第41話 俺が出よう

 500名を選出しようとしたわけだが、王国騎士、守備隊は丸ごと拠点に置くことにした。

 また、人間の兵士も傭兵以外の者は置いていく。

 例外は警備兵のうち、ヴィスコンティ討伐に関わった者のみとした。

 騎士団長トリスタンは「今回ばかりは仕方ない」とすぐに納得してくれたのだけど、問題はもう一人……。

 

「イル様。守備隊は元王国騎士だろうと、斬ることに躊躇する者など一人もおりません!」

「分かっている。守備隊も王国騎士も元味方だろうが、戦場であったが慈悲などかけるものなどいないと」


 そうなのだ。置いていくと伝え、収まらないのが我らが守備隊長カピターノである。

 彼はノヴァーラに踊らされた屈辱を雪ぐために守備隊長となった。

 彼とてこの戦いはトイトブルク森を戦場とした戦争の前哨戦であることは分かっている。

 それでも、相対する者達が元王国騎士だとなれば収まりがつかないのだ。


「ヴィスコンティ。君に問おう。君の目標は何だ? 逃げた連中を打倒することか?」

「ノヴァ―ラの野望をくじき、かの者に二度と奸計を使わせぬよう鉄槌を食らわせることです」

「ノヴァ―ラは引っ込んだままだ。俺も奴を捕えたい。王国騎士は単なる前菜だろう?」

「……ようやくイル様の意図が見えました。安直な進言、申し訳ありません」


 まだ何も言っていないってのに、察したのかな?

 いや、俺の意図と異なるかもしれない。

 

「威力偵察を行う元王国騎士部隊千は、キッチリと俺が潰走させる。だが、さっきも言った通り帝国軍にはノヴァ―ラと次男、三男が残っている」

「はい。狡猾なノヴァ―ラです。帝国に願い出て兵を借り、別動隊を率い襲い掛かるやもしれません」

「うん。なれば、可能性は二つだろ。俺たちと威力偵察部隊が交戦中に横撃するか、本陣を一気に叩くかだ」

「イル様が出るとされたのも、ご自分を餌にされるおつもりもあったのですね」

 

 ヴィスコンティに向け無言でコクリと頷きを返す。

 ふむ。考えていることが一致して何よりだ。

 このチャンスにノヴァ―ラがびくびくと城壁に引きこもったままか、出撃するかは半々といったところ。

 溺愛する次男を単独で出す……ことはないか。三男が単独の線もある。

 とにかくあいつは、戦功を得ることができそうな情勢と見るや、掠め取ろうとするだろう。

 

「本陣の防衛はヴィスコンティとトリスタンに任せる。指揮系統が二分することないよう君が指揮を執るといい」

「いえ、トリスタン殿にお任せします。守勢ならば私より優れていましょう。私は遊撃に」

「分かった。いつもやっていることと同じだ。モンスターを討伐するのとな。君なら機動力を生かした一撃離脱も、突撃も、攪乱も全て慣れたもの」

「過分なご評価、痛み入ります」

「では、頼んだぞ。我らが守備隊長カピターノ

「ご武運を!」


 敬礼するヴィスコンティに返礼で返した。

 

 ◇◇◇

 

 グリモアとジョルジュを先頭に二つの部隊が集合している。

 彼らはそれぞれ二百名を率いる。別に俺直属の精鋭六十名と桔梗と九曜にそれぞれ二十名をつけていた。

 総勢五百名の軍になる。

 

「装備の確認は行ったか? 九曜と桔梗らに先導してもらい、進む。今日のところは昼過ぎまでだ。ノンビリ行こう」


 軽い調子で呼びかけ右手をあげると、後ろから「おー」という力強い声が伝播していくのが聞こえた。

 俺も本作戦のために着替えを行っている。

 もちろん、女装ではない。

 桔梗や九曜らの部隊は全員、彼らと同じような長袖、長ズボンの綿か麻の服なのだけど、俺は服の上から胸だけを覆う革鎧を装着している。

 武器は背中に弓、腰にサーベルで、投げナイフを忍ばせているってところ。

 グリモアらも俺とよく似た装備で、軽装に徹している。

 

