第5話 随分仲いいんですね?

俺は今再び制服に袖を通している。


もう二度と行くことはないと思っていた学校に、今日から再び通うのだ。

それもこれも雪乃の勝手な計らいではあったが、俺と一緒に学校に行きたいという健気な少女の願いのため、不死なる俺は渋々ながらも受け入れてやった。

ということにしておいてほしい…


「せんぱい♪中学の学ランもよかったですけどブレザーも素敵ですね♪」

「確かに新鮮だけど、ネクタイ結ぶの苦手なんだよなぁ…」

「じゃあ私が毎朝結んであげますね、えへへ♪」


そしてネクタイをキュッっと結んでくれた雪乃が正面から俺の顔を覗き込んでいた。


「ど、どうした?」

「せんぱいがかっこいいから女の子に言い寄られないか心配だなーって」

「今までだってモテたことなんかないよ…」

「でも、先輩はモテてますよ?」

「え、誰にだよ…?」

「私の知らない女」

「へ…?」

「私と半年間も距離を置きたくなるくらい熱中する女やケーキ一緒に食べる女も。いいですねせんぱいはモテモテで」

「だ、だからそんな奴一人もいないって!」

「じゃあせんぱいは私にだけモテモテですか?」

「も、もちろんだよ!」

「ふふ、ならよかった♪」


なんて愛らしい笑顔なんだ…

控えめにいっても雪乃は相当可愛い。今こいつがどんな高校生活を送っているか知らないけど、学校でもあの猟奇的な性格を出さなければ引っ張りだこに違いない。

そう、あの性格さえなければ…


「なぁ雪乃、お前こそ男に言い寄られたりしないのか?」

「しますよ、昨日も2人に告白されましたし」

「え、それはいいのか?俺だけダメって卑怯じゃないか…」

「だって私はー、せんぱいを愛してるから絶対に浮気しないってわかってますもん、だからどんな男が寄ってきても関係ありません♪」

「いやだから俺だってそうだと言ってるのに…」


なんて自己中心的な考えなんだと雪乃を見たが、気に留める様子もなくニコニコと笑っていた。


そして俺のボロアパートを出て電車に乗り、学校へ向かうことにした。


「別に一緒に電車乗らなくても送ってもらえばよかったのに…」

「ダメです、私はせんぱいと一緒に登校して一緒に授業受けて一緒にお昼ご飯食べて一緒に下校して一緒に帰りに買い食いしたいんです!」

「それずっと一緒だな…いやでもわざわざうちに迎えに来てから電車に乗って引き返すってのも申し訳ないというか…」

「ふふ、せんぱいは優しいからそう言ってくれるって思ってました!だから、お引越ししましょう♪」

「引っ越し?」

「はい、昨日新しいマンション契約してきました♪」

「はい?」


寝耳に水、なんてものではなかった。

もはや寝首をかかれた気分である…


「そ、そんなこと勝手に…それに今住んでるところの解約だってまだなのに」

「あー、あのアパートならー、せんぱいと再会した日の朝に解約手続きしておきましたので大丈夫ですよ♪ね、私ってしっかりものでしょ?でしょ?」

「いやなに勝手に…」


い、いかん…こういう時の雪乃は褒めてやらないといけないんだ…

雪乃が良かれと思ってやったことは、たとえお節介でも余計なお世話でも有難迷惑でも否定してはいけない。

感謝の意をもって礼を尽くさねば…


「さ、さすが雪乃だな…そんなに気が利く彼女がいてくれて俺はなんて果報者なんだろうか…ええと、でも家賃とかもあるし相談してほしかったなとか…あはは」

「大丈夫ですよ、その部屋は分譲で買い取りましたから♪」

「え、いやいや俺が住むところにそこまでしてもらったら悪いよ!?。いくら付き合ってるからと言ってもそんなことまでは…」

「別に私も住むところなんだからいいじゃないですか♪一緒に幸せになりましょうね、せんぱい♪」

「え、雪乃も住むの…?」

「はい、当然ですよ♪なにか問題でも?」

「い、いや…」


いや問題だらけだろ…未成年、しかも高校生同士で勝手に同棲とかいいの?

