満と実の話

三郎

本編前

小六の冬(満)

つきみとの出会い

「つきみ。散歩に行くよ。ハーネス」


「わんっ!」


 ハーネスという言葉に反応して犬用のハーネスを取りに行くこの賢い白いポメラニアンは我が家で飼っているペットのつきみ。


 彼女との出会いは小学六年生の冬。

 ある日学校帰りに、中からカサカサと音が聞こえる怪しげな段ボール箱を見つけた。ガムテープで目貼りされたその箱には小さな穴が空いていた。恐らく、空気を取り入れるための穴だろう。

「開けてみる?」とうみちゃん。「虫が大量に出てきたらどうするんだ」と怪しい箱を警戒する望。試しに持ち上げてみると、そこそこ重みがあり、なかからかすかに「くぅーん」と犬の悲しげな鳴き声が聞こえた。ランドセルから筆箱を取り出し、カッターナイフで中を傷つけないように気をつけながらダンボールを開ける。開けた瞬間酷い匂いがした。中には新聞紙が敷き詰められており、仔犬と仔猫が五匹ずつ入っていた。生きてはいたが、かなり弱っていた。


「酷いな……」


「まだ生きてる。病院連れて行こう。母さんに車出してもらうから二人はちょっと待ってて」


「急いでくれよ」


「うん」


 待っている間に死んでしまわないかと心配だったが、幸いにも、一匹も息絶えることなく病院に着いた。その後、十匹の犬猫はそのまま、病院と提携している保護犬猫カフェに預かってもらうことが決まった。


「悪いね。愛美さん。急に十匹も」


「いいのよ。こういう子達を助けるのがアタシの仕事だもの。それにしても許せないわね。こんな可愛い子達をダンボールに入れて捨てるなんて。捨てたやつ見つけたら懲らしめてやりたいわ!」


 男性寄りのハスキーな声でぷりぷりと怒る体格の良いこの人がこの店のオーナー兼病院の医院長らしい。第一印象で女性なのか男性なのかどっちなのだろうという印象を抱いたが、うみちゃんの母親はその人のことを"彼女"と表現していたので黙ってそれに従った。当時の私でも直接聞くのは失礼という認識はあった。


「あの、たまに様子を見に来て良いですか?」


「ええ。もちろんよ。いつでもいらっしゃい。この子達は慣れるまでは奥の保護施設で預かるからそっちに来てね。入場料は要らないから」


「はい」


 それからしばらく、私達三人は保護施設に通った。

 十匹居た中で、私が来ると必ず走って迎えに来ていたのがつきみだった。箱を開けた時に最初に目があったのも彼女だ。

 元々人懐っこい性格ではあるものの、他の人や兄弟たちと遊んでいても私が来るとそっちを優先するほど私に懐いていた。


「愛美さん、こいつ連れ帰って良い?」


「そうね。アタシもその子は満ちゃんと一緒がいいと思う。親御さんの許可が降りるなら、是非そうしてほしいわ」


「聞いてくるよ」


「お願いね」


 その日、早速家族に許可を取りに行った。弟は目を輝かせていたが、親からは反対された。『動物を飼うということは——』と淡々と説教をされたが、後日、家族で彼女に会いに行くと両親の態度は一変した。


「ほら、こいつも私と居たいって」


「くぅーん……」


「くっ……」


「姉ちゃん、この子名前なんて言うの?」


「おもち」


「可愛いー」


「……名前って、お迎えしてから変えても良いんですか?」


「そうですねぇ……」


 愛美さんにあれこれ質問する父。すでに引き取る気満々で、母も仕方ないなとため息をついて父と愛美さんの元へ行く。それを見て私と弟は顔を見合わせてどちらからともなく笑った。


