第50話 最終章 魔王とおでんと自衛隊 その5

「エネルギーに変換されるものは……質量っていうんだよ。E=MCの2乘ってやつだ」

「そう、それなのじゃ! E=MCの2乗! その魔術式こそが旧世界を破滅に追いやった超魔術の数々なのじゃっ! しかし、やはり学問として既に理論形成されてしまっておるか……流石に理論の実現までは至っておらぬじゃろうが……」

「相対性理論っていう理論を基にしての兵器なら、とっくの昔に実用段階だよ」

「なんじゃ……と?」

「100年以上前に一人の天才が光と質量の本質にたどりついた。正直、天才の度が過ぎていると俺も思う。とても今の人類に扱える代物じゃない。しかも……悪夢な事に人類はそれの先にまで到達しているよ」

「霊子合体までたどり着いたと? はは、冗談を言うてはならぬ。それは天上でのみ許された禁忌ぞ?」

「……俺らの世界ではそれは核融合っつーんだ」

 しかし、原爆も水爆も共に最初に食らったのは日本ってのは何とも笑えねえ話だよな。

 青色を通り越して土気色に染まったコーネリアの悲し気な表情を見ていると、何故かそんな事が思い浮かんだ。

「……なるほど。では、バベルの塔は?」

「バベルの塔?」

「宙船を他の星に向けて飛ばしまくる拠点の事じゃ」

 ああ、軌道エレベーターの事を言っているのか。

 確か衛星軌道上に宇宙ステーションを建設して、ケーブルやらなんやらで宇宙船やら物資やらを上げ下げするって話だな。

 ロケット噴射の必要がなくなるから、ロケットの打ち上げの安全性と安価性が同時に実現するって話だ。

「流石にそれは実現はしていない」

 ほっとコーネリアは胸をなでおろした。

「だが、アイデアはあるな。いつかは実現されるだろう」

 ギョっとした表情をコーネリアは作って深いため息をついた。

「……のう、お前様よ?」

「何だ?」

 思いつめたような表情でコーネリアは俺に尋ねてきた。

「この世界の破滅は既に秒読み段階に入っておる。あとしばしもすれば、辺境の小国や、あるいは犯罪集団の手によって微小なりし深淵が扱われる時代が来るのじゃぞ? この世界の住民はその重大性が分かっておるのか?」

 テロ組織のレベルでの核兵器の所有って事を言いたいんだろうな。

 まあ、そりゃあ悪夢以外の何物でもない。

 っていうか……

「あとしばしもクソも、今、正にその一歩手前まで来てるよ。みんなそれは分かっている」

 コーネリアは悲し気な表情で首を左右に振った。

「やはりこの世界も旧世界と同じ道を歩んでおるのか。のう、お前様よ? 行き過ぎた技術は害悪にしかならん。故に我ら魔王がおる。致命的な事になる前に……人類の文明を逆戻しにするためにな」

 ビールを煽って俺はしばし押し黙る。

 そして、互いにしばらく沈黙してから俺が切り出した。

「じゃあ、お前はこの世界も潰すっていうのか?」

「この世界は行くところまで行ってしまっておるよ。例え全ての魔王の力を結集させたところで……武力で我らには最早どうにもできんじゃろう。この世界については、後はこの世界の住人が好きにすれば良いのじゃ」

