第21話 初めての白い壁


『紺碧の祭壇』を抜けて地下2層を順調に進み、目的地付近に向かって探検を続けていった。

「そういえば宗谷さんも筑紫さんと同じく、この『大洞窟』の研究をされているんですよね?」

リエルはふと最初の筑紫からの紹介を思い出して尋ねてみた。

「そうね。私は地形とか地質とかね。まぁこの『大洞窟』だけが研究テーマって訳じゃないけど、何か面白いことが言えたらいいな、くらいよ。そこの筑紫とは違って」

「うるっさいなぁ。どうせ私はエーテルしか研究してないくせに行き詰まってるクソニート野郎ですよ」

筑紫は事実だからか、いつもより口汚くなっていた。


「はは……」

とリエルはどちらにも気を遣いつつ愛想笑いをした上で、話を筑紫のことから離すことにした。

「そういえば前から気になってたんですけど、地下2層のこの白い壁、いつも綺麗だなぁって思ってるんですけど、これって何て岩なんですか?」

「ああ、これは実は2種類あって普通は凝灰岩と花崗岩って呼ばれるやつなんだけど、エーテルの影響で多少変成しちゃってるせいで、地上のものとは若干性質が変わってるんだよね。地下2層の壁は全て同じように見えるかもしれないけど、場所によって実は違ってたりするんだよ」

「へー! そうなんですか」

「本当はそのエーテルの影響とかも調べてみたいんだけど、エーテルがそもそも観測しにくいから、そこのクソニートみたいにならないように、あまり私の研究の中心にはしてないけどね」

「あーもう! うるさいなぁ!」

筑紫がロリ顔をこれ以上ないくらいにしかめて叫んだ。

「クソニートは自分で言ってたんだよ?」

「知っとるわ!」

「まぁまぁ……」とリエルは筑紫と宗谷を宥めつつ、話題の転換に失敗したなぁと後悔をしていた。


そんなことを話しつつ30分くらい地下2層を進んでいると、ようやく今回の探検の目的地付近に到着した。

既に何回かの探検により、付近の地形データそのものは概ね完成しているといえた。

その地形データを見ながら、筑紫は言った。

「ここが転移先の座標に1番近い通路ね。あの魔法陣の解析からすれば、ここから大体50mくらい先の壁の中に転移するみたいなんだけど……」


「その解析が誤りってことはないの?」

宗谷が研究者らしく、前提から疑ってかかったが、筑紫が即座にきっぱりと否定した。

「それはないな。他の場所への転移が成功している以上、魔法陣の解析自体はあってるはずよ。もし解析が間違ってたら転移実験に失敗して、寺本さんはとっくにあの世行きよ」

筑紫は自分の解析に自信があるのか、研究者らしい真剣な表情になっていた。


「ってことで、とりあえずこの通路から索敵術ソナーを使いながら調査していきましょ。ほら、カコ、あんたここまでモンスターと戦ってないんだから、今回は術士としても役立ちなさいよ」

「へいへい」

あまり気の乗らない調子で、宗谷はネックレス型のエーテル鉱石を使用しつつ筑紫に応えた。

宗谷は薙刀を持っているため、杖は普段は使っておらず、その代わりにネックレス型のエーテル鉱石を用いて様々な術を起動している。


3人で索敵術ソナーによるエーテルの糸を周囲に張り巡らせて、通路をゆっくりとゆっくりと進んでいった。

洞窟内は人が通れる通路だけでなく、細かい亀裂や高さが極端に天井の低い通路、さらには天井に伸びる溝のような地形まであるため、それらを1本1本丁寧に先の方まで索敵術ソナーで調べていくのは、3人いたとしても結構骨の折れる作業であった。

また恐らく、数度の探検で発見されてない以上、転移先まで直線的に伸びる通路は存在しないと推測され、転移先から遠ざかる通路であっても、先までエーテルを伸ばして確認する必要があり、余計に時間がかかることになった。


「特に転移先に繋がる通路は見つからないですねぇ……」

リエルは広範囲にエーテルを広げながらボヤく。

「そうねぇ、ってかリエル、あんためっちゃ広範囲を探索できるのね」

宗谷が自身で探索術ソナーを使用して初めて気付いたようだった。

「そうなのよ、リエルちゃんはエーテルモンスターだからな」

リエルは、筑紫の言葉がリエルの異世界転移も含んだ意味だと気付き、筑紫の方を軽く睨んだ。リエルは今のところ宗谷に対しては、異世界転移について秘密にしておきたいと考えている。

