華麗なる一族? ①

 ――作家デビューしてからの愛美の日常は、それまでと比べものにならないくらいめまぐるしく過ぎていった。


 学校の勉強では、奨学生になった身なので成績を落とすことが許されず、中間テストでも学年で五位以内に入る成績を修めた。

 ――もっとも、彼女は元々勤勉で、勉強でも手を抜いたことはないのだけれど。


 そして、作家デビューが決まった文芸誌〈イマジン〉では二ヶ月連続で彼女の短編作品が掲載されることになり、勉強と同時にその原稿の執筆にも追われた。


「相川先生はまだ高校生なんですから、あくまでも学業優先でいいですよ」


 と担当編集者の岡部おかべさん(ちなみに、男性である)は言ってくれたけれど、一応はプロになり、原稿料ももらう立場になったのでそれもキッチリこなさなければと真面目な愛美は思ったわけである。


 純也さんからは、〝あしながおじさん〟宛てに作家デビューが決まったことを知らせる手紙を出した数日後、スマホにお祝いのメッセージが来た。


『珠莉から聞いたよ。おめでとう! 僕も嬉しいよ(≧▽≦) 頑張れ☆』


 本当に珠莉が知らせてくれたのだとは思うけれど、もしかしたら手紙の返事だったのではないかと愛美は思っている。

 でなければ、珠莉から知らされたその日のうちにメッセージが来なかった理由の説明がつかないから。


 ――そうして迎えた、高校生活二年目の十一月末。


「ねえ愛美さん、今年の冬休みは我が家にいらっしゃいよ」


 愛美を家に招待してくれたのは、意外にもさやかではなく珠莉だった。


「えっ? あー、うん。わたしは別に構わないけど……」


 さやかはどう思うのだろう? 去年の冬がすごく楽しかったから、今年の冬も愛美と一緒に過ごすのを楽しみにしてくれているかもしれないのに。


「ああ、ウチのことなら気にしないでいいよ。愛美がいない時でもあんまり変わんないから。っていうか、やっぱ埼玉より東京の方がいいっしょ?」


 さやかは意味深なことを言った。〝東京〟で思い浮かぶ人といえば……。


(もしかして、純也さんも東京にいるから、ってこと?)


 彼も一応は東京出身だし、現住所も東京都内だ。もしかしたら、今年の冬は実家に帰ってくるかもしれない。

 もちろん、愛美の勘繰りすぎという可能性もあるけれど……。


「――っていうか、珠莉ちゃん。純也さんって実家にはほとんど寄りつかないって去年言ってたよね? 親戚との関係がどうとかって」 


「ええ、確かにそんなこと言いましたわね」


 一年前までの彼はそうだったかもしれない。姪である珠莉のことさえ避けていたふしがある。

 けれど、今年の冬はどうだろう? 珠莉との仲はそれなりによくなってきたようだし、愛美という恋人もできた。彼の心境には明らかな変化がある。


(でも、だからって親戚みんなとの関係までよくなったかっていうと……)


 そこまでは、愛美にも分からない。純也さんが話そうとしないので、知るすべがないのだ。


「彼、今年はどうするのかなぁ? わたしを招待することは、まだ純也さんに伝えてないよね?」


「そうねぇ、まだ。こういうことは、愛美さんからお伝えした方が純也叔父さまもお喜びになるんじゃないかしら。あなたがいらっしゃるって聞いたら、叔父さまも帰っていらっしゃるかもしれないわ」


「うん、そうだね。わたしから電話してみる」


 愛美はいそいそと、スマホの履歴から純也さんの番号をリダイヤルした。 


 別に自分が辺唐院家の関係を修復する潤滑油になりたいとは思っていない。愛美はただ、冬休みにも大好きな純也さんに会いたいだけで……。動機としてはちょっと不純かもしれないけれど。


 そして、もしも彼が本当に〝あしながおじさん〟だったとしたら、絶対に「冬休みは辺唐院家へ行くように」という指示が送られてくるはずだから。


『もしもし、愛美ちゃん。どうしたの?』


 時刻は夕方五時半過ぎ。普通のお勤め人なら、帰宅途中というところだろうか。もしくは、まだ残業中か。

 でも、彼は若いけれど経営者である。そもそも〝定時〟というものがあるのかどうか分からないけれど、愛美には彼が今オフィスにいるのか、自宅にいるのか、はたまた別の場所にいるのかまったくもって推測できない。


