4-3

 出る作品が軒並み大ヒットとなり、子役としては順風満帆に見えるマキだったが、学校生活はあまり順調にはいっていない。

 プライベートの鬱憤をはらすかのように、マキは仕事に打ち込んでいた。

 まるで家庭が上手くいっていない管理職のおっさんのようである。

 バラエティ番組の撮影が終わり、楽屋で一息ついていると、マネージャーの松原浩二が新しい仕事を持ち込んできた。

 

「【スクールラビリンス】って知ってるか?」

「名前は聞いたことがあるかな。一昔前の少女漫画だったっけ?」

 

 子どもらしさを演出するために最近の少女漫画を読むことはあるが、昔の少女漫画にまでは手が回っていない。

 人よりも台詞を覚えるスピードはかなり速いが、役者としての仕事だけでなく、トークショーやラジオ番組にも出演したりして、非常に多忙な日々を送っているのだ。

 

「昔の少女たちに人気だった漫画が、ドラマ化されることになった」

「そのドラマに私が出演するということ?」

「そうだ。今まで何度もドラマ化の話はあったが、原作者がいつも断っていたそうだ。だが原作者が、山下マキが主演することを条件にドラマ化を許可しているらしい」

「それは光栄だね」

「一度原作を読んで、ちゃんと親御さんとも相談して決めてくれ」

 

 漫画の入った紙袋を机の上にドサっと置いた。

 珍しい。

 マキのことを一人前の役者と認めて、意見を尊重してくれる浩二らしからぬ言葉だ。

 

「どうして?」

「女子小学生と男教師の恋愛ものだ。キスシーンもある」

「あぁ、そっち系ね」

 

 少し意外に感じる。

 本気の恋愛ものはもう少し成長してからだと思っていた。

 BPO的な部分は大丈夫なのだろうかと不安になるが、山下マキの新しい一面を示すことができるチャンスだ。

 可能であればぜひ出演したい。

 だがしかし、家族の説得は面倒くさそうだ。

 

「お? さすがに天下の山下マキも恋愛となると躊躇うか?」

「そんな訳ないでしょ。最近の小学生は結構すすんでるよ。キスの一つや二つ、どうってことないし」

「まじで?」

「じゃぁ試してみる?」

「……えぇ!?」

「まぁ、冗談だけど」

「えっ、いや、そりゃそうだよな………あはは」

 

 

 

    ◆

 

 

 

 マキはリビングのテーブルに母親と向かい合って座っていた。

 朱里が腕を組んで言う。

 

「これより、緊急家族会議を始める!」

「わぁ、パチパチ」

「今はおふざけ禁止!」

 

 ほぼ常に娘にダダ甘な朱里がマキを叱る。

 天変地異でも起きるのではないかという異常事態だが、これもまた、親バカなことが理由だ。

 

「私も小さいころよく【スクールラビリンス】を読んでたけど、マキは主役の女の子・ハジメの役を演じるの?」

「そうだよ」

「他の子の役ならまだしも、ハジメ役はゼッタイに認められない」

「キスシーンがあるから?」

「そう! しかも2回も!」

 

 ほっぺにチュっとする軽いものではなく、濃厚なキスだ。

 親として反対するのは当然の反応とも言える。

 

「マキにはまだ早い。しかもこんな形でファーストキスを捨ててしまえば、きっといつか後悔する日がくる」

「ファーストキスなんて言ってないよ」

「……えっ?」

 

 厳密に言えば転生してからは初めてだが、特にキスに対するこだわりは一切なかった。

 相手が男であろうと女であろうと、仕事であれば特に抵抗はない。

 

「キ、キスしたことあるの!? 相手は誰!?」

「秘密」

 

 朱里が崩れ堕ちた。

 「人生お終いだぁ」と言いながら悲嘆している。

 

「と、とにかく、お母さんは認めないから!」

 

 しばらく落胆していたが、落ち着いた朱里は言う。

 

「マキが恋に恋するような女の子じゃないことは分かってる。だから、仕事でキスをすること自体は構わないと思ってるの」

「OKってこと?」

「でもね、きっと色んな誹謗中傷があると思う。ネットで下世話なことを書かれたりするでしょう。まだマキにそんな目にあってほしくない」

 

 正直なところ何を書かれても問題はない。

 スキャンダルがあってもそれを糧にできるだけの実力はあるつもりだし、役者の世界に入ると決めたときから、色んなことを書かれる覚悟はできている。

 気になる点があるとすれば、マキ本人ではなく、朱里に対する誹謗中傷だ。あることないこと、好き勝手書かれてしまうかもしれない。

 

「ただ、それを覚悟の上でやるなら応援する」

「良いの?」

「お母さんは、マキの演技にかける想いだけは絶対に本物だって信じられるの。だから、その想いを応援したい」

 

 マキは意外に思っていた。

 正直なところ、もっと反対されると思っていたから。

 

「お母さん、私頑張るから」

「やるならとことんやってやっちゃって!」

「応援してくれてありがとう、お母さん。大好き」

「――ッ、うん! お母さんはマキのお母さんだから、当然だよ!」

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