第43話 苦境に……

 逃げる敵兵の先に回り込んだジョルジュたちが樹上から弓を射かけると、回れ右をした敵兵と進もうとする敵兵が入り混じり、完全に恐慌状態になる。

 そこへすかさず、身軽な格好で走ってきたグリモアらが反対側から追い立てた。

 グリモアのうまいところは、まず銅鑼を盛大に叩き、自分達がここにいるぞということを示したことで、敵兵の恐怖心を煽るっているところだな。

 後ろから追われている。もう追いつかれているというところを前からジョルジュがズドーン。

 戦意を失った敵兵を仕留めていくことは容易い。


「行くぞおおお! 突っ込めえええ!」

「応!」


 騎馬を増やし倍にしたとはいえ、俺を含めたった十騎の騎兵が敵兵を横撃する。

 弓を放ち、逃げ惑ったところを斬り捨てていく。

 剣を持ち、斬りかかってくるものも稀な状況だから、敵兵が多くとも全く問題ない。

 

「何をしている。どけ、どかんか! 斬れ!」

「友軍を斬るなど……」

「ならば、私が斬り捨ててくれる。背を向けるものは全て斬る! 私の行く手を遮る者も斬る!」

「全く、斬り捨てるのが好きなことで」


 戸惑う部下を叱責し、自ら槍を抜き前にいる歩兵を突き刺す馬上の男へ軽い調子で右手をあげた。

 男は白銀の全身鎧に身を包み、赤いマントを翻している。自信の表れなのか、兜を装着していない。

 そいつは片手で長槍を持ち、もう一方の手で手綱を握っていた。

 彼は腰に三本ローズの衣装が施された剣を装着している。三本ローズはマントにも鎧の肩にも刻まれていた。

 俺と同じ銀髪で精悍な顔つき、大柄で筋骨隆々なその体躯。太い首にはち切れんばかりの肩回り。

 全ては王族の理想とする体型に他ならない。

 

「お、女……。いや、イルか。お前が、お前がやったのか! お前は私の武功のために死ぬべきだろう? 何故、崇高なる王国騎士をこのような目に」

「自分で槍を突き刺していたじゃないか。兄上、いやバティスタ」

「騎士は生より名誉をとる。こいつは、汚名を被る前に私が崇高なままであるうちに葬ってやったのだ」

「まあいいさ。どうする? バティスタ。降伏か、死か」

「騎士は降伏などせん。虜囚になるくらいなら自ら死を選……ぐ」


 最後まで言い終わらないうちに、彼の額に投げナイフが刺さる。

 カッと目を見開いた後、彼は馬上からドサリと落ち動かなくなった。

 戦場だってことを分かっているのか? こいつは?

 最後の最後まで警戒心の無さ過ぎる兄だった。俺たちは口論をしているわけじゃないんだからな。

 降伏しないと分かった時点で、とっとと始末するに決まっているじゃないか。

 隙だらけだったぜ。兄さん。

 いくら武勇を誇ろうが、これじゃあ生き残ることは難しいさ。

 

「お前たちの盟主バティスタは倒れた! 降伏か死か選べ! 降伏するなら武器を捨て、両手をあげろ。馬に乗るものは馬から降り、同じく両手をあげろ」


 ドサドサと武器が投げ捨てられ、両手を上にあげる敵兵たち。

 率いる盟主なく、囲い込まれ、戦意を喪失している彼らはもはや抵抗しようなどしなかった。

 

「よし、両手を縛り、森の外まで連れて行く。なあに安心しろ、命までは取ろうとはしないさ。笛を吹いてくれ」


 ピューっと連れてきた騎兵の一人が笛を吹き鳴らす。

 すると、矢がピタッと止み、グリモアらも進軍を停止した。

 

 それぞれが持った縄で敵兵を拘束しようとしたその時――。

 ヒュンと風を切る音と共に、投槍が降ってきた!

 

 ヒュンヒュンヒュン。

 前方にいた降伏した敵兵に投槍が突き刺さり、血を流し地面に伏していく。

 

「帝国兵! 我らごと一体何を。ぐあああああ!」


 叫んだ敵兵の喉を投槍が貫き、ドサリと崩れ落ちる。

 こちらに来るかは半々だと思っていたが、来やがったか。

 しかし、参ったな。まさか友軍を潰しそのまま突撃してこようなどとは。

 

 どうする?

