嬉しいね」


 俺たちは微笑み合いながらお互いに感謝を告げる。


「それでね、話は戻るんだけど、多分落ちてきたのは二階層分だと思うよ。一階層分、通り過ぎて落下しちゃったから」

「となるとここは五階層か。最悪は避けられたが、それでもあまりよくない状況だな……」


 ノードを含めたパーティーの皆で挑んだとしても、攻略するのは難しいであろう階層だ。

 それを自分とフレアの二人だけで突破し帰還するなど、夢物語のように思えてくる。


 最大限周囲に注意し、魔物との戦闘を避けながら進めばかろうじて可能性はあるだろうか?

 そう思考の海に沈みかけた直後のことだった。



「アイク、後ろ!」

「えっ――!?」



 フレアの焦燥感に満ちた声に従うようにして、俺は振り向く。

 ――茶色の何かが、眼前に迫っていた。


「くっ!?」


 思考する間もなく、反射的に身をよじってそれを躱す。

 遅れて鼓膜を震わせるのは、大地が粉砕される破砕音だった。

 先ほどまで俺が立っていた足元には、石斧が埋まっていた。


 石斧を手にしている存在を見て、俺は思わず顔をしかめた。

 豚のような顔に、膨れ上がった屈強な肉体。

 それでいて人より大きな体を持つその魔物は、俺が相手するには格上すぎただったからだ。


 Bランク魔物――ハイオーク。


「初っ端から、こんな強敵かよ……!」


 パーティとしてはBランクだが、単独ではCランクの俺に勝ち目はほとんどない。

 けれど逃げることはできない。

 避難場所も見つけていないまま逃げて、他の魔物と遭遇するという最悪の事態だけは避けなくてはいけないからだ。


 決死の覚悟で、俺は格上に挑む!



「フレア、いくぞ――――え?」



 いつものように、スキル魔糸操作マリオネットを使用して戦闘に挑もうとした、その時。

 ヒュッと、鋭い風を残すようにして俺の横をフレアが高速で駆け抜けていく。


 そんなフレアの姿を見て、俺は自分の思い違いに気付いた。

 フレアは自分の意思で動くことができるようになった。

 つまり、俺がスキルを使用せずとも自分で戦うことが可能だということだ。

 

 それでもハイオークが格上であることには違わない。

 他のスキルを使用して援護をしなければ、フレアの命が危ない。


 そう思い身構える俺の視界に飛び込んできたのは、到底信じられないような光景だった。


 フレアの高速の動きに対して、ハイオークはほとんど反応できていなかった。

 両者の距離が一メートルを切った時、ハイオークはまだ地面に埋まった石斧を抜けてすらいない。

 そんなハイオークに対して、フレアは鋭く剣を振るう。

 硬質な皮膚で守られているはずのハイオークの首が切断され、頭が宙に舞った。


 パアンッという音を立てて、討伐されたハイオークは魔力の霧となって霧散する。

 地面には、魔物を倒した際に得ることのできる魔石だけが転がっていた。


「勝ったよ、アイク!」


 討伐を確認し、フレアは満足気に笑いながら俺に結果を告げてくる。

 けれど俺は今もまだ、目の前で起きた光景を呑み込むことができずにいた。


 フレアに訪れた変化が、意思を持って会話することが可能になっただけだと。

 俺はそう思い込んでしまっていたのだ。

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