第一章 ~『お昼ご飯と隣の西住』~


 事件が起きてから数時間が経過し、お昼時になったが、研究室の仲間たちからの疑いは晴れていなかった。美冬を犯人だと思い込み、蔑視の眼を向けている。


「由紀はどこかに出かけたみたいだし、お昼どうしよう……」


 一緒に昼食を取る相手を探すが、誰も美冬と目を合わせようとしない。彼女を拒絶する空気が研究室に満ちていた。


(孤独ってこんなにも辛いのね……)


 仕方ないと諦めて、自席で弁当を広げる。夏彦の持たせてくれた炊き込みご飯とバナナを前にして背中を丸める。


(もしかして私ずっとこのままなのかな……)


 悲しみで涙が零れそうになるのをグッと我慢し、好物のバナナに齧り付く。優しい甘味が口の中に広がった。


「東坂さん、隣いいかな?」

「西住くんの席なんだから、私に許可なんか取らなくても……」

「随分と元気がなさそうだったから、僕が隣にいてもいいのかなって……」


 西住は自席に座ると、コンビニ弁当を取り出す。どこにでも売られているような焼き鮭と揚げ物が入った丸の内弁当だった。


「……東坂さんさえよければ一緒に食べない?」

「いいの?」

「もちろん。僕も友達がいないから、いつも一人で寂しかったんだ。東坂さんが付き合ってくれるなら、とても嬉しいよ」

「西住くんは本当に優しいわね……私の味方はバナナと西住くんだけよ」

「僕はバナナと同列なんだね……」


 二人で向かい合って、弁当に舌鼓を打つ。先ほどまで感じていた寂しさは消え去り、胸のあたりがポカポカと暖かくなる。


「東坂さんの無実を証明しないとね」

「そのためには密室の謎を解く必要があるのよね?」

「だから謎を解く手がかりを得るために、もっと情報を集めないとね」

「でもどうやって集めるの?」

「まずは壊されたペンダントを調べてみないとね」

「どうしてペンダントを?」

「人が出入りできなかった研究室でもモノを壊すだけなら方法はたくさんある。これは極論だけど、あらかしめ研究室内に遠隔操作できるラジコンロボットを置いておき、そいつに壊させるとかね」

「なら犯人はロボットの扱いに長けた人なの?」

「いいや、今のは一例を挙げただけさ。手間と労力を考えると、そんな馬鹿なことをする人はいないと思う。でも僕たちの想像さえしない方法で、もっと簡単に密室を作り出せたかもしれない。ペンダントを調べれば、どんな力で壊されたのか、どんな方向から力が加わったのか、手掛かりを得ることができる」

「凄いわ。まるで刑事ドラマの名探偵みたい」

「見様見真似だけどね」

「なら早速、借りてくるわね」

「え? と、東坂さん!」


 背中に西住の声を受けながら、霧崎たちの元へと向かう。彼女は取り巻きの女性たちと一緒に食事を楽しんでいた。そこに美冬が顔を出すと、鋭い視線が一斉に突き刺さる。


「霧崎さん、ペンダントを――」

「消えなさい、この最低女!」

「~~~~ッ」


 とぼとぼと肩を下ろして、美冬は自席に戻ってくる。ペンダントを借りることに失敗したことは明白だった。


「駄目だったようだね」

「うん……」

「次は僕が行ってくるよ」

「でも私が駄目だったのに……」

「いいから。任せておいてよ」


 西住が霧崎の元へ向かう。美冬のいる位置からでは何を話しているかまで聞き取れないが、互いに言葉を交わした後、彼女はペンダントを差し出す。


 西住は満足げな笑みを浮かべる一方、霧崎の顔は耳まで真っ赤になっていた。


「おかえりなさい」

「ただいま。上手く借りられたよ」

「私は無理だったのに……どんな方法で借りたの?」

「秘密さ。そんなことよりもペンダントを調べないとね」


 いつでも確認できるように西住はペンダントをあらゆる角度から撮影する。ペンダントは粉々に砕かれ、見るも無残な姿に変えられていた。


「触ってみると分かるけど、このペンダントの素材はかなり硬いね。地面に叩きつけるくらいだと壊れそうにない」

「重いモノを叩きつけたのかしら?」

「叩かれた跡が綺麗な丸形になっているから、石ではないね。これはきっとハンマーだ」

「でもハンマーなんて研究室に用意してないわ」

「わざわざ用意したということは、突発的な犯行ではなく、計画的な犯行ということになるね」

「……咄嗟の思いつきでの悪戯の可能性は消えたのね」

「それに加えてハンマーが凶器だと分かれば、壊された時間も絞り込むことができる。なにせハンマーを叩きつければ大きな音が鳴るからね。犯行は他に誰もいなかった時間に絞られる」

「調理講義が始まる前は研究室に私がいたし、調理講義が終わった後だと皆で一斉に部屋の中に入ったから、前後の隙間時間を突いての犯行は不可能ね……あれ? もしかしてこの事実って私の首を絞めることにならないのかしら?」

