怖い話:PoV方式

若草八雲

前置き

 私は篠崎ソラ(シノザキ‐ソラ)。

 とある出版社で記者として働いている。

 私が記事を掲載しているのはコンビニエンスストアや書店に置いてある大衆向け雑誌の一つだ。地元密着型の雑誌で、地域のグルメスポットや観光案内などを多く載せている。私もグルメスポットの記事を作ることが多い。そこそこ人気があるし、読者からの反響も良い。

 そしてもう一つ。私たちの雑誌には人気を持つページがある。それは、政治家や芸能人のスキャンダルや時事ネタなどを取り扱うコーナーだ。新聞の記事にするには行儀が悪く、かといってネットニュースで盛り上がるほどでもない。ゴシップには中途半端、暇つぶしには持ってこいのネタがコアな読者を掴んでいるらしい。

 総合すると下品なのか野暮ったいのかよくわからない雑誌ではあるが、私たちは日々愛着?を持って取材に挑み、編集長の言葉を借りるなら粘り強く、刊行を続けている。


 ところで、私がこの会社に入社したのは、就職活動時に当社が刊行していたオカルト雑誌がきっかけだ。この雑誌の良さは語り尽せない。当時の読者に出会えたならば、溜まった有給休暇を使って数日間語り合う日を設けたいくらいだ。

 入社面接時、私は面接担当者にこの雑誌の話だけをしつづけて、入社後はぜひとも担当になりたいとアピールした。今思えば最悪な志望者だ。出版社では、他にも雑誌、書籍を作っているし、執着を見せる雑誌の担当になれるとは限らない。ましてや、オカルト雑誌何て言うのは発行部数も少なく、ニッチな分野なのだ。私が当時の面接官であったなら、話をさせるだけさせて、真っ先に落とすだろう。

 ところが、面接担当者はどういうわけか私の熱心なアピールを大層気に入ってしまった。それが、今の雑誌の編集長である。

 曰く、私の採用は彼に話したオカルト雑誌への熱意45分間で決まったらしい。酒の席で酔うたびに編集長はその話を持ち出してくる。

 偶然にもこういう奇抜な人間に巡りあったおかげで、私は今の会社で働いている。その意味では感謝すべきなのだろうと思う。他方で、私の採用が彼に話した熱意で決まったというのは疑わしい。彼が私にしてくれたことは、おそらくその面接に最低点をつけなかったことだけだ。

 

 何故なら、私の入社当日、のだから。後に聞いたところによれば入社面接時には既に廃刊が決まっていたし、編集長もそのことは知っていたという。

 つまり、私の夢は、応募の時に潰えていたのである。そんな事情にも関わらず、編集長は、私のアピールが採用を決めたと宣うのだ。信じられるわけがない。

 結局、私は夢を砕かれたまま、なし崩しで今の雑誌の創刊チームに組み入れられた。おおかた予想がつくと思うが、右も左もわからない新人をチームに組み込んだのは、編集長その人である。名指し、第一指名だったらしい。

 とにもかくにも、会社……というか、編集長は、私が辞めずにここまで仕事を続けていることを肯定的に評価するべきだと思う。他の人なら初日で辞めている。


 さて、随分と前置きが長くなってしまったが、今の話で大切なことは3つだけだ。

 1つ。私の身の上は、この先の記録と全く関連性を持たないということ。

 2つ。私が両手の人差し指をクロスして×印を作っているのは、今まで関係ない話をしたが寛容な心で許してくれと言うジェスチャーであること。

 そして、3つ。どんなサインも受け手がいなければ何の意味もないということ。


 ちなみに、この×印のジェスチャーは先週から私たち編集部内で流行っているとある遊びの産物である。ぜひ、SNSなどで広めてほしい。

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