 投擲が終わった帝国兵は陣形を変え、最前列にずらりと馬が並びつつあった。

 

 引くにしてもジョルジュらはともかく、グリモアらは騎馬より速く動くには難しい。

 バラバラになって脱出するのも手だが、被害が甚大になる可能性が高い。

 

「……八百」

「馬は?」

「……百」

  

 すかさず敵兵力の報告に来てくれた九曜へ感謝の意を述べ、腹を括る。

 逃げるのは無しだ。こちらは五百で相手が八百。

 樹上を活かし、真正面からぶつかってやる。

 カンカンカンカン――。

 その時、鍋を打ち付けたような甲高い音が響き渡り、汚らしい雄叫びが鼓膜を揺すった。

 

「ヒャッハー。ここが絶好のチャンス! ようやく俺様たちが無双する時がやってきたようだな!」

「ぶっふぃいいいい! ぶひふびいいいい!」

「野郎ども今が俺様たちの存在を示す好機である! 行くぜ、行くぜ、行くぜ、行くぜ!」


 汚らしい雄叫びの正体はオークたちだったんだ! 木々の間から豚頭たちが棍棒を手に飛び出して来たじゃないか!

 ちょうど突撃を敢行しようとしていた時だったため虚を突かれた帝国騎兵たちは、真横から殴られ次々に倒れ伏していく。

 

「ジョルジュ! オークたちを援護しろ! 俺たちは前から突入だ! グリモアは迂回し、横撃せよ!」

「お供いたします。イル様」

「後ろに乗れ。九曜はそこの空馬に」


 下がらせたつもりの九曜だけじゃなく、桔梗まで俺の元に来ていたじゃないか。

 周囲をみなさ過ぎだぞ俺。それほど追い詰められていたってことか。

 

「九曜と桔梗の部隊はジョルジュに合流せよ。俺たちはこのまま突っ込む!」


 樹上で控えているだろう二人の部隊に告げる。

 って。おいおい。オークたちはどれだけいるんだ?

 百……いや二百を超える。

 帝国との戦いについて、オークの首領イツキには何も告げずに来たんだ。

 これは王国内の遺恨からくる戦場だったから。祖国防衛のためとはいえ、平和的に開墾をしていたイツキたちを呼び出す気はなかった。

 アルゴバレーノには見つかって、「ついてくる」となってしまったけど……。

 

「この豚どもがああ!」

「ぶっふぃいいいい! ご機嫌だぜえええぶううふぃいい!」

「ぐ……ぬあああ!」


 すんごい筋力だな。一発殴りつけただけで、馬の首が完全にへしゃげ振りぬいた棍棒は尚動きを止めない。

 それにしてもオークたちのまるで一匹の獣であるかのような統率の取れた動きにゾクリとする。

 これが、ヴィスコンティ領よりも激しいと言われるウラド領のモンスターを狩り尽くさん勢いだったオークたちの力か。


「イツキ! 助太刀する。助かったよ」

「おお、レディ。レディに血は似合いませんぞ」

「はは。俺も悪くはないんだぞ」


 と言いつつ、ナイフを投擲し一人仕留めた。

 そこで下馬し、桔梗に馬を預ける。

 そうこうしているうちに負けじとイツキが丸太……いや、ここは彼の名誉のために棍棒と言っておこう……棍棒を振るい馬ごと敵兵を薙ぎ倒す。


「華麗! お美しい! ヴァルキリーとはまさにあなたのこと」

「そ、そうかな。は、はは。イツキのパワーは物凄いな」

「オークは力こそパワーが矜持ですからな。一撃必殺、二の太刀要らずです」


 あっという間に帝国騎兵を飲み込んだオークらは浮足立つ帝国歩兵に襲い掛かる。

 帝国兵は突然の出来事でまだ指揮系統が混乱している様子だった。

 指揮者が統率を取り戻す前に、叩けるだけ叩く。

 

「イル。待たせた! 矢を射かけろ!」


 射撃地点まで移動したジョルジュらが、帝国兵の頭上から矢を射かける。

 敵は全身鎧を装備しているため、木登りをすることができないでいた。つまり、盾で防ぐ以外の行動がとれないってことだ。

 矢がやんだタイミングでオークが棍棒を叩きつけ、盾ごと帝国兵をひしゃげさせていく。

 さすがに棍棒の方がもたないのか、そこかしこで棍棒が折れてしまう場面を目撃した。

 そんな状況にも慣れているらしいオークたちはその場で長柄の武器を手に取り、力任せに振り回す。

 

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