「新、満。いいか?学校から帰ったら、必ず散歩に連れて行くこと」


「うん」


「もちろん母さん達も協力する。けど、お前達二人がちゃんと面倒見ること。途中でめんどくさくなって私や父さんに世話を押し付けたりしたら犬ごと追い出す。いいな?」


「「約束する」」


「よし。じゃあそいつ連れて帰るぞ。引き取りの同意は済ませた」


「「行動はやっ!」」


「……実は母さんが一番引き取りたかったんじゃ?」


「……うるせぇ」


 こうして、つきみは月島家の新たな家族となった。

 つきみという名前の由来は月見団子から。家族全員月に関する名前だから彼女にも同じ要領でつけようという話になり、丸くて白い彼女を見て、月見団子を連想した弟がつけた。


「元の名前がおもちだしな」


「つきみ」


「わんっ!」


「ははっ。賢いなお前」


 散歩に行く時は自分でハーネスを取りに行くようになったのは母がそう教えたからだ。他にも様々な芸を仕込まれたが、一つだけ、誰から教わったわけでもなくある日突然自分からやり始めた芸がある。


「お、つきみちゃん。おはよう」


 飼い始めて一年目のある日の散歩で、望とすれ違った時だった。彼女が手を振るとつきみは突然座り込み、応えるように右前足を挙げて軽く振った。


「ちる、今の見た!?今、手振り返したよこの子!」


「お、おう……つきみお前、いつの間にそんなの覚えたんだ?」


「教えたわけじゃないのか?」


「母さんが色々仕込んでるけど、手を振るのは初めて見た」


「勝手に覚えたのかな」


「だとしたらめちゃくちゃ賢いなお前」


「ちるより賢いんじゃないか?」


「うるせぇよ」


「ちょっと、もう一回やってくれないか。動画撮りたい」


 望がスマホを構えてもう一度彼女に手を振る。すると再び振り返した。ちゃんと手を振る行為に反応してやっているらしい。


「お。望に満ちゃん。と、つきみちゃん。おはよう」


 うみちゃんに対しても同じように手をふり返す。振り返された彼女は望と全く同じ表情で私を見た。


「な、何!?何今の!」


「海菜、ちょうど今つきみが手を振る動画撮れたから送るよ」


「欲しい!」


「望、私にも送って」


「あぁ。……あー……待った。俺の奇声が入ってるから、後で編集したやつ送る」


「別にいいのに。奇声くらい」


「いや……君に聞かれるのは恥ずかしいから……」


するってか……」


「「……」」


「おい、私がスベったみたいな空気出すなよ」


「「スベったんだよ」」


 ちなみに、つきみと一緒にダンボールに入っていた他の九匹の犬猫はある程度人に慣れてきたところで、愛美さんが経営しているカフェに移動した。


「愛美さん、こんにちは」


「あらぁ〜満ちゃん。つきみちゃんは元気?」


「はい。おかげさまで。コーヒー一杯ください」


「はぁい」


 そのほとんどは無事に家族が見つかり、現在ここに残っているつきみの兄弟はこの白いメス猫が一匹だけだ。あれからもう五年が経っているため、引き取り手もなかなか居ないらしい。


「シロ、おいで」


 つきみとは違い、彼女は私が呼んでもやって来ない。しかし、他の犬や猫と遊び始めると必ず甘えに来る。で、私が触れようとすると軽く猫パンチをかまして去っていく。その姿がたまらなく可愛いと思うと同時に、最近はその姿を見ているとどうしてもの顔がチラついてしまう。


「愛美さん、ちょっとシロと私の動画撮ってもらっていい?」


「いいわよ」


 愛美さんにシロのツンデレ行動を動画に収めてもらい、に送る。『このツンデレっぷりが誰かさんにそっくりでしょ』とメッセージを添えて。すぐに既読が付き『誰が猫よ』と返事が来た。


「もしかして満ちゃん、恋人でも出来た?」


「え?分かります?」


「分かるわよ。だって、幸せそうだもの。つきみちゃんと接して居る時と同じくらい優しい顔しながらスマホ見てたし」


 愛美さんに限らず、最近色々な人にそう言われることが増えた。私には恋はわからない。けれど、あの人を愛おしいと思う気持ちは確かだ。家族であるつきみと同じくらい。なんて言ったら彼女はきっと「犬と同じなんて」と拗ねてしまいそうだけど。

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