第31話 カボチャの馬車
「イル様。ウラド公をお通しいたしました」
「うん」
ぶすーっとしたまま、報告にきたベルナボへ応じる。
俺の嫌そうな態度に彼も苦笑いだ。
ふうと息を吐きつつ、重々しく立ち上がる。
すると、見かねたのか空気に耐え切れなくなったのか、ベルナボが表情を曇らせおずおずと口を開く。
「イル様。別の者に対応させますか?」
「いや。俺じゃなければダメだ。街の外で俺の姿を見られているし、結局は俺がでることになる」
カボチャの馬車が通って行く様子を横から見ていただけだけど、ね。
あの時は女装していたから、これから公にあったとしても俺だと分からないかもしれないが……本質はそこじゃあない。
「承知いたしました。しかし、どのような方がお相手であってもまるで動じないイル様が、このような」
「ウラド公のことはベルナボも知っているだろう?」
「ご本人にお会いしたのはこれが初めてではありますが、公のことは存じております」
「今になって何で奴が動き出したのか、何を求めてここに来たのか……頭が痛いよ」
「ウラド公は人非ざる者ではありますが、友好的だと聞き及んでおります。これまでも、人間側から公へ攻め入ることはあっても公からはありません」
「うん。人間がちょっかいを出してきても、振りかかる火の粉を払うだけで、攻勢に出なかった。とても寛大な心を持つ人だとは思うよ」
ウラド公は、人ではない。
首の無い馬を乗馬とし、黒色と薄紫色を好む。嫌いなものは太陽の光。
公は人ではない者とはいえ、獣人のような亜人に分類される者じゃあない。
高度な知恵を持った人外……魔物の一種なんだ。俺の前世知識だと、モンスターの中のアンデッドに区分される。
ベルナボの言う通り、人外である公は討伐対象として人間の勇者たちに幾度となく挑まれた。
しかし、公はその全てを打ち倒したのだ。
勇者たちを倒してのける人外である公ならば、人間側に大損害を与えることもできただろう。
公は人間を殺しまわるのではなく、対話を呼びかけた。
慈悲深く誇り高い人外に対し、人間側の国家は敬意を示し彼の領域を定め、ウラド公国とするのはどうかと提案する。
公がそれを受け入れたため、ウラド公国が成立し公と人間の友好関係が築かれた。
……というのがもう百年以上前のことと聞いている。
「公は信じられないほどの武勇を持つ方であることは間違いありません。ですが、むやみに手を出す方でもありません」
「身の安全は特に心配していないさ。ずっと領地から出ることが無かった公がどうしてまたというところだよ」
「おっしゃることは重々承知しております」
「面倒事じゃなきゃいいんだけど……」
こっちは政務でいっぱいっぱいだから、なるべくなら穏便にお帰り頂きたい。
しかし、俺の社畜センサーがビンビンとアラートを鳴らしているのだ。
◇◇◇
不安を抱えながらも、公を待たせている居室に入る。
「え……」
公の姿が余りにも意外なものだったため、思わず声が出てしまう。
「あら、こんな可愛らしいお嬢さん……いえ、男の子だったなんて意外だわ」
「私もです。失礼を承知ですが、ウラド公ご本人でお間違いないでしょうか」
「長身痩躯の青白い顔をした男の人だとでも思った? あはは」
カウチに腰かけたままカラカラと笑うウラド公の口端から白い牙がのぞく。
ウェーブのかかった長い金髪に赤い目。小悪魔的な顔貌をし、黒をベースに薄紫が混じったレースの多い衣装に身を包むその姿は、愛らしい人形のような少女だった。
高校生くらいに見えるが、見た目通りの年齢でないことは明白だ。
ウラド公が代替わりしたという話は聞いていないからな。人外たる彼女には時の流れなどどこ吹く風といったところか。
そんな彼女はひとしきり笑った後、値踏みするように俺を見つめてくる。
まずは自己紹介からだな。
「イル・モーロ・スフォルツァです。以後、お見知りおきを。遠路はるばるお越しいただき、ご足労をおかけいたしました」
「カーミラ・ウラドよ。二人きりでお話しがしたいわ。いいかしら?」
付き添っていた護衛の騎士とベルナボに向け、顎で外へ出ろと指示を出す。
彼らは戸惑いつつも、再度俺が「出ろ」と示すと「何かあればすぐにお呼びください」との言葉を残し、部屋を辞した。
「これでよろしいか?」
「まだ二人もそこにいるじゃない」
にいいっと深紅の唇の両端をあげ、ピンと人差し指を立て天井を指さすウラド。
愛らしく首を傾けたその姿にギクリとはせず、やはりかと苦笑する。
彼女が幾多もの勇者を滅ぼしたほどの実力者ならば、そら気が付くか。
「……九曜、桔梗。少し離れてくれ」
「……グッド」
「今度こそ、これでよろしいか?」
「そうね。それはそうと、変わった名前の従者を連れているのね」
「ピケの辺りで稀に見る名前です」
「ふうん。まあいいわ」
ウラドは自分の髪の毛を指先でくるくる巻きながら、つまらなそうに応じる。
一方で俺は彼女の観察を続けていた。
彼女の小さな胸は上下していない。まばたきも必要ないのではと推測できる。
彼女は自分が喋る時に一度だけまばたきをしていたが、会話する時の自分の魅せ方としてまばたきをしているだけだと思う。
俺をじっと見つめていた時は一度たりともまばたきをしなかった。
口から伸びる牙も、人や獣人のものとは異なる。
「わたしに興味があるの? そんなに見つめて」
「これは失礼。人非ざる者にこれまで会ったことがなく、つい」
「へえ。ヴァンパイアってやっぱり珍しいの? わたしも同族に会ったことがないわ」
「少なくとも私は会ったこともなければ、噂を聞いたこともありません」
「天涯孤独……かあ。でも、今に始まったことじゃないし。見るならいくらでも見てよくってよ」
口調が安定しねえな。
どこまでが演技でどこまでが本心か見えてこない。
コケティッシュな笑みもどこか嘘くさい。
「単刀直入で申し訳ありません。ご用件をお聞かせいただけませんか?」
「おもしろいことをしていると聞いて。あなた、種族平等やら獣人に土地を与えて、なんてことをしているって本当?」
「はい。獣人や貧困層が街でスラムを形成し、遊ばせておくより有り余る土地を使おうと」
「ふううん。そうなんだ。わたしは百年以上、王国を見ているけど、獣人を使おうなんて案は思いつきさえしないと思うんだあ」
「それは……どういう」
「あなた王族? それともピケかどこかの出身?」
「元第四王子です。ですので、王位継承を行い、ミレニア国の王となりました」
「獣人を、って発想が王族から出て来るとは思えないわ。あなた、何者なの?」
「俺はイル・モーロ・スフォルツァ。元第四王子。それ以上でもそれ以下でもない……ひゃ」
ペロン。
言葉を言い終わらないうちに、ウラドが俺の視界から消え、頬にねとりとした何かが這う。
それは、彼女の真っ赤な舌だった。
目に見えない速度で彼女は俺の横でしゃがみ、下からなめあげるように俺の頬へ舌を伸ばしていたのだ。
「この味は……嘘をついている味だぜ」
「な……」
俺から離れ、べーっと舌を出すウラド。
こ、この女、ひょっとして?
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