第31話 処罰



 厨房を通って外に出ると、強ばった顔のクリアが待ち構えていた。


「それはどうしたんだ?」


 クリアは俺の手にある小袋に目を向け尋ねる。


「ジョセさんがくれたんだ。朝の騒ぎでまだ何も食べてないだろうって。干し肉とチーズ」

「念の為言っておくが、歩き食いなんてするんじゃないぞ」

「うん」


 クリアは何も言わず仕方なさげなため息を吐き、別邸へと歩き出した。

 俺も隣に並んで歩を進める。

 小袋に話が逸れて出鼻をくじかれてしまったが、再びクリアに声をかけた。


「クリア、ごめん。問題を起こすなってあれほど言われてたのに、こんなことになって」

「……私よりも先に、クリスティーナお嬢様への謝罪が先だろう」

「お嬢様、知ってるんだ」

「すでに存じている。さすがにこの件を黙っているわけにはいかなかったからな」


 どんな顔をしてお嬢様に会えばいいのだろう。

 遅れてやって来た罪悪感が、もやもやと胸の辺りに燻っている。


「手を出すなとは言ったが、まさかエドリックに頭突きをするとは考えてもみなかった」

「面目ない」

「……。お前はやはり変なやつだ。クリスティーナお嬢様のお傍について間もないというのに、後先考えず暴走する。最悪だ」

「……すみません」

「……良くも悪くも、私にはできなかった」


 羨ましげに聞こえたクリアの最後の言葉に、俺は黙って横を向いた。

 説教を受ける覚悟でいたのだが、それとは少し違っている。


「こんな話をお前にしたところで仕方がない。……それにしても、立場を考えれば褒められたことではないが、あの状況でよく頭が出せたなとシャルが笑っていた」

「シャルが?」


 切り替えて言ったクリアの発言に首を傾げる。

 まるであの頭突きの場面を見ていたような口ぶりだ。

 

「お前一人では心もとなかったからな。シャルについて行かせていた」

「え、そうだったの」

「姿は消していたようだが、あの時シャルの目と耳を通してお前の行動も、エドリックとの会話の内容もわかっていた」

「……なるほど」


 使い魔ってそんなこともできるんだ。すげぇ。

 ということは、クリアもエドリックの問題発言諸々を知っていることになる。

 お嬢様に対してかなり一方的で酷い言い草だったはずだが。


「……」


 それも知っているのかと、聞く気にはなれなかった。


 いや、聞くまでもない。

 ここまでの会話を振り返れば、なんとなく察することができた。

 今回だけではなかっただろう。

 至るところで耳にするクリスティーナお嬢様の中傷の数々。俺とは比べ物にならないくらいクリアは聞いて我慢していたはずだ。


 それをクリアはクリスティーナお嬢様のことを考えて呑み込んでいたのだ。

 それが俺は、たった二度エドリックと顔を合わせただけで我慢の限界を迎え、あのザマだった。

 なんだが申し訳なくなって、俺は再度頭を下げる。


「すみませんでした」

「だから、それはクリスティーナお嬢様に言え」

「うん」

 

