7 エリ★ハルちゃんねる(3)
ゲーミングルームに戻ると花ヶ崎が俺を見るなり無邪気に笑った。
「あ、先輩! おとうさんなんて言っていましたか?」
「……部活がんばれって」
となりに座る杏奈は、どこかボーっとしているように見えた。
「おい、どうした。顔が赤いぞ」
「くっくっくっ今宵は月が満ちておる。マナが充満して」
「おう。きょうも調子がいいな」
部活に専念する。部活に専念する。
金を受け取った以上、それは仕事になる。そして仕事は、中途半端にしない。
だから、本気でLOVをする。アケファイはいったん休む。LOV優先。
どうしていいかわからなくなって、心の中はぐちゃくちゃで……吐きそうになった。すっぱいものを飲み込むと、のどが焼けた。
「先輩が来たからネット対戦しましょう!」
花ヶ崎が元気よく声を上げる。恵璃奈はそれを無視して、むすっとヘッドフォンをセットした。妹の晴瑠は、あたりをキョロキョロして、とりあえず姉に従っているって感じだ。
ホームに飛ばされ、いつものように三叉路を分かれ、俺はマップ中央の森林地帯へ身を隠す。
きょうの練習では、モブと呼ばれるNPCたちのレーンコントロールを意識しようという話になっていた。
モブたちは開始一分で自陣から出撃をはじめ、一定数に分かれて三叉路を進む。それは敵陣も同じことで、必ず味方モブと敵モブのぶつかり合う位置が発生する。その「ぶつかり合う位置」を押し引きするさせることをレーンコントロールと呼ぶ。一般的には「押す」――敵陣に向かって進行できている方が有利とされているが、逆に「引く」ことで、自陣に敵を呼び込み、袋叩きにする手だってある。やり方は簡単。相手よりモブを倒すペースが速ければ「押している」状態になるし、逆に相手のモブを倒さなければ「引いている」状態になる。味方モブをあえて倒す方法もあるが、やりすぎるとコインと経験値が減るし、相手にも「引き」がバレる危険性がある。
俺は森林に隠れて相手を奇襲するジャングラーって役割だから、このレーンコントロールっていつもはやんないけど、見ていてマジで難しそう……。
LOVは対戦中に味方チャンプのカメラへ切り替えができる。キーボードのファンクションキーで切り替え可能。俺がやっているジャングラーという役割は、密林に潜みながら仲間の状況を注視して、適宜サポートや遊撃を行うことが重要な役目だ。だから、カメラワークが大事なんだけど、これがまあ疲れるわけ。各メンバーの状況を一瞬の映像で判断するためか、脳への負荷は絶大だ。こんな超集中を続けたら鼻血を出したっておかしくない。
さっさっさ、とみんなを見渡すと、状況が見えてきた。
『恵璃奈と晴瑠は押しすぎじゃないか? ボトムはそんな押さなくてもいいだろ』
『石ころの分際でうっさい。早く晴瑠をファームさせた方が勝ちでしょ』
『なんだよ。押せるってことは敵のチャンプが奇襲を狙っているって可能性もあって』
『あー!