 コーネリアは秋空のウロコ雲を遠い目で眺める。

「しかし、やはり、我は我の世界はこの結末にだけは導く訳にはいかぬ。今まで保留にしておったが……決心がついた」

「決心っつーと?」

 決意に満ちた表情でコーネリアは頷いた。

「帰ると同時にすぐに着手せねばならん。徹底的に文明を……破壊せねば」

「なあ、コーネリア? そろそろ帰ろうか?」

「連れて帰って良いのか? 我は世界を滅ぼすと……決めてしまったのじゃぞ?」

 ああ、と俺は頷いた。

 もとより、俺は世界を救う勇者様なんかじゃない。

 それは本職の連中でやってくれればそれで良い。

 けれど、コーネリアは俺の店の従業員だ。

 道を選ぶのはこいつだけど、店主としては教育的指導ということで道を示すことはできる。

「帰った後にさ……俺たちの店で飯を食っていかないか?」




 札幌市内での買い出しには結構な時間を食った。

 量が多くなったので、知り合いの貴金属店の店主に車を出してもらって何とか荷物の搬入を終えることができたっていう感じだ。

 黒のベンツを数台出してもらってので……やっぱり、ヤの字がつく自由業のつながりなんだろうな。

 まあ、それは良しとして、今回の買い物は多かった。

・蓄電器

・小型のソーラー発電パネル

・家電各種

 とにかく大量に色んなものを買ったので荷物は本当に多くなって大変だった。

「良し、こんなもんかな?」

 いつもの店内に、俺は掛けるタイプの大型テレビを店の壁に設置した。

 前々から店にはテレビを置きたかったんだよな。

 BGM代わりにもなるし、物珍しさもあってお客さんも喜ぶだろう。

「時にお前様よ、これはテレビ……じゃよな? こっちでは電波がなくて映らんと言っておったじゃないか?」

「ああ、DVDがあるから大丈夫だ。最後の飯の用意をするからちょっと待っててくれ」

 DVDをセットしてリモコンで操作する。

 良し、上手く設置できていたみたいだな。すぐに映像も流れだしてくれた。

「仕込みに時間がかかるから……ちゃんと見ておいてくれよな」

 そうして俺は厨房に向かった。



「良し」

 鍋の中のツユも良い感じだ。

 仕込み自体は30分程度で終わった。

 後は煮込んで具材から出汁が出るを待つばかりってところだな。

 時計を確認してタイマーのアラームをセットする。

 そうして、俺は缶ビールと乾き物を手に取って客席に戻る。

 客席では食い入るようにコーネリアが画面を眺めていた。

「何故にこの連中はここまで飢えておるのじゃ? お主等の世界はそれこそ捨てるほどに……食物に溢れておったじゃろう?」

 彼女が見ているのは4時間ほどの長編ドキュメンタリーだ。

 世界中の色んな社会問題のレポートとなっている。

 そして、今見ているのはアフリカの飢餓問題だ。

「確かに食い物には溢れている。実際に気の遠くなるような量の食材が捨てられているよ」

「じゃが、こやつらは飢えておる。何故じゃ?」

「色んな問題があるからだ。主な原因は争い事だな」

「何故に仲良くできんのじゃ?」

「国も違えば皮膚の色も違えば宗教も違うからな」

「愚かな事じゃ。生まれた所や信じるものや、皮膚の色が……どれほど重要だと言うのじゃ?」

「そんな些細な事で喧嘩をしたがるような好戦的な人も、中にはいるって事だろうな」

 むぐぐ……とコーネリアは悲し気な表情を作る。

「ほんに愚かじゃ……それは良いとして食物が捨てるほどに余っている国があれば……助けてやれば良いではないか」

「各国から救援は行っている。現地での中抜きがあったり、現地に届く前に中抜きがあったり、あるいはそもそもの救援物資や義援金が不十分だったりしてこうなっている訳だ」

「じゃったら、もっと支援してやれば……」

「向こうの世界の人間だって必死に生きているんだ。自分の生活もあるし物資は無限には送れない。それに一説には支援のやりすぎで「どうせ誰かが助けてくれる」って、ダメになった地域もあるって話もある。そんなに簡単なもんじゃないんだ」

「どうせ誰かが助けてくれる……という理屈で駄目になるじゃと?」

「自助努力の放棄だよ。全員がそうじゃないが、そういう連中はどんな国でも人種でも一定割合存在する。それに、軒先貸せば母屋を乗っ取られるという言葉があるくらいだからな。支援されることが当たり前になれば不平不満を言い出して……まあ、とにかく複雑なんだよこういう問題は」

「やはり人間とは罪深き生き物……なのじゃな」

「確かに人間は神とは違う。神と言うよりは明らかに動物に近いな。私利私欲、嫉妬、くだらないことばっかりで揉めて、くだらないことで笑えない数の戦争が起きて、笑えない数の人が不幸になってるよ」

 うむ、とコーネリアは頷いた。

「やはり我は魔王としての職責を全うせねばなるまい」

「だがな、コーネリア?」

「……なんじゃ?」

 ここで、俺は初めて声色に怒気を混ぜた。


「――人間を舐めんなよ?」


 ギョッとした表情をコーネリアは浮かべた。

「俺らは神とは違う。旧世界の時代に人間を裁くモノとして作られた……完成された生物……裁定神として作られたお前らとは違うんだ」

「どうしたのじゃ急に? 怒った顔を……して……?」

「旧世界よりも遥か昔、人間は気の遠くなるような時間をかけて進化を重ねた。俺たちは成長できる生き物なんだ」

「……その結果が、かたや食料を捨てるような社会と、貧富の差が過ぎて今日食べるものすら困る子供たち……餓鬼の群れを量産しておるのじゃろう? これを悲劇と呼ばずになんという?」

「なあ、コーネリア?」

「……なんじゃ?」

「人間を諦めないでやって欲しいんだ」

「諦める……とな?」

「料理ってのは、食材と調味料を選んだ時点で大体の勝負は決まってくるんだ」

「……そうかもしれんの」

「でも、料理人がダメならどんな高級食材を使って、どんな調味料を作ったってどうしようもねえんだ。人間だってそうじゃないか?」

「……ふむ?」

「俺らは大体のところは動物と一緒だ。基本は本能で動いている。でも、残った少しの領域に……人間の心ってのはある。ただ、そこにある悲劇を救いたいって気持ちはあるんだ。それはどんな人間だって一緒だ」

