第37話 さあ、はじめよう。過去を叩き潰しに
「改善されぬ、ノヴァーラ・スフォルツァの復権も認めぬとなれば、交渉は決裂したとみなす」
「前王の復権を求め、実力行使に出るということですか?」
「賢明なるイル王ならば、ご理解いただけますかと」
「は、ははは。傑作だよ。あのノヴァーラが復権のために先陣をきるなど有り得ない。王都解放の後にノコノコやってくるんだろうよ」
「ノヴァーラ・スフォルツァ様は勇敢なお方だ。やむを得ず実力行使に出る場合は、陛下に自らの出陣を願い出ておられる」
かまかけてみたけど、来るのかあいつが。
そいつはいい。俺たちの士気があがるってもんだ。
「父も国を憂いておられるのですね。ですが、その懸念は杞憂です。王国は必ずや豊かな国へと生まれ変わります故」
「その意気や良し。二ヶ月後を楽しみに待たせて頂きましょうぞ」
この言葉を最後に使者との会談を打ち切ることとなった。
使者が部屋を辞した後、今度は騎士団長を対面に座らせ、彼の意見を求めることにする。
「騎士団長。ついにこの時がやってきた」
「吾輩も戦場に馳せ参じさせて頂きたい」
「それは心強い。だけど、誰かは王都の治安維持に残らなければならない。副長を残すでいいかな?」
「そうですな。一時的にジャンを開拓担当から引き抜き、王都防衛を任せましょう。彼ならば必ずや期待に応えてくれるかと」
騎士団長も戦場に来る気満々だな。ヴィスコンティはつれていくと約束したし、俺の作戦に最も向いているグリモアも参加してもらうつもりだ。
となると、残りの人材で最も相応しいのはジャンだろうな。アルゴバレーノでもよいのだけど、彼女は兵を指揮する力があれど街の警備はやったことがない。
経験のあるジャンの方が任せるによいだろう。
深く頷き、ギュッと拳を握りしめた騎士団長だったが、まだ何か言いたそうにしている。
「疑問点があれば、聞いて欲しい。何事も相互理解が大切だ」
「外交や政治に疎い吾輩が聞くことではないと思っておりますが……」
「帝国が何故、今になって攻める意思を固めたのかってことかな?」
「正に」
「理由は三つある」
「三つも……ですか!」
指を三本たて、反対側の手の人指し指で立てた指をちょんとおさえた。
「一つ目。王国の経済的発展が目覚ましかったから。この伸び率のまま数年経てばミレニア王国の国力が数倍になる」
「伸びる前に叩けということですな。今なら、赤子の手を捻るように叩き潰すことができる、と。もしくは、威圧に屈すればそれで良し」
「そんなところ。二つ目は、あの馬鹿どもを養うにも金がかかるってことだ。帝国の戦争理由には奴らの存在が必要だった。侵攻が成功した場合にも傀儡がいるからな」
「なるほど……。確かにおっしゃられることは納得です。騎士団も一緒ですので、相当な人数にのぼるはず。生活費もそれなりの額になります」
「うん。あいつらはごっそり金品を持っていったけど、とっとと処分してしまえば帝国の資産になる。だけど、処分してしまうと大義名分に使えなくなる。痛しかゆしだな」
「では、三つ目とは?」
「それは、後程のお楽しみだ。帝国を戦争に踏み込ませるために裏でごにょごにょ動いていたんだ」
「ごにょご……ですか」
「蓋を開けてみるまで、まだ不透明だけど、きっと彼なら上手くやってくれるさ」
いたずらっぽく片目を閉じ、笑いかける。
騎士団長は口元と額の皺を深くしつつも、神妙に首を縦に振ったのだった。
政治的な裏については疑問を抱いた彼であったが、期限については触れて来なかったな。
この辺は彼が戦闘のプロだということを如実に示している。
二ヶ月後ってのはとても単純な理由なんだ。それは、
軍を動かすには糧食が必須だ。食べないと戦いどころじゃないからな。
食糧は市場から購入することもできるけど、収穫期に合わせれば高い金を払って買い集めなくてよくなる。
特に食糧が一番値上がりするのは、収穫前だからさ。
