第53話 戦後、そして……

 ……気がつけば俺は天井を見つめていた。

 ここはレスティアント王国にあるスカイアーク傭兵団の拠点だ。そしてここは俺の部屋で、俺は自分のベッドで寝ていた。


「なにがどうなったんだ……」


 ディアルマと戦っていたはずなのだが、途中から記憶が無い。勝ったのか負けたのか、少なくとも死にはしなかったようであるが……。


「うん?」


 ベッドの中になにかいる。

 弄ると、それは暖かくて柔らかい気持ちの良い感触だった。


「ん……」

「あ……」


 掛け布団を捲ると、そこにはデニーズがいた。


「なんでデニーズが……」


 なにがどうしてこうなっているのか。ともかく起こして聞いてみようと思い、彼女の肩に手を伸ばす。と、薄っすらと目を開き、デニーズがこちらを見る。


「あ、起きたか。どうしてお前……おわっと」


 抱きついてくる。

 なにも言わず、ただ無言でデニーズは俺にしがみついていた。


「ど、どうした?」

「目を覚まさないかと思った」

「覚ましただろ」

「一週間も覚まさなかった」

「そんなに経ってるのか。あれから」


 どうりで身体が重い。腹も減っている。喉ももちろん渇いていた。


「俺は……ディアルマに勝ったのか?」


 俺の胸に顔を埋めながらデニーズは頷く。


 だが恐らくディアルマを倒したのは俺じゃない。鬼だ。鬼が俺の身体を乗っ取ってディアルマを倒したのだろう。記憶が無いのがその証拠だった。


 なぜ身体を取り戻すことができたのか? それはわからないが、ともかく俺は鬼の支配からは逃れているようであった。


「みんなは無事なのか?」

「うん」

「そうか。それはよかった」


 それを聞いてようやく安心できた心地になれた。


「ところでなんでお前が俺と一緒に寝てるんだ?」

「悪い魔人から守るためだよ」

「悪い魔人?」


 なんのことだろう?


 思い当たるふしがないか頭の中を探る俺の耳に誰かが息を吹きかけた。


「うわぁ! って、ゼリアか」


 大人ゼリアがいつの間にか俺の横にいて、ニコニコ嬉しそうに笑っていた。


「ようやく目覚めたかガスト。さ、早くその女を追い出してわしと楽しむのじゃ」

「ほら来た悪い魔人」


 デニーズの目がゼリアを睨む。


「悪い魔人ってゼリアのことだったのか」

「そうだよ。わたしがこうしてなかったら寝込みを襲われてたんだからね」

「襲うとは人聞きの悪い。精気をもらうだけじゃ。わし精気もらわないと死ぬもん」

「じゃあ死ね売女」

「なんじゃとこのーっ!」


 ベッドの上で二人が殴り合いを始める。


「やめろ二人とも。あ、痛いっ。こりゃたまらん……」


 巻き添えで殴られた俺はベッドから抜け出し、イスに座って一息つく。喧嘩する二人をどうやって止めようか考えていると、部屋の扉が開いて誰かが入ってくる。


「おお、騒ぎを聞いてもしやと思ったでござるが、目が覚めたでござるなガスト殿」

「ステイキか」


 それはでっぷり太ったステイキであった。


「いやよかったでござる。このまま目覚めないのかと思ってたでござるよ」

「心配かけたな。それよりお前、肉体の筋肉化ができたら家に帰れるんじゃなかったか? 俺のためにまだここに残っててくれたのか?」

「あ、いや……それなら格好いいんでござるけど、実はできたのはあのときだけで、今はやろうとしても全然できなくなってしまったんでござるよ。とほほ……」


 がっくりうな垂れるステイキ。


 つまりまだ家には帰れないということらしい。


「そういえば丞山はどうしたんだ? かなりひどい怪我をしてたと思うんだが……」

「丞山殿は……」


 言いよどむステイキの姿を見て、俺の頭にまさかの事態が想像された。


「ま、まさか丞山の奴、死んで……」

「いや、ホルコヒで養ってくれそうな女性に出会ったとかでそっちに行ったでござるよ」

「なんだよ! 思わせぶるからビックリしたじゃん!」


 まあ何事もなくてよかったけど。


「ガスト殿がこんなときに女のところへ行くなんてと、止めたんでござるが『こんなことであいつが死ぬわけはない。えっ? 本当はって? 本当のことだ。あいつは死なん。なんせこの俺様を倒した男だからな。ふはははは!』って言って出て行ったでござる」

