第17話 初めての転移実験②


寺本が杖を構えてエーテルを流し始めた瞬間から、魔法陣が光り輝きつつクルクルと回転をし始め、そのまま徐々に加速をしていった。

それを筑紫は逐一観察しながら、ただただ感嘆していた。

失敗したら寺本が死ぬかもしれない状況だったにもかかわらず、筑紫は目の前に起きている光景に感動をしていた。


――一体なんなんだ、この技術は……。エーテルを掻き回すことで、さながら『エーテル化』と言った現象を引き起こしているのか……、そしてそれを情報として高速で流し、転移先で再構築をする。凄い仕組みだ……。

と筑紫が感心していると、徐々に寺本の体も淡いエーテルの光に包まれつつも、半透明になって言った。

そうして、エーテルが一気に移動するのを感じた瞬間に、目の前に立っていた寺本が消失した。


――転移した……! 移動先はどこだ……!

はやる気持ちを抑えきれずに、筑紫は『リエルの小部屋』を出て、外で見張りをしていた蜷川にこう叫んだ。

「確認しに行くぞ! プラネタリウムだ!」

普段と全く違う口調の筑紫に、蜷川は驚きつつも「……おう」とだけ応えると、不意にタメ口になってしまったことに気付いた筑紫が申し訳なさそうに言った。

「あ! すみません……、つい……」

「いや、気にするな。それより、早く戻るぞ」

筑紫と蜷川は『紺碧の祭壇』付近で何かを聞きたそうにしている探検家らを無視して、そのまま地下1層を『地下プラネタリウム』に向けて戻って行った。


 ***


リンとリエルは探検家組合理事長の神林と一緒に、地下1層K地区の『地下プラネタリウム』の入口に陣取っていた。

寺本の転移先である『地下プラネタリウム』に、間違ってもモンスターや人間が入らないようにするためである。

そのために広い索敵術ソナーが使えるリエルに、転移先を守る白羽の矢が立ったのだった。

またリンも、先日神林が訓練場で一戦交えたことで実力を認められたために、今回神林と共にこの場所の警備を任されることとなった。

見方によっては、30代半ばのおっさんと女子高生2人という何とも怪しい組み合わせだが、あくまで実力で選んでいる、ということを神林は強く主張していた。


「もうそろそろですかね?」

リンは神林に尋ねた。

「どうだろうな。もうすぐ予定時間だが、地下1層の探検の速度とか『小部屋』での準備とかでズレるかもしれない、って筑紫には言われてるな。まぁ気長に待とうや、嬢ちゃんたち」

「そう……ですね」

リエルは索敵術ソナーを広範囲に保ちつつ、緊張の面持ちで頷いた。

先ほどからリエルの索敵術ソナーの範囲に入ったモンスターは全て幻惑術イリュージョンで『地下プラネタリウム』に近づかないように誘導されており、これを打ち破るほど強いモンスターは現れていなかった。


しばらく無言の時間が続いた。

普段は陽気で気さくな神林もさすがに緊張した面持ちで『地下プラネタリウム』の中心の方を向いて立っていた。

緊張の糸が3人の間にピンと張っており、それが緩むことはなかった。

ただただ、綺麗な緑色の星空を見つめていた。


突然、リエルは索敵術ソナー中のエーテルが微かにかき回される感触を覚え、続けざまに、物凄い速度でエーテルの微細な波が近付いてくるのが感じられた。

神林も何らかのエーテルの変化を感じ「来たか……」と呟く。

そうしてリエルの目の前をそのエーテルの不可視の波が高速で駆け抜けていき、『地下プラネタリウム』のドーム内に入っていった。

リンは特に何も感じられなかったようだが、不可解な顔をしつつも神林の言葉を聞いて剣を鞘からおもむろに抜き、いつでも動けるように臨戦態勢をとった。


すると、ドームの真ん中で唐突に白い霧がかかり出した。

急速にエーテルが3人の目の前でヒト型に淡く発光し、にわかに実体化し始めた。

リンと神林は驚愕に目を見開いた。

実体化し出した半透明のエーテルの塊は、まさに数十分前に地下1層で別れた寺本の形になっていった。

目を閉じて軽く杖を胸の前で握っている寺本が瞬時に目の前に現れた。

リエルはその様子を見て、安堵の表情を浮かべていた。

――成功したみたいね……、よかった……。

とリエルは思った。


エーテルの流れが落ち着いても、暫くは無音の時間が流れた。

「寺本……」と神林が静かに呟く。

すると寺本は意を決したのか、ゆっくりと目を開け声のする方を向いた。そしてそこに神林の姿を認めると、突然、緊張の糸が切れたのか、全身の力が抜けたように、その場にへたり込んでしまった。

「は……、はは……」

「おめでとう、成功だ」

と神林が言うと、右手を前に出した。

寺本もその手を掴むと、ガッチリと堅い握手をした。心からの神林の祝福だった。


 ***


こうして転移実験は無事に成功した。

その後、まずは転移の感覚を掴んだ寺本を中心に、転移実験を繰り返すこととなった。

何か別の物と一緒に魔法陣に乗ってエーテルを流せばそれも一緒に転移されること、同様に人と一緒に魔法陣に乗ってエーテルを流せば、その人も一緒に転移されることもわかった。

リエルも寺本と共に転移をすることで、転移の感覚を掴むことが出来て、リエルもこの転移魔法陣を使用出来るようになった。


しかし、一度だけ、魔法陣のフチにぎりぎりのサイズの荷物と共に転移をした際に、その荷物がプラネタリウムの地面と同化してしまうという事故が発生した。

荷物と地面がモザイク状にツギハギに同化してしまっていて、もしこれが人間で起きたらと考えると非常に空恐ろしい気分にさせられるものだった。

そこで、転移先には間違ってもモンスターが入り込まないように、『地下プラネタリウム』の入口に頑丈なドアを設置した上で、内部からしか開かないような仕組みにした。


しかし、依然としてエーテル操作が上手くいかない場合に、他の登録されている4地点に転移させられてしまうという危険は相変わらずあった。

しかしそれは裏を返せば、他の4地点にショートカットが出来るかもしれないと言うことだった。

そこで神林は、探検家組合理事長として、魔法陣から割り出される他の移転先の4箇所を優先的に探検をすることを決定した。

それぞれの位置から概ね地下2層に2箇所と地下3層に2箇所ありことが推測されたが、いずれも未踏地区だったために、まずはそれぞれの地点へと組合の指示で探検隊が向かうこととなった。

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