「あ……、愛美です。久しぶり。――あの、純也さんはこの冬、どうするのかなぁと思って」


『う~ん、どうしようかな。実はまだ決めてないんだ。まあ、仕事はそんなに忙しくないし。そもそも年末は接待ばっかりでね、僕もウンザリしてる』


「純也さんって、お酒飲めないんだっけ?」


『そうそう! でも、接待だから飲まないわけにもいかなくて。少しだけね』


「大人って大変なんだね……。あのね、わたし、珠莉ちゃんに招待されたの。『冬休みは我が家にいらっしゃいよ』って」


 ……さて、エサは撒いた(というのも失礼な言い方だと愛美は思ったけれど)。純也さんはどうするだろうか?


『えっ、珠莉が……』


「うん、そうなの。わたし、お金持ちのお屋敷に招待されるの初めてで、ものすごく緊張しちゃいそう。でも、純也さんも一緒にいてくれたら大丈夫だと思うの。だから純也さんも、たまにはご実家に帰ってこられない?」


 愛美自身、言っているうちに鳥肌が立っていた。こんなび媚びのセリフを自分が言っているのが自分でも気持ち悪くて。


(こんなの、わたしのキャラじゃないよ……)


「ご家族とうまくいってないことは知ってます。でも、わたしのためだと思って、お願い聞いてくれないかな?」


 しばらく電話口で沈黙が流れた。そして、彼の長~~~~いため息が聞こえたかと思うと、次の瞬間。


『…………分かったよ。僕も今年は実家に帰る。他でもない愛美ちゃんの頼みだからね』


「純也さん……! ありがとう!」


『ただし、親族ともうまくやっていけるかどうかは分からない。居心地が悪くなったら、すぐに出ていくかもしれないよ』


「そんな……」


『まあ、愛美ちゃんを孤立させるようなことだけはしないから。何かあったら僕が盾になってあげるから、安心してよ』


「……うん。じゃあ、失礼します」


 電話を切った愛美には、ちょっと不安が残った。


「大丈夫かな……」


 親族間の問題は、愛美に解決できるものじゃない。それは純也さん自身が何とかするしかないのだ。


 それに、もしも愛美が施設出身だということを、あの家の人たちが悪く言ったら……?


 彼はきっと、自分のことをどれだけひどくこき下ろされても何ともないと思う。けれど、自分の大事な人のことをバカにされたらガマンならないんじゃないだろうか。


(まあ、その前にわたしがブチ切れるだろうけど)


 愛美はこれまで、自分の育ってきた境遇を恥じたことなんて一度もない。同情されるのもキライだけれど、バカにされるのはその何十倍もキライなのだ。


「――愛美さん、叔父さまは何とおっしゃってたの?」


 珠莉の声で、愛美はハッと我に返った。――そうだ。この部屋には珠莉もさやかもいるんだった!


「ああ、うん。わたしが行くなら、たまには実家に帰ってみるよ、って」


「……そう。他には?」


「他の親族とうまくやれるかどうか分からないから、居心地が悪くなったら出ていくかも、って。でも、わたしに何かあったら盾になってくれるらしいよ」


「なるほど。……まあ、叔父さまは元々そういうクールな人だものね。でも、叔父さまがそんなことをおっしゃるようになったなんて。愛美さんのおかげでお変わりになったのかしら」


「え……」


 自分が誰かを変えた。まさか、そんな影響力を自身が持っていたなんて! ――愛美は本当に驚いた。


「恋っていうのは、人をここまで強くするものなのね」


「ああ……、そういうことか」


 どうやら愛美の力ではなく、恋の魔力とかいうヤツの力らしい。


「――ところで、話変わるんだけど。珠莉ちゃんのお家でもクリスマスってパーティーとかするの?」


 さやかの家はアットホームで楽しくて、愛美も居心地がよかった。クリスマスパーティーも手作り感満載で、参加した子供たちもすごく楽しんでくれていた。


「ええ、もちろん。ウチは盛大に行いますわよ。社交界の面々、特に政財界の大物も多数ご招待してますし、ドレスコードもキチっとしてますの」


「ドレスコード……、ってどんなの?」


 辺唐院家のパーティーは、愛美が思っていた以上にお堅い集まりのようで、愛美はちょっと萎縮してしまう。


「そうねぇ……。男性はスーツにネクタイ・ネッカチーフ、もしくはタキシード。女性はカクテルドレスか和装。まあ、そんなところかしら」


「ドレスって……、わたしそんなの持ってないよ」


 愛美は絶望的な気持ちになった。


(スゴい……、セレブにはそれが普通なんだ)