それに俺は化物だ…雪乃と一緒にいていいわけが…


「あ、あの雪乃」

「もし一緒に住まないのでしたら一生私の実家の地下に幽閉しますね。」

「なんでもないです…」

「なんでもない?私と住むのになんでもないんですかぁ?」

「う、嬉しい!すごく嬉しいからちょっと興奮してたんだ、あはは…」

「いやーん、先輩のえっち♪でもー、次のお部屋はお風呂も広いから一緒に入れますね、せんぱい♥」


電車の中だというのにキスをされた。

朝っぱらから学校の制服を着た男女がキスをしている光景に目を奪われない人は少ないと思う。案の定多くの人間の注目を集めてしまい、俺は酷く緊張した。


なにせここ半年間はずっと人を避けて過ごし、さながら吸血鬼の如く人の少ない夜間に行動することが多かったため、朝の満員電車というだけで落ち着かないというのに…


「ひ、人のいるところではやめろよ…それに同じ学校の奴もいるんじゃないか?」

「だからですよ?せんぱいは私のものだって世間に見せつけておかないと、です!」


別にそんなことしなくても誰も寄ってこないって…


そんな感じで雪乃の通っている高校の最寄り駅に到着すると、多くの学生が下車し改札を通っていく姿が見えた。


「へぇー、結構広い駅だな」

「ここは大学もありますからね。それにお金持ちの子が多い学校なんです!」

「そんなところに俺みたいなのが行って大丈夫なのか?」

「問題ないですよ♪学校には私の許嫁ってことで説明してますから!」

「は?勝手な設定作るなよ…」

「設定?設定ってどういう意味ですかせんぱい?ねぇ、説明してくださいせんぱい」

「あ、いやいや婚約者とかそういう言い方するんじゃないんだって思って…ははは」

「えー、せんぱいはそっちが好みですか?私は許嫁の方が昔から愛を誓い合った仲、みたいですごく近くに感じられるので好きですね♪」

「そ、それならいいんだけど、はは、はははは…」


こわっ…一瞬見えた雪乃の顔、もう人殺してた顔だよね…

学校入る前に一回血を見ることになるところだった…


そして学校に到着すると俺は再び自分の心臓の鼓動が高鳴るのに気づいた。


気恥ずかしさや単純に新天地でのスタートを切る緊張もある。

しかしもし俺がだとばれたら…

またいじめられるのだろうか、それに雪乃まで巻き添えにしないだろうか…

そんな不安が俺を襲ってきたのだが、雪乃はそんな俺の手をそっと握ってくれた。


「雪乃…?」

「大丈夫ですよせんぱい。私はどんなせんぱいでも大好きですし、せんぱいさえいてくれたらどんなことになっても気になりませんから♪」

「雪乃…」

「もしせんぱいを悪くいうやつがいたら、私が万力でそいつの指を詰めてやりますから安心してくださいね♪」

「聞いてるだけで痛い…それに俺のせいで雪乃を加害者にするわけにはいかないよ!俺もなるべく正体がバレない努力はするけど…もし何かあったらごめんな」

「いいですよ、せんぱいの為なら私死ねますから♪でも…女の人と何かあったらその時は誰が死ぬことになるのか理解しておいてくださいね?」

「わ、わかってる…」

「ふふ、じゃあ教室にいきましょうか。せんぱい♪」


さすがに学校の敷地内では手を繋ごうと言ってはこないし友人数人とも挨拶を交わしていたし、学校で雪乃はある程度まともな過ごし方をしているのだと少しほっとした…


そして俺はの教室に案内された。

さすがに編入といった扱いではないようで、雪乃とは同級生になってしまった。


「ここが私たちのクラスですよ、せんぱい♪」

「なぁ、一応ここでは同級生になるのに先輩ってのはどうなんだ?」

「いいじゃないですか、せんぱいはせんぱいなんだし」

「うーん、でもなぁ…」

「クラスの子によく思われたいとか思ってます?」

「お、思ってない思ってない!さ、行こうか…」

「ええ、いきましょう」


そう言われてクラスの中に入ると、自分より一つ年下の連中が一斉にこちらを見てきた。

元々あまり学校が得意ではなかった俺にとってはかなり緊張する状況だったが、雪乃が大きな声で俺を紹介してくれた。


「みんな、この人が今日から転校してきた私の彼氏だよ!だから近寄らないでね♪」


・・・え!?

