低血圧勇者と高血圧魔法士

@hanazanmai

第1話 低血圧勇者

-これが神々の叡知-

テイトは地底の国の果てで、ついに追い求めていた恩賜宝具を見つけた

石像に埋め込まれたそれは、虹色にきらめき、水面のように流動している

テイトは宝具に手を伸ばした

なんか輪郭がぼやけてよくわかんないけど

それになぜか感触がない…そこにあるのにどこにもない感じ…

なんだこれ…誰も手に取れない秘宝…宝具たる由縁か

《ちょっと!》

どこからか誰かの声がする

《テイト!》

「誰だ?!」

《ここにいたら危ない!》

「何を言ってる?!お前は誰だ?!」

《早く逃げて!》

その瞬間、洞窟全体が炎に包まれた

「やっとここまで来たのに!」

《ダメよ!早く!》

《起きて!》



「起きろコルァァァァ!!!」

轟音と共に、テイトが寝ていたベッドが融解し、テイトは宙に放り出された

眼下には、無惨にも焼き払われた宿の残骸と青い鳥につかまり魔物たちと戦う宿の主人の姿が見えた

自分はと言うと、上へ放り投げられただけだから、あとはこのまま落下するだけ

「あー、こりゃ死ぬな。もういいや来世に期待しよ」

「ちょっとテイトさん!起きたならメリーナを加勢してやってください!」

メリーナと呼ばれたのが、先ほどテイトを放り投げた宿の主人だ

叫んだのはそのツレのネビルで、両手から消失魔法を出し、魔物たちを倒していく

メリーナは魔物たちを両脇に抱え、互いにぶつけあっている

「俺の加勢要ります?」

とはいえ、この宿が無くなって困るのはテイトだ

寝心地がいいベッドと気心がしれた主人というのは、どんな宝具より得難い

テイトは空中で体勢を変えると、自分の髪を引き抜き、息を吹き掛けた

「カライキ」

息を吹きかけられた髪は光を帯びて高質化し、広範囲で暴挙をふるう魔物たちにまんべんなく降り注いだ

高質化した髪に射抜かれた魔物たちは断末魔の声を上げながら空間のひずみに消えていった

「さすがハイパークラス」

「ネビル、褒めるのは間違ってる。あいつのせいでうちは商売上がったりなんだから。あと、戦い方が卑怯」

原型を留めていない宿を見ながら二人がため息をついていると、落下速度を上げてテイトが降ってきた

「おーい、ネビルさ~ん!たーすーけーて~」

二人は顔を見合わせて苦笑いした



ネビルの静止魔法で無事に下ろされたテイトの前にメリーナが仁王立ちした

「魔物が押し寄せてきたのに、呑気に寝ている勇者がどこにいる?!」

テイトは自分を指さした

「ここ?」

「この低血圧バカ!どうにかならんのか!その体質は!」

テイトが説教されている間に、ネビルはみるみるうちに宿を建て直していく

そして、最後にテイトの横に荷物を置いた

「いつも感心するけど、これってどうなってるの?」

「あらかじめ魔法をかけておいて、何かあったときにはまとめて高次元空間に飛ばせるようにしています。ですが宿の備品までは手が回らないので、テイトさんが泊まると毎回赤字ですね」

