8 カミングアウト(5)

 ゲーミングハウスに戻ると、リビングには頬を膨らませた杏奈とそれに手を焼いている恵璃奈と晴瑠がいた。それを見て、開口一番こう言ってやった。


「よし、みんなでマリカーでもするか」


 みな、ぽかんとしている。


「ちょ、ちょっと、いきなりどういう意味よ」

「なんか杏奈も言いたいことがあるみたいだし。ゲーマーならゲームで白黒つけようか」

「ウチそんなんやらんっちゃ」

「そうだなー。杏奈はマリカー下手だもんなー。絶対負けるもんなー」

「はッ、笑わせる。マリカーの真祖であり始まりであり最強である我に勝てると思うなッ!」


 杏奈が簡単に釣れた。ちなみに真祖と始まりで意味が重なっていることはツッコんじゃダメだ。


 俺はみんなと目を見合わせて、コントローラーをくばると、晴瑠はぱっと明るい顔をして、恵璃奈は仕方ないわねとノってくれた。


 マリオネットゴーカート――通称マリカーは、キャラクターがゴーカートに乗って、コースを三周回るまでの順位を競うゲームだ。


「ちなみに、これからやるゲームは罰ゲームとして、自分の秘密をひとつ言うこと」

「「「「え!?」」」」

「え、じゃないよ。俺たちチーム組んでいるのに知らないこと多いだろ。恵璃奈と晴瑠が家出していたなんて知らなかったし」

「これが狙いか……」


 ぼそっと恵璃奈が見てきたけど無視をした。


 マリカー開始。グランプリで五つのコースの総合点で順位が決まって、ふつうに花ヶ崎が負けた。ってかマジで弱かった。


「いや~負けましたなあ」


 頭を掻きながら恥ずかしそうにする。


 花ヶ崎はテトリスが超強いことをカミングアウト。


 さすがに日本大会に出るまで強かったと言うと、その場がどよめいた。


「え。さくらネエってテトリス強いん!?」


 杏奈が羨望の眼差しを花ヶ崎へ送る。


「大げさに言ってるだけじゃないでしょうね」

「えー恵璃奈さんひどいです~」


 実際に見てみないとわからないということで次のバトルはテトリスになった。


 花ヶ崎は世界を目指していたというほどもあり、えげつなく強かった。


 L型とか棒型のブロックでいっせいに消すのはみんなしていたけど、花ヶ崎はミスんないの。Z型した使い勝手の悪いブロックをあれだけうまく使うとは……。


 で、負けたのは晴瑠さんで、


「咲良さん……すっごい強いですね……びっくりしました。これだけ見えるならジャングラーの才能ありですよ」

「いやいや~褒めてもなにも出ないよ~晴瑠さん」


 ゆったりとした口調だけどみんなと話そうとする晴瑠である。めちゃめちゃ声がかわいいんだあ♡


「わたしのひみつですか……そうですね」


 パジャマ姿で女の子らしくもじもじする晴瑠。かわいい……んですけど。


 すると、姉の無慈悲な横やりが入る。


「もう早く言っちゃいなさいよ。この子、最近胸が大きくなるナイトブラ付けだしたわ」

「なんで言うの! なんで言うの! なんで言うの!」


 ぽかぽかと恵璃奈を叩く晴瑠。顔を真っ赤にしている。そんなことを言うと、自然と胸に目がいくわけで。


「あー! 神也くん! 今、『こいつ、ぺったんこだな~』とか考えたでしょ!」

「そ、そんなことを思ってねえし!」

「思ったよ! どうせ杏奈ちゃんと見比べて『小五に負けるとかw』とか考えているんだから!」

「被害妄想だって! 大丈夫だ! 需要はある! 需要はあるぞ!」

「わたし、もう怒った!」


 そう言って、次のゲームはメダルオブレジェンドというFPSになった。なんでも晴瑠が一番得意なゲームらしい。


 プレイ後。


「……晴瑠さん……怒らせたら怖い」と花ヶ崎。


「はるネエ……すっごい怖かった」と杏奈。


