ワンドロチャレンジ

貴金属

書き出し「その指先は、まっすぐに始まりの方へ向けられていた。」


 その指先は、まっすぐに始まりの方へ向けられていた。

「俺たちは、あの場所へと帰らなければいけない」

 月だった。

 夜空に真白く浮かぶもの。

 半世紀以上前に人が足をつけたそれとは違い、しかし同じく空にあるもの。

 私たち二人は、あそこからこの世界に落ちてきたのだ。


                    ◇


 上を見上げれば戯画化された星々が浮かぶ夜の空。

 下を見下ろせば真っ白く光る砂の海。

 聞こえる音は静寂で、風の響きだけがさらさらと耳に心地よく流れてくる。


「図書館の禁書庫で見つけた本を開いたら異世界トリップとか、何時の時代の話だってんだよな」


 彼がつぶやく。

 私だってそう思うけれども、起きてしまったものは仕方ない。

 彼の好奇心に振り回されることは昔から多かったけれど、遂にここまで至るとは。

 思えば昔から、こんな日が来ればいいなと思っていたような気さえする。

 私と彼、二人きりで一緒に、特別な経験をしてみたい。

 心のどこかでそう願っていたのは本当で、だからこそ心が高揚だ。

 なんて素敵なファンタジー。

 とんでもすぎるスペクタクル。

 そんな未来が私たちの前に広がってると、ちょっとばっかり夢想して。

 目の前にある、厄介な現実から目を背けたりなんかしたりした。


「おい。おーい。ドリーミーな表情してるんじゃない。前を見ろ。前」


 唇の端を歪めながら、彼の指示する方を見る。

 視界から外していた現実がそこにある。

 ふざけてるのかと笑うもの。

 ありえないでしょと疑うもの。

 それは如何にも非現実。

 具体的には何かというと、


「……猫だよね」

「……猫だな」


 もこもこと。いいや、もくもくと。

 地平線の向こうから雲のように沸き立つように。巨大な猫がこちら側を覗き込んでいた。

 アリスの国のチェシャキャット?

 いやいや大きく小さく縮小拡大繰り返すのはアリスの体の方であって猫じゃなかったはずだよね?


「にゃおーーーーん」


 巨大な猫がふざけた声をあげて叫んだ。

 単純な大きさでぴりぴりと砂漠の空気が軋む。

 私たち二人は耳を塞いで、そしてお互いに顔を見合わせた。


「「逃げよう!!!」」


 振り返って走り出したその直後、どしゃっと大きい音が背後で。

 巨大キャットがその腕を伸ばし、砂漠の砂を抉ったのだ!


「……うわぁ」


 思わず振り返ってそれを見る私。

 猫の爪の先に刺さっていたのはとても巨大なロブスター。

 砂漠にエビとかうわぁファンタジーだなあと呑気なことを思いながら、串刺しになったのが私と彼でなかったことに感謝する。

 むしゃむしゃと舌鼓を打つ猫を尻目に、私たちは砂漠の果てを目指して走る。

 その歩みが進む先に、ゴールがあるとそう信じて。

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