第10話 初めてのプラネタリウム

次の週末、リンとリエルは大洞窟へと探検に行こうと、宇賀神社へと向かった。

すると、宇賀神社の境内は白黒の幕が張られており、葬儀が行われているようだった。

そこに先週リエルが術士の手ほどきを受けた筑紫真理子がいたため、リエルは何があったのかと筑紫に尋ねた。


「奥薗さんが死んだよ。洞窟内の地下3層で、初めて見るモンスター2体にやられてね」

「えっ……」「そんな……」リンとリエルは言葉を失った。

奥薗といえば2人の試験官を務めていたサラリーマン風の真面目そうな剣士で、リンとリエルは奥薗とあまり話したことは無かった。

しかしそれでも知っている人が大洞窟で亡くなったという事実が、2人にとっては衝撃的だった。


ショックを受けて何も言えない2人だったが、筑紫の言葉は厳しかった。

「……ここは本来そういう場所さ。生と死が隣り合っていて、いつ転げ落ちるかわからない。こんなんでショックを受けてるなら、君ら、『大洞窟』に挑む覚悟が足りないんじゃない?」

両手を腰に当てて仁王立ちをしつつ、小首を傾げていた。

「そう……ですか。そうですね……」とリエル。

「誰も逃げる人を止めやしないよ。むしろ逃げる方が正しい。半端な覚悟で探検して後悔するなら、最初から辞めた方がいいんだ。探検家なんて阿呆か狂人しかならないんだよ」

「そう……ですね……。あれ、それじゃあ……、筑紫さんは、どっちなんですか?」とリン。

「んぁ? そりゃ、狂人だよ。正気を失って、現代科学で説明できないエーテルを研究したくて探検家になったんだからな。あいにく全然上手くいってないけどな」

リンとリエルは、このロリ顔少女の筑紫が東大理学部生と紹介されたことを思い出していた。


「ま、何にせよ忠告はしたからな。くれぐれも私の寝覚めを悪くさせないでくれよ」

何も言い返せず俯いていたリンとリエルであったが、脇でリン達の様子を見ていたターニャが明るく入ってきた。

「マリコ様、こう言っているけど、要するにビギナーなリンちゃん達のことが心配なんだヨ。この子、優しいからネ」

「おいこらターニャ! うっさいわ!」

筑紫は少しだけ顔を赤らめているように見えた。


「そんなことより、リンちゃん、リエルちゃん、今日も探検に来たんでショ? それじゃ私たちと一緒に行こうよ。覚悟なんて、そんなすぐに出来る訳でもないし、地下1層なら私とマリコ様がいればダイジョーブよ。ほら行こうよ!」

「ちょっと! なんで私まで入ってるのよ!」

「エー、マリコ様、どーせ暇でしょ?」

「……決めつけられるのも癪だけど、……、いいわよ行けばいいんでしょ、行けば」

「筑紫さんとターニャさんが一緒ならとても心強いです。ありがとうございます!」

ということで、リン、リエル、筑紫、ターニャというメンバーで探検に入ることとなった。


 ***


大洞窟入口管理棟


「ほら、これをヘルメットに付けて」

と筑紫がいうと、大洞窟入口に設置された充電器から黒いミニサイズのカメラを手渡してきた。

「これ、何ですか?」とリン。

「これは、私が友人と作った自動マッピング用のカメラだよ。ヘルメットから撮影した映像データを元に、AIが自動で洞窟内の地形を分析して、記録してくれるんだ。あんたらが持ってる大洞窟内の地形データはこれで作られたものなんだ。感謝しろよ」

「へー! すごいですね!!」とリエル。

「あとは、探検場所をここに書き残しておいて。これは洞窟内で遭難が起きないように、入る人と出る人をここで管理するんだ。夜になって戻ってこなかったら、救援隊が組まれて大捜索が行われるから、ちゃんと帰ってきたときに必ず報告をしろよな。戻ってきてないって大捜索が行われたのに、神社の階段下の飲み屋で見つかったってのは良くある笑い話だ。わざわざ探検に入った捜索隊にとっちゃ全然笑えないけどな」

「……」

筑紫がターニャの方を向きながら話しており、ターニャが恥ずかしそうに赤面しているのは、きっとターニャが昔そういうことをしでかしたのだろうとリンは思った。


「それで、今日はどこまで行くんだ?」

「特に決めてはないのですが……」

「それじゃ、先輩探検家である私おすすめの場所があるんだ。そこに行こうか」

筑紫は少女らしい顔に似合う、いたずらっぽい笑顔を浮かべていった。

ターニャも心当たりがあるらしく、楽しみな笑顔を浮かべていた。


 ***


道中「先週教えたよな、実践でやってみろ。面倒だから私は一切やらないからな、任せたぞ」との筑紫の言で、リエルの索敵術ソナーで『大洞窟』内に潜むモンスターを探知しながら進むこととなった。

