第2話 謎の計画ウナズラプハーモ

 ティムは今日まで日々で体験した冒険の数々をダイアナに語った。これまでに出会った最強の敵は古代の邪神ニャーマトゥだ。他には火炎を放射する巨大な蜥蜴の怪獣ガダイバ。そして数十人のガダイバ教の信者たち。ティムは彼らに捉えられて貼り付けにされ、もう少しで生きながらガダイバに食われるところだったのだ。他にも肉食獣に食われかけた経験は、数限りなくある。だから、ティムにとってさっきの鰐との格闘なんて日常茶飯事なのだ。

「信じられない!」ダイアナは叫んだ。「まるっきりあなたジョニー・ワイズミュラーね!」

 ティムは不思議な顔をした。「ジョニー……?」

「ワイズミュラー。ターザンの役者よ。知らないの?」

 ティムはジョニー・ワイズミュラーなど聞いたことがなかった。いや、グレゴリー・ペックやタイロン・パワーやクラーク・ゲーブルなんかも知らないのだ。そもそも生れてから一度も映画を見たことがないのだ。

「まあ、しかたがないか。こんなアフリカの奥地じゃあね」ダイアナは嘆息した。「まあいいわ。今度、映画雑誌を読ませてあげるから。古い記事でもちょくちょく読まないと、文明圏から遅れちゃうから」

「読ませる?」

「そうよ。アルファベットぐらいは読めるでしょ?」

「うーん……」

 なぜか分からないが、ティムは難しそうな顔をした。

「え? あなたまさか……アルファベットが読めないの?」

「いや、少しは読める。たとえば自分の名前ぐらいは……Tだろ……それにI……М……О……S……」

 ティムは足で泥だらけの下手な文字を一字ずつ書いてゆくのに、やけに地面に時間がかかった。このペースでは「ティモシー・ブルース」と書くのに何分もかかってしまいそうだ。

「そんなことより!」ダイアナは腹を立てた。「私のパパが心配だわ」

「君のお父さん?」

「ええ。カーティス・ハント」彼女は自慢げに言った。「大戦中は撃墜王だったのよ! ロンドン上空で何十機ものドイツ軍機を落としたんだって! ああ、昔はバーンストーマーだったらしいわよ。あたしの赤ちゃんの頃のことだったからよく知らないけど」

 しかしその言葉はティムにはちんぷんかんぷんだった。

「げきついお? ばあんすとーま?」

「分からないなら、とにかく『パパは偉い人』『英雄』だってことだけは知っておいて。大事なことだから」ダイアナは頬を膨らませて言った。「パパはしばらく前から引退して、アフリカのあちこちを飛び回ってるの。各地に手紙を届けたり、重要な荷物を配達したりね。あたしもパパの仕事を手伝ってるわ。飛行機の操縦はまだ無理だけど、荷物の配達ならお手伝いできるもの。

 ある時、奥地の村から届け物を頼まれたの。たいして難しくない仕事だし、簡単に終わるとばっかり思ってた。ところがどっこい、すごく面倒な仕事だったのよ。それは辺境の村で、普通は必要ないはずの真空管とか電子部品を注文する仕事だった。パパはピンときた。これはどこかの誰かが注文したものだ。彼らは辺境の村の誰かが注文したように見せかけて、真空管や電子部品をこっそりと密輸しようとしてるんだって。しかも共産圏じゃない……」

 彼女は「ふうっ」と大きな息を吐いた。

「ナチスよ。ナチスの残党がアフリカの奥地に隠れていて、そいつらがこっそり何かを作ってるんだって」

「何かって何?」

「わかんない。でもきっと恐ろしい武器か何かよ」

「ふうん……」

「だからパパは問題の電子部品の情報を流そうとしたの。でも電報を打つことさえできなかった。誰かに伝えようにも、無線すらも不可能で……おまけにナチスの奴ってすごい武器を持っているの。知ってる? ジェット機よ!」

「じぇっとき?」

「そう、最新型の飛行機よ! パパのようなプロペラ機じゃあ勝負にならない。最高スピードがまるで違うのよ! だからパパはあたしに望みを託したの。何とかして生き延びてほしい。誰かがナチスの陰謀を暴いてほしいって……」ダイアナの声はすすり泣きに変わった。「……それがパパの最後のメッセージ。あたしに生き延びるわ。何とかしてパパの言葉をみんなに伝えたいから……」

「そうか……」

 ティムは考え込んだ。もちろん彼女の言うことはぜんぜん分からない。しかし、彼女が父に深い愛をこめているとは確かだ。そしていたいけな少女を苦しめる者が邪悪な者であることも。

 もうひとつだけ、彼にも理解できることがあった。

「わかった。これからする話は白人の君には信じられないことかもしれない。でも僕は信じてる。だから君を連れていってあげる」

「ええ! 連れていくって……どこに?」

「君を待っている人たちだ。何十人もいる。きっと力を貸してくれるよ」

「ええ? 私に力を貸してくれる人がそんなに大勢? どこに?」

「実はこれから力を貸してくれるように頼みにいく予定だったんだ。ああ、みんな先住民だけどいいよね?」

「それはいいんだけど……でも、ドイツ兵ってみんな武装してるんでしょ? 勝てるの?」

「ああ、普通に戦っても絶対に勝てないな!」ティムは陽気に笑った。「ライフルやピストルがいくらあっても勝てないよ。こっちは一丁の銃もないんだから」

「だったらどうやって……」

「白人がまったく思いつかない方法さ。ウナズラプハーモ」

「ええ? ウナズラプ……」

「ハーモ。先住民の言葉だ」ティムはにやりと笑った。「そうか。君に分からないのならドイツ人にも分からないな」

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