第13話 つかの間の休息

 班長を失ったE班エコーの班長を兼ね、そして作戦の総指揮をとっている細川の指示に従って、D班デルタE班エコーの九人は、密集して建てられている建物をめるように調べ、黒スーツたちを倒していった。


 何度か激しい銃撃戦があり、デルタは班員をまた一人失った。


 持ってきた弾だけでは不足していたが、その辺の迷彩服からもらった。全て撃ち尽くしていた隊員もいたが、大体は使い切る前にやられてしまったらしく、マガジンの補充には困らなかった。


 穴の開いた何台もの戦車は使い物にならなかったが、車両搭載の機関砲ガトリングは動いた。車を動かせなくても、敵をおびき寄せれば戦力になった。


 滑走路には墜落した戦闘機の部品が散らばっていて、流れ出たオイルが染みを作っていた。いくつかの格納庫ハンガーは破壊されていたが、瓦礫がれきをどかしたり、修理をすれば動かせそうな機体もあった。


 グレネードがたんまり残っていたのがありがたかった。かろうじて使用歴のある隊員がランチャーをぶっ放せば、黒スーツたちがばたばたと倒れていく。


 爽平は、これまで装備が不足していたことを実感した。


 そして、これだけの火力がありながら基地を守れなかったとう事実に愕然がくぜんとした。戦闘の痕跡から、彼らは黒スーツたちに囲まれ、四方八方から光弾を受けたことがわかっていたが、それにしても、たった一発当たればいいだけの相手に負けてしまう程なのだから、猛攻撃だったのだろう。


 周囲を捜索し終わったあと、細川は作戦終了の判断をした。あとはここを守りつつ陣地を広げていくだけだ。


「こちらデルタ。基地の奪還に成功した。殲滅せんめつの要員を求む」

『司令部、了解した』


 無線の向こうで、「やった!」と叫び声が上がるのが聞こえた。




 基地から送られてきた追加要員と協力して、夜を挟んで基地の敷地全体の掃討が終わった。基地間の経路を維持しつつ、二つの基地を守備しなければならなくなったわけだが、火力の拡充により可能になった。


 駐屯地ちゅうとんちに戻ったデルタとエコーには、褒賞として次の日の休暇とアルコールが解禁された。渡されたのは奪還した基地近くのコンビニから拝借したものだ。B班ブラボーは全滅していた。


「俺、未成年なんですけどね」

「カタイこと言うなって。スズモリなんてあの通りだ」


 細川があごで示した方を見ると、鈴森が真っ赤な顔でこっくりこっくりと舟をこいでいた。


 いま襲撃がきたらどうするんだと呆れる。


 派手に戦ってあれだけの黒スーツを始末したのだから、付近にはもうほとんど残っていないだろうとはわかっていても、照準があわなくなるほどべろんべろんに酔う気はなかった。


「エグチさんが死ぬなんてなぁ……」


 ぽつりと細川が言った。


 人が死ぬことには慣れた。一緒に車に乗り込んで基地からでた班員を、遺体袋に詰めて荷台に乗せることは何度もあった。最近こそ機会は少なくなってきたが、全くないわけではない。今回も二人失った。


 だが、江口の死は、爽平の心に重くし掛かった。爽平を育ててくれたのは江口だ。漏れ聞こえてくる他の班のことを聞くと、特攻するような無茶な命令が下ることもあるという。江口もあることはあったが、理不尽ではなかった。