リエルはエーテルの糸を周囲50メートル以内に張り巡らせて、地形やモンスターを気にしながら進んでいく。

リエルが本気を出せばもう少し延ばせるが、体力を節約するために、50メートルのみとしていた。

エーテルを伸ばしつつ、時折メンバーの様子を気にしていると、筑紫も僅かにエーテルの糸を周囲に伸ばしていることに気づいた。

動かしているエーテル量はごく僅かで、リエル程の術士でないと感じられないものだった。


実の所、筑紫は、リエルに気づかれないようにと、繊細なエーテルコントロールでこっそりと索敵術ソナーを行っていた。

念のため隊の安全を確保しつつ、「索敵はリエルに任せる」と言った以上、それを悟られないようにするという筑紫なりの気遣いだった。

――やっぱり筑紫さんは優しい人なんだな……。

とリエルは密かに思った。


「そういえば、ターニャさんはどうして探検家になったんですか?」

「んー……、Because, it’s there」

急に発音の良い英語が返ってきたため、リンとリエルは面を食らった。

「……え、何ですか?」

「イギリスの登山家、マロリーの名言“そこに山があるから“だそうよ」筑紫が面白くなさそうに解説をしてくれた。

「そ。そこに洞窟があるから、探検するんだヨ!」

「な……、なるほど……」


リンとリエルは腑に落ちたような落ちないような反応をしていると、筑紫がわざとらしく大きなため息をついて、ターニャに唐突に質問をし始めた。

「はぁ……、ターニャ、何でウクライナでわざわざ日本語の勉強をし始めたの?」

「……、『るろ剣』が好きだから……」

「それじゃターニャ、何で日本に来たの?」

「……、『るろ剣』が好きだから……」

「それじゃターニャ、どうして洞窟を探検しているの?」

「……、『るろ剣』みたいに日本刀を振りたいからでス……」


「ま、要するに、こいつは阿呆だから探検家になったタイプだね」

「阿呆とはなんだ! 阿呆とハ!!」

ターニャが顔を真っ赤にして怒り出した。

それを見ていたリンとリエルは思わず吹き出してしまった。

――色んな探検家がいるんだな……。

とリンは思った。


そんなことを話しながら、筑紫の道案内により、地下1層を進んでいく。

途中で通称バットの群れに遭遇したが、「こいつらは火に弱い」という筑紫のアドバイスの下、リエルの広範囲の火炎術フレイムによって足止めをしたうえで、リンとターニャの流れるような剣さばきで次々とコアが破壊されていった。

リンとターニャが動いた軌跡に沿って、淡く光る剣筋が残像になっていた。

特に問題無くバットが討伐され、後に残された鉱石が回収されることになった。


「リンも良い剣筋だねぇ……、地下1層ならリエルと2人できっと問題無いだろうね」と一流術師たる筑紫の太鼓判だった。

「本当ですか! ありがとうございます!」とリンは嬉しそうに言った。


「そう言えばリンちゃんはどうして探検家になったの? さっきの剣筋を見ても、ずっと剣道をやってた感じだし、もしかして私と同じように思う存分剣を振りたくなった?」とターニャが笑いながら質問をしてきた。

「うーん……、そうやって改めて聞かれると……、とっても難しいですね……。確かに剣は好きですけど、探検家になるために剣道をこれまで頑張ってきたので……」

リンは改めて自分がなぜ探検家になりたかったのかと考えるも、あまり確固とした理由が思い浮かばなかった。


「うーん、何ででしょう……、昔からなりたかったんですよね……」

「おいおい、それは危ないぞ。今日洞窟に入る前に言ったが、探検家になるのは命の重さを知らない阿呆か、命をハカリにかけられる狂人だけなんだ。この洞窟内はいつ何が起きてもおかしくない。絶対安全は無いんだよ。それはちゃんと認識しておけよ」

「まぁまぁ、そんな厳しくしないノ、マリコ様。ほら、もうすぐ目的地に着くヨ。この話はこの辺で終わりにしましょうよ」

とターニャが話題を切り上げた。


「さ、この先。リンちゃんとリエルちゃんはヘッドライトをここで消してネ。それで、ここをくぐると……、ほら、凄くない?」


ターニャの言葉に従って、天井の低い通路を通り抜けると、そこはドーム状に天井が丸くなった行き止まりだった。地下1層K地区という場所だった。

「うわぁ……、すごい……」

「凄いですね……」

リンとリエルも感嘆の言葉を漏らした。


そこには満点の星空があった。

正確には、ドーム状の天井にびっしりと苔が生えているようで、それが淡く緑色に発光することで、まるでプラネタリウム内部にいるような錯覚を受ける。

天井をぼーっと眺めていると、非常に微かな光のため、本当に星がまたたいているように見えてきて、それによりそこが洞窟であることを忘れる程の広がりを持って感じられ、緑色の星空に吸い込まれそうになってしまう。

「本当に素敵ですね、ここ……」

「噂には聞いてましたけど、こんなに凄いとは思いませんでした……」


しばらく無言で眺めていると、ふとリンが口を開いた。

「筑紫さん、ありがとうございます。私、どうして探検家になりたいのか、わかりました」

「ほう……?」筑紫は興味深そうにリンを見つめた。

「ターニャさんの言う通りでした。そこに洞窟があるから、なんです。私、この宇賀神社の近くに昔から住んでて、色んな話を探検家の人から聞いてました。もちろん怖い話もありましたけど、この天然プラネタリウムもそうですし、謎の祭壇やミステリーサークル、強いモンスターの討伐の体験談。そういうSFとかファンタジーのような、この世のものとは思えない話を聞くのが大好きだったんです。それで私も探検家になりたい、なるんだ、って昔から思ってたんです。私の興味は、好奇心は、ロマンは、絶対に止められないんです。今日、この光景を見て、本心で探検家になってよかったと思いました」


筑紫はそんなリンを見て、苦笑をしていた。

「要するに、あんたもターニャと同じく、阿呆だった、ってことだねぇ……。まぁでも、嫌いじゃないよ。私も好奇心は止められないタチだからね。だから、まぁ……」

真剣な表情で筑紫はリンに迫った。


「絶対に死ぬなよ」

「はい! もちろんです!」

リンは無邪気に元気よく答えた。

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