 彼女が持っている服で一番上等なのは、オシャレ着として買ったワンピースだ。それでもパーティー向きではない。

 だからといって、ドレスなんて女子高生のお小遣いで簡単に買えるようなものでもないし……。


「あら。でしたら、おじさまにおねだりしてみたらいいじゃない。たまには甘えて差し上げないと、いじけてしまうわよ?」


「あ、そっか! その手があった! 珠莉ちゃん、ありがと」


 自立心の強い愛美は、これまで〝あしながおじさん〟に何かをねだったことがない。ねだらなくても、自分の経済力で何とかできることはしてきたから。

 でも、今回ばかりはムリだ。いつもはおねだりなんてしない愛美からの頼みとあれば、〝あしながおじさん〟もよほどのことだと思って聞いてくれるに違いない。


 そしてその正体が純也さんなら、なおのこと断るはずがない。大切な愛美のためなら、何でもしてあげたいと思っているだろうから。


「どうせならドレスだけじゃなくて、靴とかアクセサリーとか、バッグなんかもおねだりしちゃいなさいよ。一式そろえてもらえばいいわ」


「……珠莉ちゃん、オニ?」


 愛美はこの珠莉という人が怖くなった。実の叔父が相手だからって、これだけ好き勝手いえるなんて、なんという姪だろうか。


 ドレスだけでも結構な出費になるだろうに、靴やアクセサリーまで……。いくら彼がお金持ちだからって、さすがに彼のお財布事情が心配になってくる。


「まあ、いいじゃない。あなたのためなら、これくらいの投資はおじさまにとってはどうってことありませんわよ、きっと」


「そ……うかなぁ」


「ええ。叔父さまはそういう方なのよ。だから、大丈夫よ」


「……うん、分かった」


 愛美が「夕食から戻ってきたら、さっそくおじさまに手紙書くね」と言ったところで、さやかが珠莉に茶々を入れた。


「アンタさぁ、いっつもそうやって純也さんを困らせてたんじゃないのー?」


「えっ? 何のことですの?」


「欲しいものとかあった時に、叔父さまにねだりまくってたんじゃないの? そりゃウザがられるわ」


 当初、純也さんが珠莉のことを苦手にしていたと愛美から聞いたことを、さやかは覚えていたのだ。

 姪がこんな子だったら、さやかが叔父や叔母おばの立場でもウザいと思うだろう。


「あら、そんなことありませんわ。……まあ、純也叔父さまが私のことをそう思われていたとしても、愛美さんにはきっとお優しいはずよ」


 姪の珠莉相手ならともかく、恋人である愛美のことを彼が冷たくあしらったりはしないはずだ。


「そうだねー。だってあの二人、誰が見たってラブラブだもんね。――っていうか、アンタの方はどうなのよ?」


「どう、って?」


「ウチのお兄ちゃんと、だよ。連絡は取り合ってるんでしょ? クリスマスはムリでもさぁ、冬休みの間にデートするとかって予定はないワケ?」


 さやかの兄・治樹と珠莉は一応交際を始めたらしい。二人が連絡を取り合っているところはさやかも愛美も見かけているけれど、二人で出かけるような様子はまだ一度も見られない。


「……特には何も。治樹さん、今は就職活動で忙しいみたいですし、私がおジャマしてはいけないと思って。それに――」


「それに?」


「多分、私と治樹さんの仲は、私の両親に反対されると思うから……」


「え……、マジで? 今時そんなことある?」


 さやかは眉をひそめた。それが昭和しょうわの話ならあり得るかもしれないけれど、令和に今になってそんなことがあるんだろうか?


「私は一人娘なんですもの。父としては、跡取りとなる婿養子がほしいはずなの。でも、治樹さんは長男ですし――」


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