ニートが魔法少女とオフ会したら地獄に連れてかれた。

夜橋拳

一章 ニートと魔法少女がオフ会したら地獄に連れてかれた。

プロローグ ニートのオフ会


 奇跡もあるもんだと初めて思ったのは小学三年生の夏のことだった。アイスのあたりが三回連続で当たったのだ。その時は友達と一緒に大爆笑したっけ。

 あの時は目を疑った。そもそも一店舗に三つもアイスの当たりがあることに驚いた。

 次の日は台風なんじゃないかと思った。思ったが台風は来なかった。

 三回連続といえど、たかがアイスである。儲かったのは三百円程度。それっぽっちで台風が来てたまるかと今では思う。

 だけど小学三年生の頃の三百円は貴重で、今持つ三百円と同じ価値とは当時は到底思わない。だから何か不幸ではあるのではないかと当時はよく怯えていた。

 まあ、不幸は日常レベルのことしか起こらなかった。給食のじゃんけんで負けるとか、テストで出席番号を間違えたとか、そんなレベルだ。だから俺は幸運に対する不幸という迷信を一切信じていなかったし、そもそも思い出すに至るほどの幸運は起こらなかった。


 今日までは。


 「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおぉおぉおぉおぉおぉお!!!」


 文字で起こしたらゲシュタルト崩壊が起こりそうなくらい「お」と叫びなくった。

 歓喜。生まれてきたことに感謝し、頭に痣ができるくらい土下座した。俗世に神は存在したのだ。

 久しぶりに出した声らしい声が歓喜の声とは俺はなんて幸せ者だろうか。

 ニート冥利に尽きる。十七年間生きていてよかった。

 SNSフォロワーにも感謝せねば、今度プレゼント企画でもやろうかな。

 暇すぎてSNSで適当なことをつぶやくことを極めた俺のフォロワーはなんと一万人である。彼女とお近づきに慣れたのはやっぱりフォロワーフォローバックなしで一万人というステータスが大きかった。

 俺の言う彼女とは、インターネットで魔法少女のコスプレの自撮りを上げている女性のことで、そのコスプレの完成度は本当に素晴らしい。どこをとっても完璧と言えてしまうほど忠実で、しかも画像を上げる頻度が多い。

 しかも、超絶美人。

 アニメの中からそのまま出てきたのかと思うほど端正で、一ミクロンも無駄のない美しい顔、さらに金髪碧眼という最高のコンボ。そう、そこだけでも美しさは十分に伝わるのだが、彼女を紹介するにはまだ足りない。

 彼女は俺と同じ高校生なのだが、とんでもなくグラマスなのだ! なんとDカップあるらしい!(特別に教えてもらったのだ!)

 そんな彼女――MeIさんと、なんと、なんと……!


 オフ会するのだあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 指定された場所は二駅先の喫茶店。しばらく外に出ていなかったが、まあそのくらい行けるだろう。

 オフ会の日程は明日、今日はまだ午前三時だがもうそろそろ寝ようと思う。


 *****


 起きた。

 昼だった。

 

 「さーて、朝飯作るか」


 欠伸を出しながら言った。本当は後四時間くらい寝ていたいが、今日は大事なオフ会がある。寝て過ごすわけにはいかない。

 ニート歴も長い。朝飯くらい作れる。というか、親が居ないので自分で作るしかない。


 「卵焼きでも作るか」


 昨日と同じだが……まあいいか。


 卵焼きが出来た。今日はチーズを入れてみたんだが、どんな感じだろうか。


 「美味い」


 チーズのとろみが卵の味を引き立てている。

 まあ不味くはない。明日も作ろう。

 何かを食べたら歯を磨く。清潔感くらいないとMeIさんに引かれてしまう。どうせ引かれるなら惹かれた方がいいわな。

 歯も磨き終えたところで顔を洗う。俺の美意識は高く、毎日化粧水をつけて寝るくらいだ。これをSNSで呟いたら『美意識高いニートwww』と過去最大の反応を貰った。腸が煮えくり返るかと思った。

 顔も洗い終わり、

ついでに髪も整えた。

 服選びだ。


 「う~む」


 服なんて外でないから気にしてなかったんだよな。何を着ていけばいいかわかんねえ。

 そうだ! フォロワーに聞こう!

 俺はスマートフォンをでSNSアプリ、TUMILTUTA《つみったー》を開いた。

 最近こういうSNSに犯罪行為を乗せる馬鹿者がたびたび現れるので神聖なる我らがTUMILTUTA《つみったー》が人生TUMILTUTA《つみったー》と呼ばれ、避難されることがある。不快不快。

 俺は慣れた手つきでツイートした。


 『女性と会いに行くのですが、最近流行りの服がわからず、何を着ていけばいいのかわかりません。親切な方、教えてくれませんか?』


 よし、後は反応を待つだけだ。

 俺の忠実なフォロワー達はすぐにリプを返してくれる。


 「おっ」


 そんなことを考えている間にもうリプが来た。

 流石は俺のフォロワーだ。主が助けを求めていたら平日の昼間だろうとすぐに来てくれる。これはプレゼント企画の当選人数を倍に増やしてもいいかもしれない。

 リプは三人だった。全員バレリーナの衣装の画像をリプしていた。


 「〇ね!」


 俺はスマホをソファーに投げつけた。

 なんだバレリーナって、女と会いに行くんだぞ? 舐めてんのか? 野郎共大喜利じゃねえんだぞ。


 『野郎共大喜利じゃねえんだぞ』


 「おかしいだろ! おい! なんでこんなツイートが伸びるんだよ! 昨日の渾身のギャグは全然伸びなかったのに!」


 数秒で百いいねを貰った。

 畜生、凡人を頼ったのがいけなかったか。薄情な奴らだ。仕方ない、一張羅で行くか。はっぴとペンライトどこにやったっけ……。

 そんな時、通知が鳴った。

 相互フォローしている数少ないうちの一人。こじろうさんからのリプだった。


 『パーカーとジーパンでいいんじゃね』


 というリプと共にパーカーとジーパンを着ている男の画像が送られてきた。ええやん。

 流石こじろうさんだ。俺はこじろうさんのリプにいいねを押し、リプ欄に『採用』と送った。

 俺はパーカーとジーパンを装着し、試しに鏡で自分の姿を見てみた。


 「ええやん……」


 と自分で言えるくらいには似合っていた。流石こじろうさんだ。後でお礼のDM《ダイレクトメール》を送っておこう。


 身支度が整ったところで、そろそろ出発しようと思う。

 それにしても、女性と喫茶店に行くなんて久しぶりだな。感慨深い。

 実に一年ぶりくらいだろうか。


 「…………」


 考えるの止めよう。つまんないから。


 「さて出発だ。行くか」

 楽しみだなあ、オフ会。



 この時、俺――東雲迷路しののめめいろは忘れていた。

 この世に神が居ないことを。

 救いも何も、あったもんじゃないことを。

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