「なるね。客観的な事実なら99パーセント、君が犯人だ」

「あぅ」

「でも僕の主観だと君は犯人じゃないよ」

「西住くん……ありがとう……」


 自分に不利な証拠が出ても変わらずに信じてくれる西住の存在が美冬にとっての救いだった。


「それに君の無実を信じているのは僕だけじゃない。あやかしもまたそうさ」

「そうね。私には善狐さんもいる。一人じゃないのよね」

「だから諦めずに一緒に謎を解こう」

「うん♪」


 美冬は前向きな気持ちで無実を証明してみせると意気込む。すると彼女のやる気に応えるように研究室の扉が震え始めた。


「地震!?」

「でも地面は揺れてないわ!」

「まさか心霊現象!」


 研究室のメンバーたちは突如発生した怪奇現象に怯えるが、西住だけは笑っていた。


「東坂さん、あやかしが僕たちを導いてくれるようだ」

「善狐さんが!」

「信じて付いていこう」

「う、うん」


 美冬たちは震える扉を開けて、廊下に飛び出る。続いて彼女らを誘導するように窓がガタガタと震え始めた。


「風じゃないわよね」

「間違いなくね」


 それからもあやかしの心霊現象による誘導は続く。案内に従って美冬たちが十分ほど歩いた先、研究棟の外にある内庭へと辿り着く。


 そこには職員や教授たちが世話している研究用の花が植えられていた。そのうちの一つ、黄色い花を咲かせる花壇が不自然な揺れ方をする。


 花壇を覗いでみると、打撃部分が金属でできているハンマーが捨てられていた。そのハンマーを西住が拾い上げて、隅々まで視線を巡らせる。


「これが凶器のハンマーだね。その証拠にペンダントの壊れた破片が付着している」

「本当だわ!」

「良かったね、東坂さん。これで君の無実は証明されたよ」

「どういうこと?」

「明智さんが調理室に来てから五分後に東坂さんは現れた。歩く速度の違いはあるかもしれないけど、研究室でペンダントを壊し、ハンマーをここまで捨てに来た後、さらに調理室へ戻ってくるなんて、とても五分じゃ不可能だ」

「あ、ありがとう、西住くん。これでみんなも私への疑いを解いてくれるわよね?」

「ごめん。君の無実は証明されたけど、疑いを晴らすことはできないと思う」

「時間的に不可能なのにどうして?」

「人ってね、信じたい情報を信じる生き物なんだ。君が犯人でないとしたら、他の誰かが犯人ということになる。みんな自分が犯人だと疑われたくないはずだからね」

「で、でも……」

「それにまだ密室の謎が解けていない。あの謎を盾にされると、こちらの時間的な主張だと押し負ける可能性が高い。だから無実を主張するのは、謎を解き、真犯人を見つけてからだ」

「…………」


 霧崎のペンダントを破壊し、美冬に罪を被せた真犯人。そんな恐ろしい人物が研究室の仲間の中にいるとは到底信じられなかった。


「まずは容疑者を絞ろう。怪しい人物は……東坂さんしかいないね」

「あぅ」

「でもそれだと話が進まないから動機から容疑者を挙げよう。なぜ霧崎さんが山崎くんに贈るために用意したプレゼントを壊す必要があったのか。単純に考えるなら、二人の恋を引き裂くためだよね」

「美男美女のお似合いカップルに別れて欲しい人なんているのかしら?」

「東坂さんは純粋だから分からないかもしれないけど、美男美女だからこそ、彼らに恋心を抱いている者がいてもおかしくはないし、恋人の座を手に入れるためなら、邪魔な相手を排除しようとする者がいてもおかしくないよ」

「で、でも、山崎くんと霧崎さんを好きな人が誰かなんて分からないわ」

「そうかな? 僕は何人か候補が思い浮かぶよ。例えば東坂さんの親友の明智さんは山崎くんのことが好きだよね」

「どうしてそのことを!?」

「見ていれば分かるよ。態度が露骨だからね」

「そうなんだ……で、でも、由紀は犯人じゃないわよ。もし由紀がペンダントを壊したのなら、私に罪を被せたりなんてしないもの」

「…………」


 美冬と明智の付き合いは長く、本当の家族のように信頼しあっている。だからこそ裏切りはないと断言できた。


「それに山崎くんだけでなく、霧崎さんにもファンは多い。研究室だけでも惚れている男子が数人いるからね」

「全然気づかなかったわ。でも当然よね。霧崎さんはとっても美人だもの……」

「そうかな? 僕には東坂さんの方が美人に見えるけど」

「ほ、本当に?」

「綺麗な心が顔に出ていて、とても魅力的だと思うよ」

「えへへ、西住くんに褒められると、とても嬉しいわ」

「人は心さ。これは妖怪も同じでね。悪いあやかしは人を恐怖させるために怖い顔をしているんだ。一方、善いあやかしは優しい顔をしている。東坂さんは優しいあやかしと顔がそっくりなのさ」


(……妖怪と同じ顔って喜んでいいのかしら?)


「さて次は聞き込みだ。犯人じゃないかもしれないが、明智さんから話を聞いてみようか」


 西住は謎を解くために動き始める。また一歩、美冬の無実へと近づいたのだった。


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