そのリエルからの視線に気付いたのか、筑紫は少しだけ肩をすくめて目を閉じつつ、「さ、足を止めずに進むわよ」と言った。


すると、進む先が徐々に狭まっていくのが索敵術ソナーで感じられ、そのまま進んでいくと、ついに行き止まりになってしまった。

「ここで行き止まり……。まぁ前の探検隊からの報告もあったけど……、本当に転移先への通路は見当たらないな……」

筑紫は手元のタブレット端末を操作して、これまでの探検によって得られた地形データを確認しながら言った。

「この地形記録は暗い映像データから3D化をしてるから、細かい部分はディテールが無かったりして、狭い通路とか天井とか溝とか、何か見落としがあるはずだと思ってここまで来てみたんだけど……、特に見当たらなかったしなぁ……。2人も何か見つけて無いよな?」

「特に……」

「何も……」

「うーん、まぁ組合への報告は『転移先は地中です』って結論でも良いんだが……、もう少しだけ調べてみるか……」

筑紫は諦めきれずにそう2人に伝えた。


すると、唐突に宗谷が地面にしゃがみ込み、白い壁を調べ始めた。

ヘッドライトの光量を調節しつつ、白くてまだら模様のある壁を触ったり、引っ掻いたり、薙刀で軽く叩いたりし始めた。

その真剣な壁への眼差しは、好奇心の抑えられない研究者の眼そのものであった。

「カコ、何かあったのか?」

「いや、この壁、さっき言った地下2層を形成する凝灰岩でも花崗岩でも無いなと思って。これなんだろうな。見たことがない」

「宗谷さんが見たことの無い岩もあるんですね」

「そりゃあるさ。全ての岩を知っている訳でもないし、風化とかされてりゃ同定が難しいのもある」


宗谷はリエルに対してそう答えたが、どうにも気になることがあるようで、そのままリエルと筑紫に対して言葉を続けた。

「それにしても……、これはちょっと変なんだよなぁ……」

「何が変なんだ?」

「凝灰岩の場合は、火山灰が固まったものだから、もちろん岩の中の結晶は大きさもバラバラ、固まり方もバラバラ、花崗岩の場合は、マグマの色んな成分の結晶が固まって形成されるんだけど、当然ランダムに冷えて固まるから、見た目は結晶の粒々がバラバラに詰まった感じになるのよ。でもこの岩の場合は、良く近づいて見ると結晶が規則正しく均一に並んでるでしょ。最密充填構造っぽくて、規則正しすぎると言ってもいい。だから、凝灰岩でも花崗岩でも無い。それじゃ、何なんだろうね」

「……、それって、つまり?」

「つまり――、人工的に作られたものじゃないかと思うんだよ」


そう宗谷がいうと、おもむろに薙刀を構えて大気中のエーテルを刀身に移し込み、淡く緑色に発光する薙刀を大きく壁に向かって振り下ろした。

エーテルによって硬さが増した刃が壁に真っ向から衝突し、「ガン!」という大きな音がした。

すると、薙刀が当たった部分の壁が崩れ、そこから明るい光が漏れ出てきた。

「ほらね」

宗谷がドヤ顔をリエルと筑紫に向けた。

高身長のモデル体型の美女の、綺麗なドヤ顔であった。


 ***


3人で壁を崩すと、その中は一種の温室のようになっていた。

天井には明るいエーテル鉱石を加工して製作された光源があり、地面の一角には熱い水蒸気が湧き出ている場所があるため、そこから熱と水分が供給されているようであった。

そして、地上で生えているのと同じような植物がその部屋の中で鬱蒼と茂っていた。

長年手入れがされていなかったようで、雑草は生い茂り、食用と思われる植物も異様に巨大化しており、それでも成長が止まらなかった植物は最終的に枯れ果てて腐敗し、その後の植物の肥料になっていた。そういった成長と腐敗のサイクルが何世代も何世代も繰り返されて来たような様子が見てとれた。


「凄い……、何なのよこの施設は……」と筑紫。

「興味深いわね……」と宗谷。

「そうですね……」とリエル。


「転移先は……、あそこね」

と筑紫が指差す場所は、植物は一切生育しておらず、『リエルの小部屋』にある魔法陣と似たような魔法陣が描かれていた。

「なるほど……。ここは、あの『小部屋』から行って戻れるようにしたのね。となると、あの小部屋の住人が、ここで植物を育てて自給自足をしていたということかな……。凄いシステムだ……」

「確かにそうですね……。それにしても、どうして他の場所には帰りの魔法陣を設置しなかったんでしょうね?」リエルは素朴な疑問を口にした。

「多分、万が一でも、モンスターに使用される可能性のあるところには魔法陣は設置したく無かったんじゃないかな。プラネタリウムも温泉も、モンスターが自由に出入りできる場所だし、ここみたいに狭くないから、全ての溝や穴を塞ぐのは難しいんじゃない?」

「なるほどねぇ、さすがマリコ様ね」

「あんたに褒められるのは、何故かイラとするのよねぇ……」


 ***


こうして、3人が発見した転移先である『宗谷温室』は組合に報告されることとなった。

そしてその後に行われた寺本の転移実験により、魔法陣同士の行き来が可能であることが無事に確認されることになった。

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