「ええ~?!なんかごめん」

「お前ら、何のんきな話をしてるんだ!さっさと荷物運ぶ!飯を作る!食う!仕事をしろー!!」

メリーナの怒鳴り声が、山野を駆け巡った


メリーナの宿はそのまんま『メリーナの宿』勇者の間で知らぬ者はいない

なぜなら、元大勇者、メリーナ・スクラロフが引退して始めた宿だからだ

オープン当時は、メリーナの姿見たさに大勢の勇者が押し掛けたが、開店5周年を迎えたいま、利用する客は数えるほどしかいない

「それも固定メンバー。揃いも揃って変人ばっか!」

メリーナはぶつぶつ言いながら料理を作っている

本職の宿泊業だけでは立ちゆかないので、病院や学校に給食を提供する仕事もしている

テイトの朝食はそのついでだ

「メリーナ姉さん、こんなの朝から食べられないッス。白湯はないんスか」

「贅沢言うな!食え!」

「白湯が贅沢って…」

テイトの目の前には大きな唐揚げが埋め込まれた、巨大な握り飯が置かれていた

オープン当時は、焼きたてパンとフワフワ卵のオムレツ、ボイルされた羊鶏のウインナーが提供されていたのだが―

「はい、コーヒー」

ネビルが、テイトの前にコーヒーカップを置いた

「変わらないのはネビルさんのコーヒーだけか」

ぶつぶつ文句を言いながらおにぎりに手を伸ばす

「ただでさえ、あんたがいるせいで、うちは魔物をおびき寄せるんだから…」

メリーナの不満の矛先が容赦なくテイトを射抜く

「それならメリーナさんだって」

「わたしは元勇者!」

「そうそう!だから俺も安心してここにいられるんだよね~今日みたいにさ、一応守ってくれるじゃん」

メリーナは歯軋りした

「それ!あんた探し物するのに、ここにずっといていいのかってこと!そろそろ旅立て!それがいい!よし!そうと決まれば今日チェックアウトな!」

メリーナは鼻唄を歌い出した

「メリーナさん、俺、これ持ってるから心配ご無用」

テイトはポケットから鳥の羽のようなものを出した

瞬間移動を可能にする羽型宝具『虹の架け橋』だ

メリーナはまたも歯軋りして

「ほんと!かわいくない!勇者なら足で稼げ!」

「勇活を楽にするために頑張りました」

メリーナが悔し紛れにガシガシとフライパンを洗う音が聞こえた

「そういえばあの魔法士の子、今日明日にでも退院できるらしいよ」

ネビルが助け船とばかりに話題を変えた

テイトは黙々とおにぎりを噛む作業に没頭した

「ちょっとは興味持て!」

厨房からメリーナの怒鳴り声が聞こえた

「え??俺に話しかけてたの?!」

「そう!」

メリーナが手を拭きながら厨房から出てきた

ネビルが、二人のやりとりをほほえましく眺めながら続けた

「僕らが食事を提供している神の家の診療所に滞在してる子なんだけど、若いのにマスタークラスの魔法士でね。まあ、例に漏れず高血圧で旅の途中で倒れて運ばれたんだけど、ようやく安定したからそろそろ退院できそうなんだって。それで次の仕事を探してるらしくて、テイトくん、どうかな?」

「マスターの魔法士雇えるほどの収入があれば、勇者やってないッス」

「お前なあ」

あきれるメリーナをなだめながらネビルが続ける

「お金はいらないらしいよ。マスタークラスだから、滞在しているだけでその国からお金がもらえるからね」

「えー、それなら何もしないで寝て暮らしません?」

「それはお前だけだ!」

メリーナも大概高血圧じゃないか、とテイトは思ったが、無駄に怒鳴られるのは目に見えているので黙っておく

「あの子はそういうタイプじゃなくて、仕事したくてしたくてたまらないんだって」

「え…俺と合わないですよ」

「まあ、一度会ってみたら」

ネビルに薦められると断れない

顔だけ見て帰ってくればいいか

「というか、給食の配達に行ってこい!働かざる者食うべからず!」

「いや、俺、お金払ってるよね…」

蹴飛ばされるように放り出されると、脇にはいつの間にか給食が積まれた手押し車が置いてあった

宿の入口が、魔法でピシャリと閉じられた

仕方なく、テイトは手押し車を押して、町へと向かった


町は居心地が悪い

だからメリーナはあえてテイトをお使いに出す

勇者であるだけで、《魔物をおびき寄せる》と白い目で見られるからだ

テイトも心なしか、うつむきがちで早足になる

メリーナが住むこの町でさえそうなのだ

あんなにたくさんの街やひとを救ってきた大勇者でさえ、町外れの森の中で宿屋を営まざるを得ない

これから向かう神の家では、そう冷遇されることはないのが救いだ

「ちわーす。メリーナの宿です」

神の家の裏口から給食を搬入する

主席シスターのシスター・マーサが出てきて、荷卸ろしを手伝ってくれた

「あの、メリーナさんから、魔法士に会って来いって言われたんですけど…」

シスター・マーサはニコニコと笑って廊下を指差した

シスター・マーサはしゃべれない

廊下の右を指してから3本の指を立てる

「右に曲がって3つ目の部屋ですね」

テイトが確認すると、シスター・マーサはうなずきながら、先ほど持ってきた給食を早速ひとつ盛って、テイトに手渡した

持っていけ、という意味だ

ゆっくり廊下を進み、部屋の前まで来た

ドアをノックしようとした瞬間、ドアがひとりでに開いた

「どうぞお入りになって!」

よく響く声に合わせて、ドアから部屋の中へと風が通り抜けた

正面のベッドには、豊かな黒髪をたくわえた少女が座っていた

「あ!わたし、男です!」

テイトはポカンと口を開けるしかなかった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る