第27話「既成事実」


「ついに、来月は演劇の本番よ!」


 演劇部の部室で私がそう言うと、彼は『それが何か?』とでも言いたそうに興味なさげにうなづいた。


「あぁ、そうだな……」

「貴方、もう少しやる気は出せないのかしら? 顔に個性とやる気が感じられないわよ」

「個性は関係ないだろ……」


 まったく、幼稚園のクリスマス会で披露する私達の初舞台だと言うのに彼にはやる気というものが無いのかしら?


 でも、最近の彼は少しだけ変わったような気がする。


 初めて会った時は『友達なんか必要ない』とか言って嫌な男だと思ったけど……でも、なんだかんだ言って演劇部に入ってくれたし、今回の演劇の準備も脚本や舞台セットの準備や衣装のレンタルは彼が殆どやってくれたようなものだ。


 まぁ、相変わらず役者は私一人だけなのだけどね……。


 それでも、初めてであった時に比べて、彼の印象が少なからず私の中で柔らかくなったのは間違いないと思う。


 だからこそ、今日も『友達が欲しい』と思う私は彼に期待してこんな提案をしてしまうのだ。


「でも、私達には演劇の準備以外にもやらなければならないことが残っているわ……」

「やらないといけないこと……それって?」

「テスト勉強よ!」


 そう、幼稚園での演劇発表が一ヶ月後に控えた今、学生の私達には期末テストという課題が控えているのよ!

 もちろん、学年トップの成績を誇る私にとって期末テストなんか余裕よ! でも、この演劇部には私以外にも部員がいるわけで――


「貴方はテスト勉強はしているのかしら?」

「……黙秘権を発動する」


 どうやら、彼はテスト勉強をしていなかったようだ。この様子からして忘れていた可能性すらあると思う。


「貴方それでも、演劇部の部員という自覚はあるのかしら?」

「部員と言っても名義だけみたいなものだし……」


 脚本まで書いておいて、この男は今更何を言っているのかしら?

 だけど、これは由々しき事態ね! だって、演劇部は教頭先生に何かと目をつけられているって、あのアラサー《川口先生》も言ってたし……


「はぁ、仕方ないわね……」


 もし、これで彼がテストで赤点でも取ったらそれは演劇部の問題として見られてしまう可能性があるわけだし……ええ、本当に仕方ないわね!

 んもぉ~う、本当は面倒だけど? でも、これは演劇部の問題でもあるわけだし?


 だから、本当に仕方なくだけど……


「この私が貴方のテスト勉強を見てあげるわ!」 ドヤッ!

「…………」


 ――と、言ってみたのだけど……彼は渋い表情をするだけだった。

 まぁ、そうよね。

 どうせ、いつもの彼なら――


『いや、遠慮しておく……』


 ――とか言って……


「じゃあ、お願いしようかな」

「え……」


 あ、あれ? 何だか今日の彼は随分と素直ね……。

 そう言えば、この前は私が風邪をひいた時もなんだかんだ言ってお見舞いにまで来てくれたし……もしかして、これが『デレ』というものかしら!?


 そうよ! きっと、そうだわ!

 フフ、何よ♪ 最近だって、私のことを『友達じゃない』とか言っていたくせに……なんだかんだ言って心は私の魅力に陥落していたのね! 


 そうよ! むしろ、考えてみれば今まで私が一人ぼっちだったのがおかしかったのよ!

 むしろ、成績トップで見た目も美少女な私に友達がいなかったことの方がおかしかったの!


 ついに、この時代が私の有能さに気が付いたってことね!


 だ、だとしたら……もうちょっと欲を出してもいいかしら?


「だけど、そうなるとテスト勉強をする『場所』を探さないといけないわね……」

「いや、そんなの部室でいいだろ?」


 私のつぶやきに、彼は当たり前のようにそういった。

 しかし、それだと私の『もう一つの狙い』が叶わないのだ。


 そう、この状況で私が狙っていること……それは『友達を家に呼んで勉強会をする』だ!


 そもそも、彼だってこれまで私の家に二回も来ているわけだし? 二度あることは三度あるって言うくらいだから、このまま私の家に呼んでテスト勉強をするくらい簡単だと思うのよね。


 妹の灯だって――


『流石に、三回目ともなれば既成事実もできるよ! お姉ちゃん、ファイト♪』


 ――って、言ってたもの!

 既成事実ってことは、三回も家に呼んだら『実質友達』ってことよね?


 そのためには、なんとしても会話を『私の家でテスト勉強をする』という流れに持っていきたいのだけど……


「貴方、忘れたの? 本来テスト期間中は部活が休みになるから部室は使ってはいけないのよ」

「でも、そう言いながら俺達も演劇部の部室を黙って使っているよな……?」

「うぐっ! そ、それは……」


 そうなのだ。

 本来、テスト期間中は部活動は無くなるため部室の使用は禁止されている。

 だけど、この演劇部は私が鍵の管理をしている以上そんなの関係なく放課後に集まっているわけで……つまり、私達は現在演劇部の部室を絶賛『無断使用中』ということになるのだ。


「だ、だからこそ! このまま部室でテスト勉強をするとバレた時、川口先生に迷惑がかかると私は言いたいのよ!」

「川口先生は面倒だからって、俺達が使ってるの黙認してくれてるけどな……てか、黒川ってそんなこと気にする性格だったっけ?」

「うぐぐ……」


 ええい! うっるさいわね! この男ったら、細かいことをグチグチと……そんなんだから、貴方には『友達』ができないのよ! 

 うっ! 何故か、今もの凄いブーメランが見えた気が……


 と、とにかく! 彼も少しは乙女心を勉強するべきだと思うわ。


「そうことじゃなくて……」


 でも、どうすれば私の『家で勉強会をしたい』という思いが、この鈍感な男に伝わるかしら……はっ! そうだわ! 


「あ、あら? プー太郎さんが何か言いたそうにしているわね?」


 そう言うと、私は部室に置かれていたクマのぬいぐるみを持ち上げてそれで自分の口元を隠しながら、プー太郎さんらしい少し高めの声で喋り始めた。


「……『ぼ、僕プー太郎さん! 勉強会をするなら、誰かの家とかが一番じゃないのかな?』あ、こら! プー太郎さんってば、何を勝手に喋っているのよ!」


 そう、ここは演劇部!

 なら、言いたいことは『演技』で伝えればいいのよ!

 フフン! これなら流石の鈍感な彼でも私の言いたいことが伝わるでしょう?


「いや、なんの一人芝居だよ……」


 しかし、彼の反応は『残念なもの』を見るような目で私を見つめるだけだった。

 うぅ……プー太郎さんに私の本心を代わりに喋ってもらう作戦だったのだけど、ダメだったかしら?


 でも、私の家なんて既に二回も来ているわけだし、今更躊躇うことも……だけど、彼のことだから『友達じゃないから』とか言ってどうせはぐらか――



「はぁ……じゃあ、俺の家でいいか?」

「え」


 あれ……家ってそっちの?



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