「振り返りざまにヘッドショットとか。あいつ最後まで初期装備だったよな。なんでハンドガンであんなに強いんだよ」


 光の消えたすっごい怖い目をした本気の晴瑠は手が付けられなかった。「か~ご~めーか~ご~めー」と『かごめかごめ』を小声で歌いだしたときは半分ホラーだったね。結果、俺と杏奈が大量にキルされて、同位でワーストになってしまった。ちなみに俺が狙われたことは理解できるが、「小学生で膨らんでるとか許さない」とか小声で言われながらキルされる杏奈はめちゃめちゃかわいそうだった。FPSがトラウマにならないといいけど……。


 つまり俺と杏奈の罰ゲーム。


 杏奈が腕を組む。ひみつ、ひみつ、ひみつ……と悩んでいると、


「早く言いなさいよ」


 恵璃奈お姉様がキツ目に言うわけで。杏奈が飛び出したこともあってきょうの恵璃奈は杏奈へのあたりが強い気がする。


 杏奈は両手の人差し指をツンツンしながら口を開いた。


「ウチ、にいちゃんがいるんよ。この前のeスポーツ特集でテレビに映っていたんやけど」


 別居になったという兄の話をしてくれた。仲のよかった兄がいたこと。両親の都合でなかなか会わせてもらえないこと。


「LOVで去年優勝校。九州代表の鎮巌ちんがん高校ってところでLOVのエースやってる」

「え……まさか、杏奈ちゃんがLOVで全国大会行きたい理由って」


 聡い花ヶ崎は気づいてしまったのだろう。


「まさか、そんな理由なの?」


 恵璃奈のひと言で、杏奈はビクッと肩を揺らす。そして、涙目になっていった。


「う……ウチ、おにいちゃんに会いたいんよ……」


 そのひと言を口にすると、さみしくなってしまったのだろうか。んく、んく、と杏奈は泣き出した。


 杏奈が勝ちにこだわる理由。


 怒って、泣いて、ゲーミングハウスを飛び出して、勝ちたいと願った理由。


 それは――兄に会いたい。そんな、単純な願い。


「なんだよ……」口をついて出る言葉。「先に言えよ」って。


「ウチとにいちゃん、よくLOVやっとったんよ」


 杏奈は両袖で涙を止めようとする。が止まらない。


「けど、別々になって、にいちゃんのアカウントも消えちゃって……ウチとにいちゃんを繋ぐものがLOVしかないんよ」

「杏 奈 ち ゃ ぁ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ん !」


 花ヶ崎が号泣。


「私、強くなって、杏奈ちゃんを全国に連れて行くから!」

「頑張りましょう」と杏奈の肩を抱く晴瑠も涙目だ。


「このブラコンが」


 恵璃奈が悪態をつく。けどそっぽ向きながらすぐに、「なんで早く言わないのよ」とすっごーく小さい声でつぶやく恵璃奈お姉様である。


「素直じゃないですね」恵璃奈に抱きつく花ヶ崎。


「離れなさいよ!」と恵璃奈。


 みんなで全国大会に駒を進めよう。


 なんだか、みんなで肩を寄せ合って笑って、チームっぽくなっていく気がした。


「で、神也のひみつは?」


 恵璃奈が花ヶ崎を引き剥がしながら聞いてくる。


「俺か。みんなに黙っていたけど、俺、プロなんだ」

「プロ!? なんの」


 恵璃奈がびっくりした顔して俺を見てくる。


「アケファイの」

「プレーヤーネームは」

「すとんごっと」


 ソッコー調べだした恵璃奈と晴瑠。俺を見つけたのか、プルプルと震え、


「世界三位!? そんなこと先に言いなさいよ! 『すとんごっととガチでアケファイ闘ってみたw』とか実況アップしたら再生回数いくら稼げるか」

「やだよ! 俺メディア露出したくないし」

「ねえ、お願い……わたしのためにひと肌脱いで、ね♡」


 完全に俺を再生回数としか見ない恵璃奈は目をハートにして俺に迫りくる。なぜにブラウスのボタンを外しながら俺にアピールしてくるんだ!


