わかりやすいツンデレ

 

 一日も無駄に出来ない。気持ちだけが焦る。

 それでも俺は前を向くんだ。三ヶ月という大切な時間を無駄にしないように――


 今日は土曜日で学校は半日授業であった。

 チャイムが鳴り、放課後になった。

 昨日の咲とのやり取りや、クラスメイトに対して見えない壁を作っていた俺は……。


 ――気持ちを入れ替えた。


「咲、昨日はごめん、ちょっと疲れていたんだ」


「あ、う、うん。だ、大丈夫だよ~! じゃあお詫びとしてクレープおごってくれる?」


「……今日は無理だけどいつかね!」


「は〜い、忘れないでね〜!」


 過去の自分を思い出しながらクラスメイトに接する。

 クラスが険悪になれば……俺を通して梓に影響が出る。

 だから俺は昔みたいに明るく過ごすんだ……。


 後ろの席にいる梓をちらりと見る。

 やっぱり一人ぼっちであった。


 平気なフリをしているけど……少し寂しそうだ。

 俺が咲と話しているのを見て、鼻息をふんっと漏らしていた。


 目が合ってしまった。

 俺は優しく微笑む。


 梓は慌てて顔を逸らして、カバンを持って教室を出ようとした。


 俺の背中に衝撃が走った。


「いって!?」


 振り向くとそこには琢磨がいた。


「――行くんだろ? よくわかんねーけど、俺は応援してやんよ!」


 いつものニヤニヤした笑みではなく、比較的真剣な表情である。

 ……俺はいい友達を持ったな。


「ああ、行ってくる!! じゃあな!」


 俺は梓を追って教室を出た。






 そろそろ夏休みが近い。生徒達の雰囲気が浮足立っている。

 廊下をしばらく歩くと、梓の姿が見えた――知らない女生徒に囲まれている!?


 俺は深呼吸して近づくと、話し声が聞こえてきた。


 知らない女生徒達の一人が梓を責めている。

 梓は下を向いたままである。


「ちょっと、あんた聞いてるの? あんたがキャプテンに色目使ったんでしょ? じゃなきゃなんで私が振られんのよ? キャプテンあんたに告白したんでしょ!!」


「…………し、知りません。わ、私……断りました」


「はっ、あんたのせいで別れたのよ! どうしてくれんのよ!!」


 俺はもう一度深呼吸をした。

 これは俺が見たことがない梓の日常。

 俺は梓に無関心であった。


 沸き立つ感情を抑えるんだ。

 冷静に……それでも熱を持って――


 俺は梓に声をかけた。


「――おーい、梓! 待ち合わせ場所に来なかったから探しちゃったぜ! 今日はカフェ行く約束だろ? ――ほら」


「ふえ? ――あっ」


 俺は梓の手を取った。

 そして女生徒に笑顔で告げた。


「あ、ごめんね。梓は人見知りが激しいから誤解されやすくてね……。ねえ、ちゃんとキャプテン? の話を聞いてあげてね。梓と面識が全然ないはずだよ。それに君はとても素敵だから……振った彼が悪いんだよ」


 女生徒が俺の顔を見て――一気に顔が赤くなった。


「ま、まあ、そ、そうね……あ、あなた……C組の男子ね……」


「ああ、それじゃあね!!」


 俺は梓の手を引いてゆっくりと早歩きになった。

 梓は「ちょっと!?」と言いながらも……おとなしく付いて来てくれている。


 懐かしいな――俺はこうやって梓と一緒にいつも歩いていた。

 後ろから菫がトコトコ付いてきて――


 一気に俺の感情が高ぶる。

 ……落ち着け、少しずつだ。


 俺たちはそのまま校舎を出て、街へ続く通学路を歩く。

 速度を落として梓のペースに合わせる。


 梓がいきなり手を振り切った。


「ちょ、ちょっと! いつまで手繋いでんのよ! あ、あんた昨日から変よ! わ、私の事嫌いになったんじゃないの!?」


 口を尖らせて激昂する――ふりをする梓。


 ――素直になれない、か。


「――言っただろ? 俺が悪かったって。……それに……大切な幼馴染の事を嫌いになんてなれるかよ! ほら、早くカフェに行くぞ!!」


「た、大切な――う、うう……う、う、うるさい」


 いつもよりも切れがない、罵倒と言えない罵倒。


 俺は怯えている子猫を扱うように優しく梓に言った。


「梓が嫌がっても、俺は――梓と一緒にいる。ははっ、今まで照れくさかったんだよ! もうそんな事言わねえ。だから、な。一緒に行こうぜ!」


 梓は腕を組んでしばらく考え込んでいた。

 表情がくるくる変わる。


「ふ、ふん……、仕方ないわね。あんたの奢りなら……付き合ってあげるわよ!!」


 しきりに髪を撫で付ける梓。あれは照れ隠しの証拠だ。


 そして梓は不機嫌そうな顔を見せつつ、口元が嬉しさを隠せないで……俺の横を歩き始めた。

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