第44話 鍛冶屋とウイスキー 後編

 俺の名前はウォーレン。

 帝都で店を開いている細工職人だ。

 ここ最近は借金でクビが回らずに、やけっぱちになって店を閉めている。

 そんでもって今日も家で一人、火酒を朝から飲んでいるって寸法よ。

「ははは……はははっ! とんでもねえ大発明をしたってえのに……借金のカタで娘が売られそうになっているってきたもんだ!」

 これが笑わずにいられるか。

 本当にどいつもこいつも見る目がねえ。

 俺の作ったゼンマイ式時計の素晴らしさが誰も分からねえっちゅうんだからな。

 と、そこでドアをたたく音。

「借金取りか? 無い袖は振れねえって言ってんだろうがっ!」

 俺は酒瓶片手に玄関へと向かう。

 に、しても本当に市販の酒は不味いな。あの店だったら一番安い酒でもこれとは桁違いに美味いんだが……。

 ドアを開くと、そこには借金取りではなく行商人がいた。

「アンタは?」

「俺は行商人のヤコブっちゅうもんだ」

「行商人? ああ、俺の店に何か仕入れに来たのか? それだったらおあいにくだ。ウチの商品ならもう扱えねえぜ。借金のカタに一切合切持っていかれることが決まっているんだ」

 ヤコブと言う男は懐に手を伸ばして巾着袋を取り出した。

 そして中身を確認してから俺に巾着袋を差し出した。

 巾着を受け取り、俺ははてなと首を傾げる。

 そして俺もまた中身を確認し――そして、絶句した。

「何だこれはっ!!!!!??」

「とりあえずの着手金として金貨10枚(日本円で1000万円)用意した。借金先にはこれを持っていって、残りは待ってもらえ。これで娘はしばらくお前の手元に置けるはずだ」

「だから、こんな大金をどうして!?」

 ヤコブは懐から懐中時計を取り出した。

「俺のポケットマネーが半分。そして残り半分が俺の所属する商会が用意した。今後の出資比率も俺と商会で1対1だ」

「出資……?」

「販路も職人も大工房も用意してやる。お前にも莫大なロイヤリティーが転がり込むだろう」

「それってひょっとして……?」

「俺と……我が商会はゼンマイ式時計を非常に高く評価したということだ」

 呆気に取られた俺の肩を、ヤコブは「稼がせてもらうぜ」と意地悪く笑いながらポンと叩いたのだった。





 ――その日の夕方。

「しかし、店主も人が悪いな。結局……商人を紹介してくれたんじゃねえか」

 ウイスキーを大ジョッキのロックで煽りながらウォーレンさんは膨れ面を作った。

「紹介はしてねえよ」

「本当に人の悪い奴だな。だったらどうしてこんなことになったんだよ!?」

 俺は小皿をウォ―レンさんに差し出した。

「ミックスナッツで良いのかな?」

「おう、ありがとうよ」

 一呼吸おいて、俺は苦笑した。

「俺がヤコブにウォーレンさんの話をしたってのは、紹介じゃなくてただの口コミだよ」

「……口コミ?」

 ああと俺は頷いた。

「ウォーレンさんにお客さんを紹介したんじゃない。ゼンマイ時計という便利な発明を、お客さんへの話題の一つとして提供しただけだよ。後はお客さんがそれを欲しがるかどうかは俺の知ったこっちゃない。まあ、忘れ物で現物があったってのは大きかったかもな」

「はは……」

「ん?」

 涙目になりながらウォーレンさんはミックスナッツを口に運んだ。

「ありがとうよ」

「で、おかわりは何を頼むんだい?」

 空になりかけている大ジョッキを指さすと、ウォーレンさんは小さく頷いた。

「ウイスキーをロックで頼もうか」

「ウイスキーの量は?」

「勿論、大ジョッキで頼む」

「あいよ」

 と、そこで俺はコーネリアにアイコンタクト送る。

 そして、コーネリアはウイスキー大ジョッキと共に一枚の紙をウォーレンさんの前に差し出した。

「な、な、なんじゃこりゃっ!?」

 一枚の紙――伝票を眺めながらウォーレンさんは肩をプルプルと震わせて狼狽した様子になる。

「請求書だよ」

「銀貨8枚(日本円で8万円)だとっ!? 何の請求書なんだっ!?」

 ウイスキーにはチョコレートが良く合う。

 銀貨8枚も奢ってくれた上客だ。

 今日は特別大サービスでゴディバのチョコレートを出してやろう。

「この前、奢ってくれるって言ってたじゃねーか。コーネリアが飲んでたワインがちょっとヤバいシロモノでな。置いてった銀貨2枚じゃ足りねえもんでな。払えるようになったんだったら払ってもらわねーとな」

 そこで何かに気づいたようにウォーレンさんは俺を睨みつけてきた。

「テメエ! まさかその為に……っ!?」

 極上のチョコレートを小皿に盛ってウォーレンさんに差し出しながら、俺は舌を出しながら笑った。

「さあ、どうだろうな」








 その日の夜。

 お客さんが全員帰って静まり返った店の中。

 帳簿をつけている時に、コーネリアが神妙な面持ちで俺に尋ねてきた。

「のう、お前様よ?」

「ん? どうした?」

「どうにも文明の進歩が……また一つ上のステージに行こうとしているようじゃの」

「……ゼンマイ時計か?」

「他にも、以前の大博覧で活版印刷術についても触れられておったの」

「……ああ、そうだな」

 この辺りの話については一度コーネリアとじっくりと話し合う必要がある。

 なんせコーネリアは人類を滅ぼすという選択を、あくまでも保留しているだけなのだからな。

 まあ、それは置いといて。

「今日の賄いはカツカレーだぞ?」

「……」

 コーネリアは首を左右に振った。

「今日は気分が優れぬ。先に家に戻らせてもらうぞ……それと……明日より3日間の休みをもらいたい」

 それだけ言うとコーネリアは店から出て行ってしまった。

「……そろそろあいつに……色々な事を説明しなくちゃなんねーのかな」

 あいつがカツカレーを食べずに帰るなんて……尋常な事ではない。

 深くため息をつきながら、俺は帳簿に再度視線を落としたが……どうにも上手く数字が頭に入ってきてくれはしなかった。


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