4-2


 私の覚悟に、彩雅はどこか安心したような柔らかい表情を見せた。


 「クリスマス当日に告白なんて、菫って随分とロマンチストなのね」

 「色々あってね。でも、彩雅の余計なお世話がなかったら、ゆかりに告白なんて、まだまだ先の話だったと思う。そこは感謝してる」

 「素直にお礼が言えないなんて、可愛くないわね」

 「べつに、彩雅に可愛いって思われなくてもいいし」

 「あら。これが、ツンデレってやつかしら?」

 「うっさい」


 私にあしらわれた彩雅は、怖い怖いなんて笑顔で言いつつ、戸棚の前へ舞い戻って食器の用意を進める。


 いつも彩雅にやられっぱなしなのは気に食わないから、怖いものがなくなった私は、今までのお返しとばかりに鼻歌を歌っている彩雅に反撃を仕掛ける。


 「私にとやかく言ってたけどさ、彩雅は、いつ典子ちゃんに告白するつもりなの?」


 彩雅は、そうねと一拍置いて、


 「そのうちするけど、まだできないわね」


 なんとも煮え切らない返事をされた。


 「なにそれ。あんだけ偉そうなこと言っといて、彩雅も私とあんま変わらないじゃん」

 「変わるわよ。好きな人が違うじゃない」

 「そういうことじゃないでしょ」

 「そういうことよ」


 彩雅は、取り出してきた白磁の器を私に手渡す。


 「典子は普通だから、振り向いてもらうために時間を掛けないとダメなのよ。もっとも、時間を掛けている余裕もない菫からしたら、羨ましい話に聴こえるかしら」


 解るような、やっぱり解らない言葉で私を煙に巻いた彩雅の目は、どこか憂いを帯びていた。


 「さ、早くパーティーを始めましょう。あんまり二人を待たせるのも悪いわ」


 彩雅は話を切り上げてダイニングへと向かい、釈然としない私も、その後をついて行った。



+



 「「「「メリークリスマース!!」」」」


 それぞれ席に着いた私たちは、クリスマスのイメージとはかけ離れた鍋をみんなで和気藹々と摘んだ。正直、こういうことに慣れていない私は、上手く楽しめるか心配していたが、それは杞憂だったようだ。


 鍋もケーキも食べ終わり、気がついたら、時計の長針が三つほど進んだ頃。

 食後の紅茶を啜っていた典子ちゃんは、唐突に右手の拳を掲げ、

 

 「皆さんお待ちかねのプレゼント交換タ〜イム!」

 「いえーい!」


 無邪気な子供のように高らかに宣言し、ゆかりも便乗して右手を掲げる。

 ノリの良いゆかりはともかく、いつもよりテンションが数段高い典子ちゃんの頬は赤らんでいた。


 「彩雅。典子ちゃんのほっぺた赤いんだけど、お酒とか飲ませてないよね」

 「飲ませるわけないじゃない。多分、アレよ。子供って楽しくなっちゃうと身体が熱くなるじゃない。きっと、そういうのよ」


 つまり、典子ちゃんと幼稚園児は同等ということかな。

 

 私たちは、それぞれ用意してきたプレゼントを持ち寄る。ゆかりは紫色の袋。彩雅は白色の袋。典子ちゃんは緑色の袋で、私は赤色の袋と見事に色が分かれていた。大きさはまちまちだが、どれも一見しただけでは、なにが入っているか解らない。


 典子ちゃんは、自分のスマホで定番のクリスマスBGMを流しはじめる。


 「この音楽が止まったら、そこでストップだからね。それじゃ、プレゼント交換スタート!」


 私は、BGMのリズムに合わせて、適当に選んだ人に自分の手元にあるプレゼントを渡し、誰かから一つプレゼントを貰う。その工程をBGMが止まるまで続けて、止まったときに手元にあるプレゼントが私のモノになる。


 欲しいのは、もちろんゆかりのプレゼントだけど、これだと狙って受け取れない。私のプレゼントもゆかりに届いて欲しいけど、全ては運に任せるしかない。

 

 何回か繰り返したのちに、ついにBGMが止まって、


 「はいっ!ストップ!」


 典子ちゃんの掛け声で、みんなは手を止める。

 正面に座っている彩雅の手には緑色の袋があり、斜め前に座る典子ちゃんには白色の袋が渡っていた。


 「あらあら」


 彩雅は、私の手元にあるプレゼントを眺めて微笑む。

 そう。私が最後に手にしたプレゼントの袋は、────紫色だった。

 

 私が隣に居るゆかりのほうを向くと、ゆかりは赤色の袋を手に持って、


 「私たち、交換だね」


 こちらに嬉しそうな笑顔を向けていた。

 つられて笑った私も、


 「だねっ」


 と、小さく頷いて合槌を打った。

 

 さっそく袋を開け、中身を確認する。入っていたのは、いつもゆかりが使っていたリップクリームだった。

 

 「あっ」


 私は間接キスをしたことを思い出し、なんとも言えない気持ちになる。

 あれは、今でも悶えるくらい恥ずかしい。


 「菫、どう?似合ってる?」


 頭を抱えたくなる衝動をぐっと抑えた私は、ゆかりに視線を移す。ゆかりの首には、暖かそうな淡いブラウンのマフラーがオシャレに巻かれていた。


 「うん。バッチリ似合ってる」

 「ふふっ。ありがと」


 ちなみに、彩雅にはハンカチのプレゼントが渡って、典子ちゃんには高級そうなアロマのプレゼントが渡った。彩雅曰く、普段、彩雅が使っているアロマだそうで、典子ちゃんはとても喜んでいた。


 クリスマスパーティー最後のプログラムが終了し、少し談笑をしたところで時刻は九時を回り、お開きになる流れになった。

 典子ちゃんが帰る準備をしようとしたところで、彩雅は呼び止める。


 「典子。年始のことについて相談があるから、あなたはもう少し、ゆっくりしていきなさい」


 疑問になった私は、典子ちゃんに話を訊くと、


 「彩雅ちゃんが茶道部で教えている部員の代表として、私を彩雅ちゃんの家族に紹介したいんだって」


 とのこと。

 彩雅もそういうことよと言いながら、私にウインクを投げてきて察した。おおかた、私とゆかりが二人きりになれるようにしたのだろう。まったく、どこまでも気が回るね。


 「そういうことだから、年末年始は菫とゆかりで初詣にでも行ってきたらどう?」


 なんて、大きなオマケもついてきた。


 「それならしょうがないね。ね?ゆかり?」

 「そうだね。でも、来年はみんなで行こうね」


 その大きなオマケも、せいぜい活用させてもらうとしよう。ありがとう、彩雅。


 彩雅と典子ちゃんが見送ってくれている玄関を閉め、ゆかりと楽しかったねなんて言い合いながらエレベーターで降りて、マンションを出る。


 普段の私なら、凍てつく寒さに顔をしかめたり、文句の一つも溢すが今日は違った。


 「ねぇ。ゆかり」


 少し前を歩いていたゆかりは、足を止めて振り返る。

 さて、私の勝負はここからだ。

 覚悟を決めた私は、真っ直ぐとゆかりの顔を見た。


 「ちょっと寄り道していかない?」


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