第35話 いただきまーす、むちゅうう

「佐枝子。ちと相談だ」

「だから、佐枝子って言うなし。もういいわ。さえちゃんで」

「そうか。さえちゃん」

「佐枝子にして……ちょっとそれ恥ずかしい」


 なら言うなよ! 佐枝子よ。

 俺たちは今、オークのイツキと別れた後、カボチャの馬車に乗り込みミレニア王国に帰っている。

 俺の向かいに桔梗、隣に佐枝子ことウラドが座っていた。

 舗装された道でもないというのに、カボチャの馬車はまるで飛んでいるかのようにスイスイと動く。

 首の無い馬は確かに普通の馬に比べ数倍の速度で休みなく走るのだけど、それだけじゃないと思う。

 彼女が何らかの魔法みたいなものを使っているのかもしれない。

 俺は転生した直後、剣と魔法の世界に夢を見ていた。魔法使いがどーんと火炎を放ったり、魔道具なんかで空を飛べたりするんじゃないかって。

 しかし、ミレニア王国ではとんと魔法なんぞ聞かなかったし、宮廷魔術師なんて素敵な職業もなかった。

 それなのに、猛獣より厄介なモンスターがいるなんて理不尽だと憤ったものだ。

 要らないところだけ、ファンタジー要素を詰め込んでくるとは、この世界は本当に嫌らしい。

 でも、数は少ないのだけど、魔法使いと呼ばれる人はいる。

 いても希少だから滅多に見ることなんてないんだけど、ね。ミレニアやピケに一人くらいはいるかもしれない程度である。

 

「それで、相談って?」

「イツキはそのまま領内で放置しておくわけにはいかない、という見解は一致しているか?」

「そうね。この速度でオークの数が増えると、だけど」

「うん。公国内で農耕をしてくれるのだったら10万くらいまで増えても全く問題ない。ある程度増えた後は、増加率がなだらかになるはずだけどね」

「そんなものなのね」

「まあ、そんなもんだよ。ある程度までしか増えないもんさ。安定した暮らしを送るとある程度までいくと何故か出生率が下がる。と、こんな話をしたかったわけじゃない」

「めんごめんご。本題は?」

「オークを受け入れるのは彼らが来たいと言えば、受け入れる。その方針は変わっていない。ミレニア王国を含むウラド公国の周辺国家は特段何も問題ないはず」

「裏でいろいろと手を焼いてくれるのね。ありがとうー。大好き!」


 寄るな。だから、寄るなって!

 隣国はさ、オークを受け入れたことでミレニア王国に対し、懸念を示したとしても黙らせることができる。

 じゃあ、君らも受け入れろって、ね。ウラド公にとっては、どこの国でもいいのだから。

 自分のところにオークを受け入れるなんて、俺くらいのものだ。彼らはウラド公がこれまで無関心でいてくれたことを重々承知だから、彼女の願いを無碍に断るのは気が引けるだろう。下手にウラド公を刺激して、目をつけられたらたまったもんじゃない。

 と言うわけで、隣国は特に俺が囁かずとも、厄介事を受け入れてくれたミレニア王国に対し、内心ホッと胸を撫でおろし静観するというのが俺の予想だ。


「隣国はいい。だけど、帝国はオーク受け入れを神輿にしてミレニア王国に仕掛けてくるかもしれない」

「それ、あなたの国がまずくない?」

「いや、そもそも帝国は獣人に対する対応で難癖をつけてくることだってできるし、きっかけは何でもいいんだ。俺も帝国と一度は事を構えることになると思っているから」

「そう、面倒な人たちね」

「ミレニア王国は構わないのだけど、君のことを出汁に使われる可能性があるってことを伝えておきたかった」

「それならそれで望むところよ。領地が立ち行かなくなるなるから、オークを移住させてもらって帝国とドンパチになるのなら……わたしも」

「いや、君が自ら出ることはしないで欲しいんだ。それをすると、君が今まで築いてきた平穏が失われてしまうかもしれないからな」

「男らしい……惚れてしまうかも。でも、顔を見たら男らしくない」

「ほっとけ。でも、一つだけお願いしたい。帝国とのやり取りの中で、ウラド公の名前は出さなきゃならなくなる」

「それくらい、もちろんいいわよ。やっちまいなさいなー」


 「おー」と右腕を上にあげるウラドこと佐枝子に「本当に分かっているのかこいつ」と少し不安になった。


「ウラド公国の立場が、変わらないようなるべく配慮をする」

「うん。それでお願いします。あ、そうだ」

「ん?」

「うまくいったらのご褒美!」

「だから、男も女も要らんて」

「えー。じゃあ、わたしへのご褒美は?」

「血か……」

「ちょっとだけ、先っぽだけだから」

「……献血くらいいいかと思っていたけど、ちょっと嫌になってしまった」

「そんなご無体なあー」


 しっしと佐枝子の手を払い、桔梗の隣に移動する。

 

「ウラド様。血でしたら桔梗の血では駄目でしょうか?」

「桔梗ちゃんの血……それはダメよ。わたしには眩し過ぎるわ。もっとこう腹黒い濁った血じゃないと」

「おい!」


 俺に変わって献血を申し出た桔梗に対するウラドの言葉に思いっきり突っ込みを入れてしまった。


「冗談よ。冗談。濁った血は余り美味しくないし。聖女さま知らない? とってもおいしそう」

「……まだミレニアに着かないのかねえ。とっとと政務に戻りたいよ」

「あれ、怒ってる? 怒ってないよね」

「別に」

「ツンとすねた顔も可愛いなんて卑怯よ」

「拗ねてないわ!」

「だから、冗談だって言ってるじゃないのお。転生者の血って飲んだことないから、どんな味がするのかなあって」

「分かった分かった。ほら」


 腕をまくって、佐枝子にどうぞとばかりに差し出す。


「じゃあ、いただきまーす。むちゅう」

「う……」

 

 抱きつかれて口を塞がれてしまった。

 こ、こいつどこから血を吸うってんだ?

 ぬめっとしたものが口内にい。


「ぷはー。普通の人間と味は変わらないのね。でも、おいしかったです。ありがとうー」

「あれで、血を抜いたのか? 全く痛みがないし、血が抜けた感もないんだけど」

「ちょこっとだけって言ったじゃない。小指の先くらいよ。もっとくれるの?」

「そうだな。帝国とのドンパチが終わったら、少しくらいはいいぞ。迷惑をかけるわけだしな」

「やったー。楽しみに待ってるー」


 バンザイする佐枝子は純粋に喜んでいる様子だった。

 巨大な帝国と小国であるミレニアが戦争をするかもというのに、彼女は俺が敗北するなど微塵たりとも疑っていないんだな。

 不覚にもそれが少し嬉しくて、くすりとくる。

 

「あれ、わたしとのちゅーが嬉しかった?」

「そこじゃねえよ! 桔梗じゃなくてよかったとホッとしている」

「わたし、男も女も差別しない主義なの」

「君の趣味は聞いてない。お、城壁が見えてきたな」


 前方の窓からミレニアの誇る城壁が遠目に映る。

 こいつと遊んでいるのも、もうすぐ終わりだ。

 相手をするといろいろ疲れるウラドだけど、いつも政務でピリピリしているので、身分なんて関係なく冗談を言い合える彼女との時間はいい息抜きになった。

 たまになら、彼女と遊ぶのも楽しいかも、なんて思いながらミレニアの街に到着する。

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