「そうだ!」


 と晴瑠が手をぽんと叩く。自分に注目がいって恥ずかしそうにする晴瑠。


「次のゲームはアケファイにしましょう……神也さんがどれだけ強いか見てみたいです」

「じゃあ、俺部屋からアケコン取ってくるわ~」

「……ガチじゃん」と恵璃奈が軽くヒいていた。


 アケファイ開始。


 はい。マジで俺の圧勝。ってかオールノーダメージ。


「キモキモキモ! え。素人相手にプロが本気を出す?」


 恵璃奈様からそんなこと言われちゃう始末。


「おにいちゃん強いでしょ~」


 美海が自慢げだ。「お菓子どうぞー」ってカゴに菓子を山盛りに持ってきた。「いただきまーす」と晴瑠がチョコを頬張る。リビングは、ホームパーティーみたいになる。


「はいはい。負け犬の遠吠えはいいから。恵璃奈の罰ゲームだぞ」

「わたしは……とくに隠し事なんてないわ!」

「おねえちゃん……のひみつ……ふふふ」


 なぜだか晴瑠の様子がおかしかった。


「じつはおねえちゃん、胸にパット入れていますぅううう!」

「晴 瑠 う う う う う !?」


 晴瑠の告発に今度は恵璃奈が泣きそうになっている。


「仕返しですぅ~。だっておねえちゃんわたしより大きいみたいなキャラになってるし! わたしたち双子なんだからサイズもいっしょだもん!」

「そんなことないわ! わたしの方がワンカップは大きいし!」

「それは偽乳だもん! ね、とくに神也くんはしっかり覚えておいて! わたしとおねえちゃんは胸のサイズいっしょって!」


 晴瑠はぐるんぐるんおめめになって、冷静さを欠いているようだった。なにか変だ。


 ひっくと晴瑠がしゃっくりした。


「って晴瑠! これお酒入りのチョコじゃない!」と恵璃奈。


「こんな菓子くらいで酔うのかよ!」

「そうだ! 触って確ラめてくだファイいよ神也くん! わたしとおねえちゃん、どっちが大きいか! あ、おねえちゃんはそのギニューを外しなさい! 今すぐ!」

「ちょ、晴瑠! いい加減にしなさいよ!」

「おねーちゃんだって神也くんかっこよかったって言ってたじゃん。触ってどっちが大きいか決めてもらおうよぉ~」

「そそそそ、そんなこと言ってないわよ!」


 酔っ払った晴瑠が恵璃奈に抱きついて俺に迫ってくるわけ。俺は美少女双子から、おっぱい触ってと謎イベントに困惑する。


 そのときだった。


「先輩?」


 花ヶ崎がニコッ。なぜか目が笑っていなくてご立腹なご様子だ!


「俺、怒られるの違うよね!?」

「こうなったら先輩を賭けて人生波瀾ゲームで勝負です! だれが先輩と結婚するか!」


 とボードゲームを取り出す花ヶ崎。


 こうして俺たちはずっとゲームとかボドゲとかで大盛り上がり。


 宴は朝まで続いた。そう朝まで。


 気づけばスズメのちゅんちゅんと泣き声がして、カーテンから朝日が漏れていた。「おにいちゃんモテモテ~」美海はソファーに座ったまま寝ている。恵璃奈と晴瑠が美海の太ももをまくらにして「ふにゅ~」ってしている。


 俺は散らかるリビングを見て我に返った。


 俺氏、睡眠不足のまま、徹夜あけでBEOを迎えることになったわけ。


 やっちまった…………。

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