異世界で避妊具を売ったらバカ売れして億万長者になった、という話なんだけど、それ以前にも以後にも色々あったんだ。

春一

奴隷を買った

 女奴隷を買うことに決めた。

 その目的が、ほとばしるリビドーを発散させるためなのは確かだ。異世界に転生して早十九年。優秀な男であれば彼女の二、三人いても当たり前な年齢なのだが、俺はそういうのとは無縁だった。

 女に縁がないだけではなく、この世界には性欲を解消する手段が非常に少ない。エロ動画なんてもちろんないし、エロ漫画もエロ画像もありはしない。あるとすれば春画やヌード絵画くらいなのだが、種類は少ないしあんまりエロくないし比較的高価。日本でなら、安いものなら無料で、有料でも数百円から千円程度でアダルトなものが容易に手に入った。その感覚からすれば、少々不満がある。

 その結果、俺のリビドーは常に爆発寸前であった。どうにかしてこれを発散させないと、その辺の女を無差別に襲ってしまうんじゃないかと、本気で心配になってしまったほどだ。

 もちろん、今までそんなことをしたことはない。相手を傷つけることなんて絶対にしたくない。ただ、とにかくひたすら悶々と過ごすのはもう限界だと感じた。


 性欲を解消するには、彼女を作るか、娼館に行くか、奴隷を買うかだった。

 彼女を作ることは、ひとまず無理だと思っている。俺の見た目が残念すぎるとか、冒険者として実力がないとかではない。俺の持つスキルが『スライムマスター』であるからだ。世間的には全く使えないスキルだと認知されていて、このスキルを明かした途端に女も仲間も去っていく。家族でさえも俺を半ば勘当気味に家から放り出した。

 となれば、比較的安価なのは娼館にいくことだった。が、俺のささやかなこだわりとして、初めてはプロではない相手が良かった。そして、贅沢を言えば、自分だけの相手であってほしい、という支配欲も少なからずあった。


 というわけで、俺は女の奴隷を買うことにした。この世界では奴隷は合法であるし、一度買えば俺だけの相手となる。

 ただ、奴隷は高い。見た目もよい女となれば、こちらで言うと四万ルクはする。日本円にして五百万円ほどの金額が必要だった。かつ、俺の住む町で奴隷を買うには一万ルク以上の貯金が必要。奴隷にも人権があり、決して粗末に扱ってはいけないという決まりがあるため、一定の生活水準を確保できるという証明が必要なのだ。

 日本円にすると六百万円ほどのお金が必要なわけで、簡単に購入できるわけではない。俺は十三歳から冒険者として働き始めたのだが、命がけにはならない程度の仕事を無難にこなし、やりすぎない程度に節約をして、六年ほどかけてようやく十分なお金ができた。もっとも、本格的に貯金を始めたのは三年前ではある。その頃からムラムラが特にひどくなった。

 溢れる性欲に突き動かされ、意気揚々と奴隷屋に向かった。予算の範囲内で一番綺麗な女奴隷を買ってやるんだと思っていた。余談だが、俺はどちらかというと大人な女性が好きなおっぱい星人である。

 そして、いざ奴隷屋に赴いたところで……俺は、実に幸薄そうな少女を発見してしまった。

 年齢は十五歳。背中まで伸びた蒼銀色の髪はぼさぼさで、白すぎる頬は痩けて、深緑の瞳には全く生気がない。体も痩せて、女としての魅力は正直全く感じられない。一般人並の肉付きになれば美人なんじゃないかと想像できたが、現状では骸骨を連想させる容姿。


「……この子、どうしたの?」


 痩せすぎ少女を見ながら、俺は奴隷商人に尋ねる。彼はどこか不穏な雰囲気を纏う中年男性ではあるが、奴隷屋の店主らしく、身なりはきちんとしている。


「さぁ。詳細はわからない。ここに連れてこられたときにはもう少し肉がついていたのだが、ここに来て十日、ろくに飲まず食わずでここまで痩せ細ってしまった。気になるかい?」

