第7話 念入りに

学校は朝が早い。

俺は人間としての生活を諦めてからほとんどニートのような生活を送っていたので、朝がとても弱くなった。

加えてここ最近は、雪乃とのやりとりが深夜まで続くため単純な寝不足により眠い…


しかし今日もご飯のできるいい匂いで目を覚ます。


「あ、せんぱいおはようございます♪今日はスクランブルエッグとお吸い物ですよ!」

「お、おはよう雪乃…いつも早いのにごめんな…」

「いいんですよ♪私はこうしてせんぱいの朝ごはんを作れることが何より幸せなんですから!」


こんな光景だけを他人が見れば羨ましいと思うだろう。

実際久しぶりに雪乃が朝ごはんを作ってくれた日には不覚にも感動してしまった。


しかし…


「せんぱいは私がいない間朝ごはんどうしてたんですか?」

「うーん基本的に朝はあんまり食べなかったなぁ。いつも起きるのも遅かったし」

「ふーん、随分と夜更かしされてたんですねぇ。テレビしかないこの部屋で…誰とですか?」

「いやこの部屋に入ったことあるのなんて雪乃しかいないよ…」

「でも証拠ありませんよね?」

「そ、それは…」

「でもせんぱいがどんなに他の女性と遊んでいたとしても私別れる気はありませんから」

「あ、遊んだりなんかしないよ…」


なんで朝から俺が浮気したみたいな話になってるんだ…


「せんぱい、もしかして私がいて迷惑ですか?」

「え…?」

「だって…朝ごはん食べないって言ってたのに私ったら勝手に色々作ったりして…」

「そ、そんなことないよ!自分一人だとめんどくさいから食べないだけで雪乃のご飯は美味しくて涙が出そうなくらい嬉しいよ、いやほんと」

「そうですか♪じゃあこれから一生私がせんぱいのご飯作ってあげますから、好きなものとかリクエストくださいね!」

「う、うん…」


断れない…

拒否できない…


だって…ずっと左手でターボライターカチカチさせてるもん…煙草でも吸ってるのかこいつ…


それに右手のお箸ですら恐怖だ。

俺はもはや先端恐怖症になりつつある…


「じゃあ食べたら学校いかないとですね♪今日は放課後にカラオケって言ってたし、楽しみですね!」

「カラオケかぁ…」

「女子は誰が来るんですかね?」

「し、知らないよ…それに興味ないし…」

「でもせんぱいって歌上手いですもんね。絶対モテますよね?イケメンだし」

「いや、歌はそりゃ好きだけど…イケメンでもなんでもないよ」

「えー、せんぱいはイケメンですよー?私超タイプなんです♪」

「そ、それは嬉しいな…」


基本的に雪乃は俺の全てを愛してくれている。

もはやこの人外の体でさえ「私好み」の一言で済むほどに俺を溺愛している。


だから重い、重すぎるのだ…


そして学校に着くとすぐに雪乃が職員室に呼ばれた。

どうやら雪乃は成績優秀者でもあるようで、何かの代表挨拶について打ち合わせがある、とのことだった。


待っていようかと言ったが断られたため、一人で教室に向かうこととなった。


「おはよう不死川くん、今日は雪乃と一緒じゃないの?」


俺に話しかけてくる女子、いやトラップの名前は水原カナさんというそうだ。

この子に限った話ではないが、最近の高校生は皆大人びている。

彼女もまた歳上に見えるほど色気のある女の子だった。


「え、雪乃は今先生のところに呼ばれてるから…」

「マッキーに聞いたよー、昨日も二人でデートしてたんだって?ラブラブじゃん!もしかして転校してきた理由も雪乃がいるから、とか?」

「い、いやそんなわけないだろ…」


まぁ本当の理由なんて言っても仕方ないのだが…

誰が人間辞めて閉じこもってたら雪乃に強制的に連れ戻された、みたいな話を信じてくれるもんか。


