第17話 斬り込むぞ!

 勝手知ったる王宮の中へ一歩踏み出す。たった一ヶ月と少し離れていただけだというのに、これだけで妙に懐かしい気持ちに襲われる。

 しかし、ここで郷愁に浸っている場合じゃないことは、重々承知しているさ。

 王宮の地理なら、任せろ。何しろ生まれてこの方ずっとここで暮らしていたからな。

 

「できればこのまま全員で中庭まで進みたい。兵が準備を整え出てくるまで、まだ少しの時間があるはず」

「指示だけおくれ。あたしらにとっては初めての場所だからね」


 一応事前に王宮の見取り図は共有している。侍女や執事を含む使用人たちと王族の居住空間は中庭を隔てて分断されているんだ。

 警備のために、中庭から王族の間に続く道は一本のみ。

 

 物音が鳴り響く使用人の居住空間を一直線に進む。

 

「よし、中庭が見えた。ぐ」

「イル!」


 突如行く手にキラリと光る何かが見え、とっさに後ずさる。

 間一髪、長剣を躱すことができた。


「っち。外したか」


 舌打ちする男の声と共に三本ローズの男二人が立ちふさがる。

 鎧を綺麗に着こなしていることから、こいつらは元々警備に当たっていた兵だと予想できた。

 だが、隙を見せ過ぎだ。

 長剣を振り下ろしたまま無防備になっていた男の首元目掛けて、腰から抜いた剣を薙ぐ。

 すっと切れ目にそって体全体の力を使って剣を振り抜く。

 男の首から鮮血が噴き出し、そのまま横向きに倒れ込んだ。

 

 動揺するもう一人の騎士だったが、気の迷いが致命的となった。

 既に行動していたライオン頭の大槌によって頭をかち割られ男は動かぬ躯と変す。

 

「変わった形をした剣だね」

「こいつは力の無い俺が考えた特別性……ってほどでもないんだけど、力より技巧で『斬る』サーベルって剣なんだ」

「へえ。あんた細いもんね」

「一言余計だ」


 アルゴバレーノと言い合いながらも、足を止めず中庭まで出る。

 走りながら剣を払い腰の鞘に戻した。洗わぬまま鞘に戻すと鞘の掃除が大変なんだけど、今はそんなことを言っていられない。

 サーベルは長剣より幅が細い反り身の剣なだけに、鞘も同じく曲がっている。なので、掃除がし辛いってわけだ。

 エペのような刺突に特化した剣の方が軽いのだが、あちらは折れやすく相手の剣を受けることもできないので、乱戦に向かないと判断した。

 本当は長剣を扱えれば、力任せに叩きつけるだけでも相手を仕留めることができて何人も倒さなければならない場面に向く。

 だが、重すぎる。

 俺は長剣での修行をすぐに諦め、サーベルの「斬る」ことに特化した修行を行ったんだ。合間合間にエペの修練も積んだ。

 それだけじゃない。

 背負った小ぶりの弓を手に取る。

 

「来たぞー! 賊……ぐ……」

 

 叫ぶ三本ローズだったが、額に矢が刺さり後ろ向きに倒れ伏す。

 倒れた騎士に続き、中庭から王の居住空間に続く道から、わらわらと騎士が出てくる。

 

 シュン。

 風を切る音と共に矢が出て来た騎士の額をまたも貫く。

 続いてもう一発。

 更にもう一人、仕留めた。

 

「イルの旦那。やりますな」

「ダンダロス。君のパワーもなかなかのもんだぜ」


 ひゅーと口を器用に尖らせ声をかけてきたライオン頭ことダンダロスに向け片目をつぶる。

 三人か。成果は上々。持ってきてよかったぜ。

 剣しか持たぬ相手なら一方的に仕留めることができるからな。この近距離だったら、俺でもヘッドショットできる。


「賊め! よくも!」


 恨み言を奴らがわめいている間に、距離を詰めて行く。


「よし、このまま奴らを通路側に押し込め」

「任せな」


 俺に号令に対し、ダンダロスが前に出る。

 

「うおおらあああ」


 中庭に出て来ようとした騎士たちの前に仁王立ちになった、ダンダロスが力任せに大槌を横向きに振るう。

 喰らうとタダではすまない大槌にたまらず前に出ていた騎士が後ずさった。


「ぐ……が……」


 大槌だけが攻撃じゃないんだぜ。

 一番手前にいた騎士の額にナイフが突き刺さった。

 太ももの辺りに投げナイフを数本仕込んでおいたのだ。

 おっと、うまく行ったからといって悦に入っている暇はないぞ。

 

