第22話 実利を取れ

 王国全体では異なるが、王領では住民の移動を制限していない。農村から都市に出てくることも自由である。

 重税が課されたことでにっちもさっちもいかなくなり土地を捨て、都市部に流入した農民もいた。余り数は多くないのだが……。

 というのは、農民は貴族と比べれば微々たるものだけど、自分の土地を所有している。街に住む者も土地を持っているものの、自分の住宅や店舗くらいのものだ。

 もちろん、街には店舗や住居を貸し出している土地持ちもいる。だけど、ピケを除き、多くの土地は領主の所有する土地であることが常だ。

 王都もまた同じ。王都ミレニアを囲む城壁の内側のうち、半分以上は王領になっている。

 城壁の外側は王直轄地なので、ここもまた王領だ。

 話がそれてしまったが、農村部は人の流入がないため徐々にではあるが人口が減っていっている。

 村の人口が減り過ぎてしまった場合は、別の村に移住させていた。もちろん、行った先の村の土地を与えて。


「諸君。私は何も獣人だけでなく、街にいる者の中から希望する者がいれば土地を与えるつもりだ。これまで、街から農村へ民が移住する仕組みがなかった。私は王領を民に与えることに対し、忌避することなどない。むしろ大歓迎である。村と村の距離が離れてしまったのも、村々の統合があってのこと。廃村ならば、多少の整備は必要だが、何もないところから家を建て、開墾することに比べれば遥かに楽に済む。当年から種を植え、作物を育てることだってできるだろう」

「イル様。あなた様の提案に、このベルナボ、感激いたしました!」


 ベルナボと名乗った先ほどの文官が胸に拳を当て、深々と頭を下げる。

 

「街に愛着がある者、家がある者もいるだろう。そのような者のうち、街での仕事がうまくいっていない者については街の外側の土地を与える。開墾が必要だが、街から近いため、魔物の襲撃に怯える心配もなかろう。どちらがよいか、民に選ばせればよい。どうだ? この仕事を差配しようという者はいないか?」

「是非、私に!」

「いえ、私に!」


 文官らから次々に手があがった。

 もはや彼らの目には獣人がどうといった色はない。

 彼らは旧政権にあって、煙たがられながらも仕事ができることから外されなかった者達なんだ。一国の内政業務を実質、支えていた者たちといっても過言ではない。

 そんな彼らだから、俺が述べたような街と農村の人口バランスの不均衡のことだって把握しているだろうし、多くの者は解決策について考えを巡らせたことだろう。

 旧政権ではこんな案、とてもじゃないが実行できるものではなかった。

 それが正しいと分かっていても、獣人の権限を変えることも王の土地を分配することも、もってのほかと取り付く島もなかったはず。

 お荷物たちがまとめて去ってくれたおかげで、こうして冷徹に計算して実利が大きいならば是とするこれまでの習慣に囚われない者達が残ったというわけだ。

 

「王よ。愚問かと存じますが、あえて無知な吾輩に聞かせていただけないでしょうか?」

「もちろんだ。騎士団長」


 公の場では、遺憾ではあるもののトリスタンに対し王のように振舞わせてもらう。

 「あえての聞き役、ありがとうございます。先生」と心の中で呟きつつ、彼に続きの言葉を促す。

 

「廃村に再び活力を与える。まさに賢者の案、感服いたしました。ですが、街の周囲の土地を与え、治安上、更には土地を与え過ぎたことによる王権と収入に与える影響はいかがなものでしょうか? 土地を『貸し与える』でもよろしいのでは?」

「確かに。小作をさせる、こともいずれ必要になってくるだろう。だが、自分の土地と借地でいつ追い出されるのか不安に怯えながらでは単年度で見ても収穫に違いがでるかもしれない。更に、十年後、二十年後を見据えた場合どうだ? 自分の土地ならば、より作物が収穫できるよう策を講じるものではないか? 土地とはただ持っていても銀貨一枚の価値もない。そもそもだ。騎士団長。王国の富とは何だ? 土地か?」

「土地もございましょう。領土というものは王の力の象徴です」

「否。国としての領域を護る、または、街道や城壁、王城など公共の場を提供するといったことに土地は必要だ。だが、最も大きな力は税による収入に他ならない。王とは国であり、国庫もまた王である。つまり、王国民が豊かになれば、税収が増え、国庫も潤う。土地を与えることで収益が増えるのなら、喜んで土地を与えよう」

「深いお考え、拝聴させていただき感謝の念を禁じえません。このトリスタン、あなた様の政策に全面的に賛成いたします」


 感じ入った様子のトリスタンが片膝を付き、頭を下げる。

 王領ってのは要するに国有地なんだ。過剰に持ち、荒地のまま放置なんてせっかくの土地が無駄になる。

 何のための国土なんだって話だ。

 トリスタンとの会話が終わったところで、今度は再びベルナボが顔をあげる。


「抜本的な改革に感激で涙が止まりません。ですが、イル様。資金はいかがなさるおつもりでしょうか? 街より税収が入りますが、農村からも前年度同様、重税を課しますか?」

「街は昨年と同率を維持。農村に関しては前年比二割まで落とす。持ち逃げされているから、財宝を換金することもできない。だが、資金は向こうからやってくる。そうだな。長くて七日。早ければ明日にでも」

「案がおありなのですね! 是非、お考えをお聞かせいただけますか?」

「事が起こってから説明する。まだ不確定だから、不用意に騒ぎ立てたくない」

「承知いたしました」


 この案は理解してもらうに冷静な文官たちでも結構タフになるんじゃないかと思っている。

 なので、思惑通りに向こうがやってきた場合、改めて場を設けよう。

 

「諸君、細かい施策はまだまだあるが、大きな指針は伝えた。各自に判断を委ねる。私を支持する者は明朝、この場に来てくれ。一つだけお願いしたい。来なかった者に対して揶揄することを控えて欲しい。私はまだ諸君らに命じることはしない。だが、明日、集まった者についてはそれぞれの役目を任じ、命じるようにするつもりだ。では、この場はこれで解散とする」


 演壇から降りようとすると、拍手が巻き起こりそうになったがこれもまた腕をあげて制した。

 まだこの場では拍手を受けたくない。俺の考えを聞き、判断してもらう場なのだから。

 俺を支持し、参じてくれた暁には……。

 

 カツカツカツと響く自分の足音が妙に大きく聞こえた。

 そのまま振り向かず、大広間を後にする。

  

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