買い上げを行うにしても、収穫期直後が最も効率がいい。
「本件、どこまで周知をなさりますか?」
「そうだな。特に隠蔽はしない。だが、広めもしない。粛々と準備に入り、一ヶ月後に城内で演説をするか」
「承知いたしました!」
立ち上がり、シャキッと敬礼する騎士団長に向け、コクリと頷く。
◇◇◇
帝国の使者が来てからあっという間に二ヶ月近くが過ぎようとしている。
途中、二回も帝国からのコンタクトがあった。一つは手紙でもう一つは直接だ。
そして、今日また連絡がきた。
地球風にいうと、最後通牒ってやつだよ。はは。望むところさ。
脅しのつもりで書いたのだろうけど、兵数まで記載するとかおめでたい奴らだよ。
帝国軍は7000名。騎兵が1000、残りが歩兵だって。他には元ミレニア王国兵が1000。うち200が騎兵だってさ。
指揮官は帝国少将ベッケンマイヤー。戦場監督官として、ノヴァーラが従軍する。ほんとに来たんだこいつと小躍りしたね。
王国軍の総大将は一応ノヴァーラになっているが、奴は戦場監督官としても登録されている。
となれば、指揮官は元王国騎士団の誰かかな。まさか、肥え太った貴族ではあるまい。
ヴィスコンティのような武闘派貴族はノヴァーラと行動を共にしていないからな。
もしくは兄たちのうち誰かが率いるのかもしれん。
「イル様、準備が整いました」
「分かった」
自室に尋ねてきたのは、ジャンだった。30代前半と聞いていたが、見た目はそれ以上に瑞々しく若々しい。
これくらいの歳になると、髭を生やす者も多いのだけど、彼はきれいに髭を剃っていた。
俺? 俺はさ、髭が生えないんだよ。ほっといてくれよ!
顎から顎にかけて一本の線になるように髭を揃えたりしたかったんだけど、無理そうだ。
脛にも産毛しか生えてないくらいだからな……。特に剃らなくてもそのままスカートがはけちゃうんだぜ。
佐枝子にナチュラル男の娘とか言われてしまったのは、きっとこの毛の薄さのせいである。
広場に出ると、兵が整列して俺を待っていた。
俺の姿を認めた彼らが一斉に敬礼し、俺が手をあげると元の姿勢に戻る。
ゆっくりと壇上にあがり、兵を見渡す。
集まった兵はおよそ800人。思った以上に多かった。
各街の警備兵、地方守備隊、王国騎士、義勇兵と出自は様々だが、王国の治安に影響が出ないように数を調整したのだ。
これに加え、後から傭兵200が加わる予定である。
傭兵と聞くとしっかり戦ってくれないんじゃないかというイメージがあるかもしれない。実のところ、そうではないんだ。
ミレニア王国だけじゃなく、帝国でも周辺諸国でも傭兵は一般的に使われている。
帝国が唯一、まともな常備軍を持っているが、それでも国土に比して数は多くない。
理由は単純だ。常備軍の維持には金がかかる。
地球の歴史上の国家も、常備軍を持つに至ったのは時代が進んでからだ。
非戦時に軍は他国に対する抑止力や威圧になるとはいえ、単なる金食い虫だから。装備を整えるだけでも結構なお金がかかる。
いずれ、王国にも常備軍を整備したいと思っているけどね。騎士団を拡張し、親衛隊に。親衛隊を拡張し、常備軍に、といったことを狙っている。
大きく息を吸いこみ、両手をぎゅっと握りしめた。
「諸君。愚かなる帝国は、前王ノヴァーラを王位につけるべく挙兵した。王国はかつてない活況にある。前時代に戻ろうなんて者はもはやこの国にはいない。そうだろう?」
呼びかけに対し、盛大な歓声があがる。
これまで俺が行ってきた二年ちかくの治世は、王国民の生活を大きく変えた。
飢える者は無くなり、旧市街と呼ばれた薄暗いスラムも存在しなくなり、誰もがささやかな幸せを享受している。
農村にも嗜好品が溢れ、都市部はますます栄えた。
元の生活を知る彼らが、今の生活を護りたいと思えるほどに。
さあ、始めよう。
過去を叩き潰しに。
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