 重要器官である胴を金属鎧で護ることは、戦場での生存率を上げることは誰もが知るところだ。

 しかし、視界が悪く、歩き辛い森の中ではこちらの方が動きやすい。正面きってぶつかり合う気はサラサラないのだから。

 そうそう。馬も少数ながら連れてはきている。今は乗馬せず、手綱を引いている状態だけどね。


 モンスターはもちろんの事、大型の動物に出会うこともなく、休憩予定地点まで到達する。

 やはりトイトブルク森といったところか。この森は古くから良質な狩場として王国民に利用されている。

 その理由はモンスターが殆どいないことから。いたとしても動物型のモンスターで、熊を相手にするのとそう大差がない。

 逆に森を抜けヴィスコンティ領方面にある山脈には多数のモンスターが生息していて、モンスターが森に侵入しないようにトイトブルク森北部へ城壁が築かれたのだ。

 なので、北側には城壁があるけど、南側には城壁がないというわけなのだ。

 

 火を炊かずに食事をとり、交代で早めの休息を取る。

 休息を取っていない方のグループは、念のため武器の手入れをしたり、仕込みの準備を行ったりして過ごす。


「桔梗、休まずの行動、ありがとう。どうだった?」

「彼らは夜営に入りました。イル様が予想した地点に近い場所です」


 偵察から戻った桔梗を労い、彼女の部隊に休息を取らせる。

 彼女がちゃんと食事を取り始めたことを確認し、すとんとその場に腰を下ろす。

 そこへ、干し肉を咥えたグリモアがやってきて、隣に座る。


「イル。ロレンツィオの旦那とやらとはどうなってんだ?」

「迷ったんだが、彼とはこの戦闘の後に合流するか相談する。合流するにしても森の中だけどね」

「あいよ。森の仕掛けが旦那の指示だって聞いてな。どんな仕掛けをしたのか、聞いてみてえなと思ったわけだよ」

「あいつが一番森の中に詳しいからな。彼と接触し道を把握している九曜か桔梗の導きがないと森を進むことが困難だ」

「道しるべがいるならいいんじゃねえか。旦那に会える日を楽しみに待ってるぜ」

「俺もだ」


 きっとロレンツィオのやつ、ブツブツと文句を言いながらも完璧な仕事をしてくれているんだろうなあ……。

 九曜の報告によると、いつも風呂に入りたいを繰り返していたようだし。終わったら、王宮の風呂で寛いでもらうとしようか。

 

 ――翌朝。

『「道」を外れた王国騎士は全て死亡。約百名。残りは桔梗らが誘導中』


 九曜から受け取った紙片を読み、いよいよだと体を奮い立たせる。


「いい感じだな。桔梗のサポートを頼む」

「……了」

 

 答えるや否や、九曜が木の上に消えていく。

 

「そろそろだ。ジョルジュ、準備はいいか?」

「問題ない。主よ。ご武運を」

「うん。頼んだぞ」


 ジョルジュらの部隊が配置につきに向かう。

 

「グリモア。ここは任せるぞ」

「おうよ。まったく、イルが行く必要があったのかよ。でも、お前さんのそういうところ、嫌いじゃないぜ」

「俺が一番の餌だからな。最初に知らしめておきたい」

「まあ、そういうことにしておいてやるさ」


 グリモアが人好きのする笑みを浮かべ、拳を前にやる。

 カツンと彼と拳を打ちあわせ、馬にまたがった。


「五名、俺についてこい。残りはグリモアと共に待機だ」

「了解いたしました! この命にかえましてもイル様を御護りいたします」

「もっと気楽でいい。行くぞ」


 付き添う兵に向け、ふんわりとした笑顔を見せ軽く右手をあげる。

 王国騎士よ。これから進む先は地獄の入り口だぞ。

 覚悟して飛び込んで来い。

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