「もうオマエだけなんだな」


 細川がグラスをあおった。作戦前に、細川もかつてのD班を思い出していたのだろう。


「オマエは生き残れよ!」


 何も言えないうちに、ばしっと爽平の背中を痛いほどに叩いて、細川はもう一人の隊員の所に行ってしまった。


「痛いっすよ……」


 爽平はそう呟いて、ぐっとグラスをあおった。




 盛り上がる会場から抜け出して射撃場の裏に行くと、美彩みさがいた。


「あっちじゃないのか?」

「戻って来た。滑走路が使えなくて」

「そっか」


 爽平は美彩の隣に座って壁にもたれた。


「酔ってるの?」

「ああうん、たぶん」


 酔わないと決めていたのに、爽平は弱いたちだったようだ。グラス一杯で真っ赤になってしまった。そういえば父親もビール一缶で酔っていた。


「まだ未成年でしょ?」

「そうだけど、そろそろ成人」

「え? 嘘、そうだ、もうすぐ誕生日じゃん! 十八になるの? やだ、言ってよ~!」

「ああ、うん、ごめん」

「もう! 私ばっかりお祝いしてもらっちゃって悪いじゃない」


 美彩は手首のあたりをさすった。そこには爽平が誕生日にあげた細いブレスレットがついている。


 量販店に行ったときに宝飾店からってきた。ショーケースが割られ、荒らされていたが、宝石のついていない物は残っていた。何がいいのかわからなくて、電気のついていない暗い店内で、邪魔にならない物をと選んだ。


 ということは、美彩と付き合うようになってから、もう半年以上たつことになる。


 爽平の生活の中で、日付はもう意味をなしていなかった。曜日も祝日も関係ない。作戦行動をするときは、何日後なのかだけが重要で、何もない日は朝言われた所に行って、黒スーツを殺し、ドローンを落とす日々だ。


 上着を着ていても夜に外でじっとしているのは少し寒かった。温暖化でずいぶん温かくなったとはいえ、冬は冬だ。見上げると、オリオン座がよく見えた。


「今日、江口サンが死んだ」


 大気の揺らぎで瞬く星空を見つめながら言った。一定間隔で遠くに見えるホタルのような白い光は、見回りの隊員たちのものだ。


「江口さんって……E班エコーの江口さん? 嘘……」


 美彩が息をのんだ。江口のことは美彩に何度も話しているし、班長クラスの人間を知っている者は多い。それだけ人がいなくなっていたし、長く生き残っている隊員は少ないのだ。


「中村サンが死んで、とうとう江口サンまで……。あとは細川サンだけだ」


 爽平は細川と同じことを言った。最初に配属されてから、爽平はD班デルタしか知らない。ずっと江口の部下であり、細川の部下だったのだ。他の班と合わさるときも、デルタに吸収合併される形でデルタは残ってきた。


「ごめん。美彩も班員を亡くしてるのに」


 今日、デルタが応援要請したとき、現れた飛行部隊オメガは一機少なかった。途中でドローンと衝突したのだと聞いた。バードストライクのようなものだ。運が悪かったとしか言えない。


「ううん。仲間を失った悲しみはその人のものだから」

「悲しみ……か」


 爽平は呟いた。


 悲しいのかどうかはわからない。父親のときと一緒だ。いなくなってしまったという深い喪失感はあるが、悲しみとは違う気がした。


 それよりも強く思うのは、やはり「死にたくない」という思いだった。自分の死を考えると、背中から何かが追いかけてくるような恐怖があった。爽平は周囲の人間よりも特別その思いが強いことに自分で気がついている。


「爽平くんは大丈夫だよ」


 美彩を見ると、美彩はにこりと笑った。


「私が守るから」


 爽平がぱちぱちとまたたきをした。


「美彩が、俺を?」

「そうだよ。爽平くんのピンチに飛んで駆けつけて、あいつらをやっつけるの!」


 美彩はパンチをするように、両手を振り回した。


「もう、どうして笑うの!?」

「ごめんごめん。今までも助けてもらってたよ。昨日だって助かった」

「でしょー?」


 美彩は腰に手を当てて、得意げに胸をそらせた。


「ミサイルも部品も燃料も手に入ったから、これからはもっと飛べるよ! だから爽平くんは大丈夫」

「うん、頼んだ」


 爽平は美彩を抱き締めた。


「美彩、ありがとう」


 触れあった首が温かくて、美彩のせいが実感できた。まだ美彩は生きている。


 爽平は、美彩の耳あたりに手を添えてキスをした。背中に回していたもう片方の手をさ迷わせる。


「んっ、ちょっと待って、ここじゃ――」


 さすがに服を脱がすには寒すぎた。


「部屋に行こ?」


 上目遣いに言った美彩を、爽平は宿舎に連れ込んだ。

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