恵璃奈たちは案の定つっこみすぎて敵にフルボッコされている。
『花ヶ崎と杏奈がちょっと引き気味だな。敵モブ削って押すか。どちらか最初の守護塔を破壊したらバロンに向けてジャングルに集合してくれ』
花ヶ崎の元気な声と杏奈の生返事が聞こえた。
レーンコントロールは序盤戦の要となってくる。
将棋でいうと、どう「歩」を進めて陣形を整えていくかっていう感じ。そしてジャングラーという役は、飛車・角のようなもので、飛び道具的に戦況を動かすか、はたまた防御のヘルプに入ったりする役割だ。将棋と大きく違うことは、俺の立ち回り如何によっては、歩が全員「と金」になるなど、駒が急に強くなる特殊な状況を作れることにある。
『先輩! 敵襲からの奇襲です! ふたり!』
花ヶ崎へカメラを飛ばすと、二名のチャンプがトップレーンで花ヶ崎を襲っていた。
こういうときの判断が重要だ。
花ヶ崎へヘルプに入るか、切り捨てるか。
俺はバロンという倒せばチームにバフボーナスの入るモンスターの前にいる。通常ひとりで倒せる相手ではない。だから他のレーンから一時的に協力がいるのだが……。
花ヶ崎ひとりに敵ふたりが釘付けになっている状況は費用対効果が良いといえる。
杏奈は敵チャンプと交戦中。恵璃奈と晴瑠は先行気味でどんどん敵ホームに迫っている。
となると、
敵ミドル → 杏奈と交戦中。
敵ADC+サポーター → 不在。レーンを空けてなにかを狙っている。
敵トップ+ジャングラー → 花ヶ崎と交戦中。
という構図が見えてくる。
だとすると……敵は、ボトムレーンのふたりでジャングルに入り、バロンを狩る算段なのだろう。つまり、序盤、敵はボトムレーンを捨てたのだ。
『恵璃奈と晴瑠!』
すべきことは森林地帯に双子を呼び、密林戦において数的優位で敵を屠ることだ!
『ちょっとリバー経由でバロンまで来てくれ! バロンを倒すぞ!』
結局ネット対戦は泥試合みたいになって、結局負けた。
要因と言えば……。
「恵璃奈! なんでジャングル入ってこねえんだよ! なに怒ってるか知らねえけど、ちょっとはチームプレイしろよ!」
ちょっとこいつらいい加減にしろよって……大きな声が出た。
きょうこそ俺っちキレちゃうぞ、っておどけてみようとしたけど、無理だった。
「わたしはわたしで、すべきことをしたわ! 咲良のファームだって遅いし、なんでわたしだけ怒られるのよ。修正点はほかにもあるじゃない!」
「戦況を見たらベターはジャングルでバロンを狩るってことだろ。晴瑠もなんか言えよ」
「わ、わわ、わたしは……」
目をきょろきょろする晴瑠である。
「晴瑠はいつもそうだけど、自分の意見がねえのかよ」
すると杏奈が俺の裾をぎゅっと掴んで、
「ちょ、にいちゃん、大きな声出さんで、頭痛い……」
杏奈の呼吸が荒かった。
「ちょ、杏奈……だ、大丈夫かよ」
そのときだった。
「お邪魔するよ!」
ゲーミングルームに恵璃奈と晴瑠の父親が入ってきたのだ。
「げっ、ママ」と恵璃奈。
「……おかあさん」と晴瑠。
父親のうしろには、背のちいさいおねえさん……もとい母親? え、若っ! ニコニコしているが、ふたりの反応を見ると、父親よりやっかいなのかもしれない。
「さあ、きょうはおかあさんを連れてきた。いい加減こんな寮から出ていくぞ!」
のっけから
「ちょっと痛いって!」
「やめてください!」
ふたりの声が響き、花ヶ崎はアワアワしている。
「ちょっと! 前も言いましたけど柔肌なんですよ!」
「はは! 前回は君に鼻血を出させてしまったからね! きょうは腕にプチプチの緩衝材を巻いてきたのさ!」
「だから腕がエアーマンみたいになっているんですか! ちょっとベクトルが間違っていますって。それよかまずは腕引っ張らないで!」
俺とおっさんが取っ組み合いをしていると、
ドサッと、音がした。
音がした方に目を向ける……と、杏奈が倒れていた。
呼吸が浅く、ゼエゼエって……まずいことはたしかだ。
「杏奈! 杏奈? 大丈夫? 大丈夫か! 花ヶ崎、救急車!」
「は、はい!」
額に手を当てると、かなり熱い。
「無理しやがって……」
ぽんと、肩に手が乗った。双子の父親だ。
「俺が車を出す。そっちの方が早いだろ」
なんだかんだ言って、このおっさんは大人だった。
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