 コーネリアは押し黙って何かを考えている。

 今までこの店を訪れた色んなお客さんの事を思い出しているようだ。

 そして、彼女は何とも言えない表情で頷いた。

「それはそうじゃろうな」

「料理の話に戻そう。確かに食材や調味料で大体の勝負は決まる。人間でいえば、既にその時点でアウトなんだろう。でも、どんなにダメな食材や調味料でも……逆に言えば料理人さえ良ければ工夫次第では、お客さんを満足させられる料理を作ることができる可能性があるんだよ」

「……」

「確かにあっちの世界では例えば食糧難や疫病で悲劇が繰り返されている。それでも、何かができないかって少ない給料の中から募金をするやつもいる。中抜きする団体もあればしない団体もあるって話だが、全て承知の上でいくらかでも状況打破につながれば……ってな」

「しかし我は……それでも……」

「俺たちは馬鹿だ。馬鹿ばっかりだ。でも、馬鹿だからこそ、みんなに俺の作った料理で馬鹿みたいに馬鹿笑いして欲しいんだよ。ただ……それだけなんだよ」

「……」

「おっと、そろそろ時間だ」

 厨房に戻った俺は深皿を取り出した。

 次に鍋に菜ばしを突き入れて、竹輪、はんぺん、牛スジ、じゃがいも、コンニャクを次々と取り出して盛り付けていく。

 そうしてお玉で出汁をすくって、最後に和からしを皿のフチにこすりつけて完成だ。

 アツアツの深皿をコーネリアの前に差し出して、俺は親指をグっと立たせた。

「おでんだ。アツアツの内に食べてくれよな」

「……ふむ」

 まず、コーネリアはスプーンでおでんの汁をすくって口に運んだ。

「……美味いの。魚と肉と、そして野菜の味がスープに良く溶け出しておる」

「それが……出汁の調和だ。牛スジも練り物も野菜も全て厳選している食材だが、単品だけだと……この味はでない。色んなモノが集まり、調和をなして初めて芸術的なダシとなる。個々では決して出ない味だ。みんなで協力するからこの味になるんだ。個性の強い食材ばかりで、この味を出すのは本当に難しいけど……工夫次第ではできないなんてことはない」

 コーネリアは無言で串にささった牛スジをほおばる。

 次にハンペンにフォークを突きさして口に運び、続けざまにジャガイモにかぶりついた。

「はふっ……! はふっ……! あ、あ、熱いわ……っ!」

「オデンのジャガイモっつったら火傷しそうになりながら食うのが一番美味いんだ」

 そうしてコーネリアが竹輪を口に運んだところで、俺は彼女が涙を流していることに気が付いた。

「……本当にこの料理は熱い。いや……温かい」

「家族の団らんで食べるには一番良い料理だからな」

「のう、お前様よ?」

「どうした?」

「我は……お前様の作る美味い料理がもっと一杯食べたいのじゃ」

「……」

 俺は無言でコーネリアの頭の上に掌を置いて優しく撫でてやった。

「じゃが、人間を滅ぼしてしまっては……お前様の美味い料理が食えんではないか」

 そうして俺はコーネリアの震える肩をそっと抱いてやった。

 どれほどの時間そうしていただろうか。

 ただひたすらにコーネリアを抱きしめる間、カチカチと時計の音だけが静寂の室内にただただ鳴り響いていた。

「我はお前様が好きじゃ。お前様の料理が好きじゃ。滅ぼしとうなんて……ない」

「……」

「どうすれば良いのじゃ? 我では到底決められぬ。のう? お前様が……決めてくれはくれぬか?」

 俺はそこでコーネリアの頭の上から掌を外して、首を左右に振った。

「それは俺が決める事じゃない。お前自身が納得した上で決めなくちゃいけないんだ。それはお前の存在理由の否定にも等しいことで、誰かに決めてもらったり強要されるようなもんでは絶対にないはずだろ?」

「ともかく、我はもうここにはおれぬ」

「どういうことだ?」

「滅ぼすべきか滅ぼさぬべきか、答えを探すために我は旅に出ようと思っておるのじゃ」

 何かを言おうとした俺をコーネリアは掌で制した。

「昨日今日の思い付きではないのじゃ。ずっと考えていた事でもあるのじゃよ。これ以上……ここにいては我は……魔王として弱くなってしまう」

 そのままコーネリアは出入り口に駆け出していく。

「おいちょっと待てよ!」

 俺も追いかけようとするが、相手は魔王だ。

 追いかけっこで敵う道理はない。

「待たぬ!」

「おいっ! だから待てって!」

 そうして、ドアを開いてコーネリアは店から出て行ってしまったのだった。

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