「あいつらしいな」


 まあ元気そうで安心した。


「戦争はどうなったんだ?」

「ファウド帝国の申し入れで休戦中でござる。頼みのバーガング傭兵団がほぼ壊滅して、出鼻を挫かれたみたいでござるな」

「そうか」

「この功績で、拙者たちスカイアーク傭兵団は人数は少ないでござるけど、特別に国家公認傭兵団に認定されたでござるよ」

「えっ? いやでも、傭兵団は解散したし……」

「解散の届けを騎士団に出さないと解散できないでござるよ。出してないでござろう?」

「あ、うん。そういえば出してないけど……」


 しかし喜びはなく、俺は黙った。それからしばしの沈黙が訪れる。


 忘れていたが、俺は傭兵団の解散を宣言してみんなに別れを告げて町を出たんだ。傭兵団が残っていたとはいえ、今さらどの面を下げて戻って来れるというのか。


 本音を言えば戻ってきたい。俺は団長としてまだ未熟だ。しかし、ここには俺のために命までかけてくれる仲間がいる。彼らを使いこなす優秀な団長になりたい。彼らと共に成長したい。それが今の俺が抱く真実の思いであった。


「ちょっとみんな集まってくれないか」


 俺は三人に呼びかける。


「わかった。でもあと少し待って。今すぐこの売女を殺すから」

「なにをぬかせ! 男の味も知らない小娘が! お前なんか処女のまま殺してやる!」

「喧嘩はもういいから、こっち来て二人とも」


 真剣な声音で呼び掛けると、殴り合ってた二人はおとなしくなり俺の前へ歩いてきた。ステイキを含めた三人を前に俺は彼らを見回し、そして頭を下げた。


「まず、ありがとう。みんなのおかげで俺はこうして生きている。本当にありがとう」

「なに言ってんの。な、仲間なんだから助けるのは当たり前じゃん」

「ほう。お前さんはガストが仲間だから助けたのか。わしは違うぞ。愛する男だから助けたのじゃ。この辺がお前さんとわしの差……がはっ!」


 デニーズの拳がゼリアの顎を跳ね上げる。


「黙れ売女」

「こ、この小娘っ。精気さえ充足にあればすぐにでも八つ裂きに……」

「喧嘩は待て。まだ話がある」


 ふたたび殴り合おうとした二人を止め、俺は話を続ける。


「お前たちは素晴らしい仲間だ。共にいたい。共に傭兵団を盛り上げていきたい。あんなことを言って出て行ったけど、もう一度、俺と傭兵団を組んでもらいたい」


 そう言って俺はまた頭を下げた。


 皆、なにも言わない。やはり今さらなんだという気持ちなんだろうか。

 それでもしかたがない。浅慮に出て行った俺が悪いんだ。ひたすら頭を下げて頼む。馬鹿で未熟な俺にはそれしかできなかった。


 地面の床を見つめてから一分ほど経ったころ。俺はチラリと無言の仲間を見上げる。全員、きょとんとした表情で俺を見下ろしていた。


「だ、だめかな?」


 問うてみる。と、


「水臭いな」

「えっ?」


 微笑むデニーズが俺の肩を掴んで頭を上げさせた。


「頭なんか下げなくていいよ。仲間なんだから」

「でも……」

「そうでござる。それに、頼まれなくたって拙者たちは傭兵団でござるよ。解散したら拙者、行くところないでござるし……」

「わしはそなたと共にあるだけじゃ。傭兵団をやりたければ好きにせい」

「みんな……」


 ちょっと涙ぐむ。


 嬉しい。彼らを使いこなせる立派な団長になろうと心に誓った。

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