「まぁ、うん」

「このままでは廃棄処分にしかならないものだからね、安くしておくよ。来たときのままなら五万は欲しかったところだが、ここまでなったら買い手がつかない。一万でいい。もっとも、買ったとしてもすぐに死んでしまう可能性はあるから、返品やクレームはなしだ。どうする?」

「買う」


 迷いはなかった。やらしい目的でここに来たのだけれど、この少女を見てなんかどうでもよくなった。とにかくこの子をどうにかしてやりたいという気持ちで一杯になっていた。

 こんなものは偽善に過ぎないのかもしれない。だとしても、そういう衝動が生まれたのは事実で、他の女を買うことも、見なかったことにして帰ることもできなかった。


「承知した。こちらとしてもありがたい」


 奴隷商人が不気味に笑う。扱うものが奴隷であろうと、合法的な商売をしているのは確か。少々薄ら寒いが、気にせずにいよう。

 そして、少女を奴隷とする契約を結び、奴隷を所持する際の注意事項もいくつか受けた。


「では、本日よりこの娘はラウル・スティーク様の所有物。購入に感謝する」


 店主に見送られ、俺は少女を家に連れて帰る。

 その際、少女には既にまともに歩く体力もなく、背負って帰ることになった。

 頭に青いスライムを乗せ、背中に痩せ細った少女を担いでいる俺。なかなか人目を引くが、気にしないでいよう。

 家まで歩きながら、まだ名前もわからない少女がか細い声で尋ねてくる。


「何故、私を買ったの?」

「さぁな。偽善とか同情とかだろ」

「私をどうするつもり?」

「……俺にもよくわかんねーけど、たぶん、幸せにしたい」

「……はぁ? 薄汚い奴隷を買って、幸せにしたい? バカなの?」

「そうかもなぁ」

「私を殺して」

「残念。奴隷を意図的に殺すのは犯罪なんだ。そんなことはできない」

「私をダンジョンにでも連れていけばいい。奴隷を盾として生き残るのは合法でしょ」

「やだね。せっかく大金出して買ったんだ。簡単には死なせない」

「どうせ、太らせてから存分にレイプするだけでしょ。私は何も食べない」

「……まぁ、そういう目的で奴隷を買おうとしたのは事実だから、上手く反論もできねーや。だけど、お前みたいに弱ってるやつを無理矢理抱けるほど、俺は人間性壊れちゃいない。そりゃー、将来的にエロいことしたいってめっちゃ思ってるけど、お前がその気になるまでは何もしないって誓う」

「私はもう絶対あんなことしたいとは思わない」


 もう、ね。予想はできたことだが、奴隷として売られるまでに散々な目に遭っているのだろう。この世界では割とよくある話ではあるし、命さえ奪われることもよく起きる。だから、この子は過酷な出来事に対し、日本人よりは耐性があると思う。でも、意図的にこんな姿になるくらいだから、精神的な傷は大きい。男にはわからんことだし、なんだか買う相手を間違えちまった気もするが、もう後戻りするつもりはない。


「……したくないなら、それでもいいや。ま、お前は俺の奴隷なんだし、家事でもこなしてもらって、ほどよいときに別の女でも探すよ。あと、元気になって、生活の目処が立つなら奴隷の身分も解消してやる。だから、ちったぁ希望も持って生きてみな」

「……なんで、そんなことをするの? 見ず知らずのわたしのために」

「さぁね。昔、父親から言われたのさ。たまにはいいこともしてみなさい、って。いい人生っちゃあそういうものだ、って」


 その父親は、俺が日本人だった頃の父。こっちでの父親は、俺にそんなに関心もなかった。


「……何それ。わけがわからない」

「それでもいいよ。お互いまだ知り合って時間も経ってないしさ」


 少女はそこで話を打ち切り、黙り込んで俺の背中に体を預ける。これだけの会話でもう体力を使いきったのかもしれない。

 涙が出そうになるほど軽い体を背負って、俺は黙々と歩き続けた。

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