それより早く水原さんとの会話を終わらせなければと思っていると、雪乃の声がした。


「おはよーカナ!せんぱいと何話してたのー?」

「あ、おはよー雪乃!いやぁ二人ってラブラブでいいよねって話してたのよー」

「へへ、でしょでしょ?私はせんぱいが大好きだから♪」


嬉しそうに話す雪乃の顔を見て、少しだけほっとした。

別に聞かれてまずい会話もなかったはずだが、そもそも女子との会話自体が俺の現世における罪なのだから…


ちなみに自己紹介の時に俺は一つ歳上ということも紹介しているが、みんな気さくに喋りかけてくれるのは嬉しいことだなと思っている。


そして席に着くとすぐに雪乃がこっちに寄ってきた。


「ねぇせんぱい、あれどういう意味ですか?」

「え、あれってなんだよ?」

「私がいるからってのは転校する理由にはならないなんて、せんぱいの私への愛はその程度だったんですね」

「聞いてたのか…い、いや実際違うんだし…」

「あ、違うんだ。へー」

「いや、違わない!お前がいたから転校したかったんだよ、そうだそうだ、あははは」


頼むからその三角定規をしまえ…

クルクル回すな、次は国語のはずだろ…


「せんぱい知ってました?水を飲ませ続けるだけでもかなり苦痛を与えられるらしいですよー。帰ったらやってみますー?」

「や、やりたくない!俺はだな…」

「言い訳無用ですよ、えい」

「あがっ!」


三角定規で目を突かれた…

もちろん痛いのは一瞬だったが、やはり人間の時に覚えた痛みの感覚や恐怖心は拭えない。

今も相当怖かった…でも一番怖いのはやはり雪乃の笑顔だ…

なぜ躊躇なく人の眼球を刺せるんだ…


早く今日と言う一日が終わればいいのに、とここまで強く願ったのはいつぶりだろうか…


そして昼休みはいつものようにクラスメイトの前でひたすら甘い時間を過ごす…

休み時間はトイレに行こうとするだけで「本当に?」

と鋭い指摘が入る…


そんな難関を超えて今日もまた学校は終わった。


「雪乃ー、カラオケいくよー!」

「はーい!さ、先輩も行きましょ♪」

「ああ…そうだったな…」


まだ解放されない…

なぜ俺はこんなことになっているのだ…


そんな風に嘆いていると、雪乃がいつもとは違う真剣な表情で俺に話しかけてきた。


「ねぇ先輩、今日なんでせんぱいとみんなでカラオケ行くのOKしたと思います?」

「え、なんでなの…?」

「ふふ、それはですね…せんぱいの今のお気に入りを炙り出すためですよ」

「な、なんだよそれ…お気に入りも何も俺クラスメイトなんて上田さんと水原さんくらいしか…」

「二人とも女子ですよね?なんで男子とは話さないんですかねー?」

「た、たまたまだよ!たまたま話しかけられたのが女の子だっただけで…」


でも雪乃と一緒にいすぎて男が寄ってこないなんて…言えない…


「ふふ、やっぱりせんぱいはモテるんですよ?だから私がきちんと誰の男かをわからせておかないと勘違いしちゃいますからね?」

「し、しないしない…絶対しない…」

「そうですよね♪せんぱいは私一筋だって言ってくれましたもんね♪」

「ああ、そうだな…」


そんなこといつ言ったんだ…


「でもねせんぱい…」

「ん、どうした?」

「カラオケってよく誰か急にいなくなったりしますよね?」

「お、俺の知る限りではそんなことないと思うけど…」


お前と俺のカラオケに対する認識はどこまで違うんだよ…

でもそこまで言うならなんでカラオケ連れていくんだ?


雪乃の今日の釘の刺し方はちょっと異常だ…


しかし彼女がなぜそうまでしてカラオケに誘ったのか、その本当の理由はとても意外なことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る