こ、こんな紹介ありか?近寄らないでって何だよ?


クラスの人間もさぞドン引きしているだろと思ったが、なぜかみんな笑いながら雪乃に話しかけていた。


「わかったわよ雪乃ちゃん、誰もあなたの彼氏とったりしないから安心して」

「月詠さんってほんと一途なんだなー。その彼氏さんが羨ましいよ」


みんなその発言に理解がある様子だった。

クラスのみんなとはうまくやれてる、ということか…。


「ね、みんな良い人でしょせんぱい♪」

「すごい理解のある人たちだな…?」

「まぁね、みんな私の冗談だと思ってくれてるんですよ♪」

「ああ、なるほどそういうことか…そりゃ誰も本気にはしないよな」

「私は本気ですけどね」

「…心得てます」


転校生に沸く教室だったが、俺は雪乃ののせいで誰とも目を合わせられず彼女の背中を見ながら金魚の糞のようについていった。

そして案内されたのは一番後ろの左角の席だった。その右には雪乃が座った。


「さ、せんぱいは私の隣ですよ。もうじき先生も来ますので」

「あ、うん。」

「本当にせんぱいがクラスで隣にいるなんて…私感無量です♪」


満面の笑み、というかもはやうっとりと酔った風に俺の顔をじっと眺める雪乃を見ながらつくづく思うが、俺のなにがそんなにいいんだろうか?


そんなことを思っていると先生が入ってきた。

そして改めてみんなの前で自己紹介をさせられてから席に戻ると前の席の女子が振り返ってきた。


「不死川君なんて珍しいね。私は上田虹子うえだこうこ、よろしくね」

「あ、ああ…」


俺は女子に話しかけられた瞬間に俺はその子ではなく雪乃の方を見た。

それは生物が長い歴史で勝ち取ってきた生存本能による反射運動であった。

そんな機能がまだ俺の中にも残っていたことに誇りを感じる間もなくただ彼女の様子を確認したが、特に気にしていない様子であった。


それを見て少し安心し、上田さんと二言程度話をしてから授業が始まった。


「えー、不死川君は今日は月詠さんに教科書をみせてもらいなさい」


先生にそう言われて俺は雪乃の方へ近づいた。

すると小声で雪乃が話しかけてきた。


「ふふ、せんぱい積極的ですね♪」

「え、いやこうしないと教科書見えないだろ?」

「そうじゃなくて虹子ちゃんの件です」

「へ…?」

「もう仲良しさんですか。でも前の席の女子っていうのは誤算でしたね」

「ただ自己紹介されただけだよ…」

「ねぇせんぱい、鉛筆でも人は殺せるって話…したことありましたよね?」

「な、何するつもりだ…それに俺は死ぬどころか…」

「ええ、せんぱいは痛いだけですよね。でも虹子ちゃんはどうでしょうね?」

「や、やめろ!俺のせいで上田さんを死なすわけには…」

「あれ?せんぱい、私の心配より虹子ちゃんの心配なんだ。へー、随分と仲いいんですねぇ」

「ち、ちが…」

「ま、久しぶりの学校生活で舞い上がってしまったんですねせんぱいも。だから今回はこれでチャラにしてあげますね♪」

「や、やめ…いっ!」


手の甲に鉛筆を刺された…

もちろんすぐに再生し鉛筆は傷口から飛び出した。

しかし一瞬の激痛に変な汗と声が出てしまった…


「こらそこ、静かにしなさい!」

「は、はいすみません…」


先生に注意され、クラスから変な注目を集めてしまったが雪乃は平然と教科書を見つめていた。


「おい、お前のせいで怒られたじゃないか…」

「だって、せんぱいとこうやって授業受けれてすごく楽しくて♪でも、本当にせんぱいは私好みになってくれましたね、嬉しです♪」


彼女なりの愛情表現がこれだというのなら俺はこの体になってよかったと思わざるを得ない。しかしこの体になったことで雪乃の抑制されていた本性を覚醒させたのであったとすればやはり悲劇としか言いようがない。


雪乃がくるくると回す鉛筆の先は鋭く削られ鈍く光っている。

その手が止まり、雪乃が板書をとろうとするたびにビクビクしながら俺の新たな学校生活が幕を開けた…


















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