 エドリックへの頭突きを悪いとは思っていない。

 むしろそれ相応の報いだと考えている。

 だが、それによって周囲に迷惑をかけてしまったことは、しっかりと反省しなければいけない。


 そして別邸に戻れば、クリスティーナお嬢様は優しい笑顔で出迎えてくれた。

 お嬢様は事情を聞くよりも先に「おはよう、ニア。それと、おかえりなさい」と言葉を送ってくれた。


「シャルから聞いたわ。わたくしのために怒ってくれたのね。ありがとう、ニア」


 クリスティーナお嬢様の名誉にも関わったことだというのに、その表情は温かく穏やかだった。


「けれど、頭突きをしたらいけないの。もう、そんなことはしないと約束してね」

「はい……申し訳ございませんでした」

「ほら、ここ。もう、大きなたんこぶができてる」

「あはは、ほんとだ〜。これ、もっと腫れるよ。ていうか頭突きってきみ、とんでもないことしたねぇ。……くふふふ」


 お嬢様の手が俺の頭にそっと触れ、こぶになった部分を労わるように撫でた。

 シャルはふわりと浮いて、頭上から俺の打撲したところを眺めている。


 叱咤されることも、奴隷時代のように鞭打ちの刑になることもなく、そこはクリスティーナお嬢様を中心に優しい空間で。

 優しいからこそ余計心苦しく感じ、これからはもっと先を考えて行動しようと強く誓った。



 ***



 問題を起こした俺は、その日一日を部屋で過ごすことになった。いわば謹慎である。

 一日だけの謹慎を終えて、次の日からは言い渡された処罰のために第三騎士団の訓練所宿舎に隣接した大食堂へと足を運んでいた。


「えーと……バートル様から言われたとおり、七日間はここで雑用と芋の皮むきをひたすらにしてもらいます……」


 見習いコックの制服を着た眠たげなタレ目の少年が、メモのような紙を手にしながら指示を出す。

 彼の名前はシーモヌー。

 料理長であるジョセさんの息子である。


「ちなみに二人とも、皮むきってしたことある……?」


 シーモヌーは俺と、隣にいるエドリックに向かって確認をした。

 エドリックも俺と同じく、訓練所宿舎の大食堂で七日間の処罰を受けることになっている。

 さっき鉢合わせたばかりだが、全力で顔をそらされた。


「たぶん、ないです」


 野菜を剥いた記憶がない。


「……オレもそんなに」


 エドリックもぼそぼそとつぶやいた。


「あー……そっか。じゃあ、簡単に剥き方から教えるから……」


 シーモヌーは厨房の隅に置いてあった巨大な麻袋を丁寧に運んでくる。

 中身を確認すると、それはすべて横長の形をした芋だった。


「これがイモ。なるべく皮だけを剥くようにして……中身を無駄にしないで」


 芋ひとつを丁寧に洗ったシーモヌーは、試しに研がれた小型の調理ナイフを手にして皮を剥き始める。

 スルスルと慣れた手つきで無駄もなく、ものの数秒で芋は綺麗に剥けていた。


「今日はとりあえず……えーと、一人500個を目標にがんばって」

「こ、これを500個……」

「……くそう、せっかく従者見習いにまでなったオレが、皮むきなんて」


 エドリックは何か言いたげに俺のほうをじろりと見た。


「なんだよ。というか、いちいち睨むのやめてもらえませんかねー?」

「誰のせいでこうなったと思っていやがる!」

「誰のせいもあるか。元はと言えばそっちが原因だろ。まだ反省してないのか」

「なんだと!? オレが全部悪いみたいに言うな!」

「言ってないし、俺だって謝っただろ! あとナイフ振り回すのやめて!」


 ずっとこの調子だ。

 エドリックは従者見習いであったが、しばらくは従僕に逆戻りらしい。そして給料もふた月ほど減額された。


「やめろよ、俺はべつに喧嘩したいわけじゃないんだからな。それに大きな声も出さないで欲しいんだけど、たんこぶに響く」

「〜〜っ、それはオレのセリフなんだよこの石頭が!」


 ひたいに薬を塗ったエドリックが顔を真っ赤にして吠えた。


「……えぇ、めんどくさー……。もう二人は和解したんじゃないの? ここで揉められても困るし、バートル様に報告しとこうかな……」


 ぽそりとシーモヌーが言った。

 それはさすがにまずいと悟った俺とエドリックは、お互いに口を閉じる。

 そうだ。処罰でここに来ているのに、エドリックとまた言い合いになっていたら世話がない。


「旦那様のご帰還に合わせて、各辺境に滞在してる騎士の人もかなり帰ってきてるから……いつもより食事の準備が大変なんだ。僕も七日間はこっちの厨房にいるから……うーんと、それなりによろしく……」


 気だるげでぼやっとした雰囲気のシーモヌーは、あのジョセさんとは性格が似ても似つかない。

 それでも料理の腕は父親譲りなのか、この厨房でも頼りにされているようだった。


 俺たちに一日の流れを説明したシーモヌーは、担当の持ち場へと戻っていく。

 あと一時間ほどで早朝訓練を終えた騎士たちが、朝食を摂りにやって来る。

 芋剥きは雑用と並行して進めることになっていた。


「……剥くか」


 未だに棒立ちしているエドリックをよそに、俺は麻袋に入った大量の芋を水洗いするため一度外に出ることにした。

 シーモヌーは見本で一本を厨房の中で洗ってくれたが、こんなに芋で厨房の洗い場を占領しては邪魔になるだろう。

 外のほうがスペースも広いし作業しやすい。


「あ、待てよ!」


 袋の下を引きずらないように芋を運び出していると、後ろからエドリックが追いかけてくる。


 外の水場でごろごろと芋をころがす。

 不意に空を見ると、澄み渡る青色が遠くまで広がっていた。

 深呼吸をして、気を落ち着かせる。


 クリスティーナお嬢様の従者になり、二日目で処罰を受け芋むき作業。

 もうこんな失態はしないと心に刻み、俺は芋に向き直った。




── ── ── ── ──

ここまでご覧いただきありがとうございました。

こちらで2章は終了となります。

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