「アルゴバレーノかカラカルのどちらかが後ろを固めてくれ。使用人出口の方だ」

「カラカル、頼んでいいかい?」

「承知」


 アルゴバレーノが傍らにいた豹耳の優男ことカラカルの肩をポンと叩く。

 中庭には率いてきたアルゴバレーノ隊が集合している。この人数になると中庭も狭く感じるほどだ。

 使用人の居住空間から中庭への出口は二か所。

 そこを50名ずつ、計100人の戦士で死守する。出口は今俺たちが向かう先の道と同じで人間が横に二人並んで武器を振るうのが精一杯の広さしかない。

 入れ替わりで戦っていけば、犠牲も少なくすむし時間も稼げる。

 

 残り50名はこの先を突破するために全力を尽くすのみ。

 

「いいかみんな! 四つ葉のクローバーを掲げろ! 正統な王権を持たぬヴィスコンティは王を僭称する反逆者だ! 正義は我らにあり!」

「おおおおおおお!」


 中庭全体に響き渡るよう力一杯叫ぶ。

 アルゴバレーノ隊は移動しつつも四つ葉のクローバーを掲げ、勇壮な声をあげる。


「突っ込むぞ。俺とダンダロスに続け!」

「行くよ。野郎ども!」


 ダンダロスと並び前方右側の騎士に狙いを定める。

 ここからが本当の戦いだ。これまでは不意を打って仕留めてきたに過ぎない。

 

「何を言うか。ヴィスコンティ様こそが王に相応しい」


 そう叫びながら、切り込んでくる騎士の長剣に対し上半身を右に反らし躱す。

 そのままの姿勢で奴に向け力強く宣言してやる。

 

「四つ葉のクローバーこそ王家の紋。王家とはヴィスコンティではなくスフォルツァ家である」

「前王は農民を見捨て、重税を課し、逃げ去った。凡そ王には相応しくない。見るに見かね挙兵したヴィスコンティ様こそ国をまとめるに相応しいのだ」


 戯言を。真に国を憂いているのなら他にやりようがあっただろう。王になってからヴィスコンティが何をした?

 前王とさほど変わらない。

 ダンダロスの大槌に巻き込まれぬよう右へ半歩移動する。


「おい、犬耳の二人。今から言う俺の言葉を壊れたスピーカーのように繰り返せ」

「壊れた……なんでやす?」


 後ろに控える犬耳の二人に聞こえるよう大きく声を張り上げた。

 

「我こそはイル・モーロ・スフォルツァ! 前王から王位を引き継いだ正統な王である! 王に対するは反逆者であることを心せよ! 白旗を上げる者には慈悲を与える!」

「な……第四王子……だと」


 俺と切り結んでいた騎士が動揺し、かすれた声を漏らす。


「そうだ。降伏するか?」

「何を言うか、その首、ヴィスコンティ様に捧げよう。さぞお喜びになることだろう」


 まあ、そう言うと思ったよ。こいつらを養っているのはヴィスコンティだからな。

 辺境にいた頃のヴィスコンティの私兵と今の私兵の数が同じとは思えない。つまり、辺境から得る税だけでこいつらを賄えているわけじゃあない。

 後は言わずとも、分かる。

 ヴィスコンティにとって、三本ローズの騎士たちは切ることができない者達なのだ。そもそも彼はこいつらを解雇するなんて発想そのものがないだろうな。

 だが、こいつらこそヴィスコンティの足かせにもなるというのに。

 

「だから、ヴィスコンティはセンスがない。考えがない。地方の領主がお似合いなんだよ!」

「なんだとおおお!」


 激高し我を忘れたのか隙だらけだぜ。

 大槌の動きをちゃんと見ていなかった騎士の肩先を大槌がかすめる。

 たったそれだけで、よろける騎士。全くとんでもない威力だな、大槌。

 

「ぐああああ!」

「地獄でヴィスコンティと仲良くするといい」


 がら空きの首をサーベルで切り裂く。

 絶叫をあげ倒れる騎士に向け、吐き捨てるように呟いた。

 と同時に、ダイダロスが相手をしている騎士に向け矢筒から引き抜いた矢を投げる。

 ちょうど奴の視界に入るように。

 それに気を取られた騎士はダイダロスの大槌をまともにくらい、鎧がぺしゃんこになって地面に崩れ落ちた。

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