第23話「開かない扉」


「駄目ね……。私達、この倉庫の中に閉じ込められたみたいだわ」


 黒川と演劇部の使えそうな備品を探しに来たら倉庫の中に閉じ込められた。

 結果だけ言ってしまえば漫画みたいな展開で笑えそうだが、実際はかなりヤバイ状況だ。

 まず、ここは倉庫なので暖房器具も無いため夜になるほど冷えるし、倉庫の鍵が閉められたということは必然的に下校時刻を過ぎているということなので、誰かが倉庫に来てくれる可能性も低い。

 それどころか、このまま明日の朝まで黒川と二人っきりという可能性もあるわけで……


「……普通、鍵を閉めるなら中に誰かいないか確認するだろ」

「しばらく、使ってない倉庫だから確認がおそろになっていたのかしら……」


 マジか……せめて、この倉庫が中から鍵を開けれる仕様なら良かったのに――って、そうだ!


「なぁ、黒川! 川口先生なら、俺達を見つけれくれるんじゃないか!?」

「ねぇ、安藤くん。貴方はこれが何に見えるかしら?」


 そう言って黒川が見せてくれたのはこの倉庫の鍵だった。


「く、黒川……何でお前がその鍵を持っているんだ……?」

「『鍵を返すのは明日でいいから、戸締りは君達でやってくれ』って、言われたのよ……」


 あのクソ教師……さては、婚活アプリの登録に集中するために俺達の確認もせずに帰ったな。


「さて、この状況で川口先生が私達の様子を見に倉庫に来てくれると思うかしら?」

「望は薄いな……」


 よし……次、川口先生に会ったら、奴のスマホから全部の婚活アプリを削除してやる。

 しかし、時期はもう冬。

 いくら、怒りでこの身を燃やしても実際に体が温まるわけもなく、倉庫の肌寒い空気が俺の体から着実に体温を奪っている。


「てか、寒いな……」

「私はこれくらいの寒さどうってことないけどね」


 俺が倉庫の寒さに震えているのに対し、そういう黒川は一切震えてなかった。

 制服がズボンの俺と違って、黒川はスカートをはいているのに大したもんだな。そう言えば女子って冬でもスカート履いてるし、寒さに慣れているのだろうか? 


 そんなことを思い浮かべながら、黒川のスカートからチラ見えする太ももを尊敬の眼差しで見つめていたのだが……。


「貴方も男でしょう? なら、これくらい我慢……くしゅ! せ、先生が気づくまでの……くちゅん! が、我慢よ……くしゅん!」


 ……いや、ただのやせ我慢だったのかよ

 まったく、仕方ない奴だな……。


「……ほら」


 そう言って、俺は自分の制服の上着を脱いでそれを黒川に差し出した。


「なによ?」


 ……のだが、黒川は俺が脱いだ上着を見て首をかしげるだけだった。

 いや、気づけよ!


「……やる」

「え、普通にいらないのだけど……何で私が男子の制服を欲しいと思うのかしら?」

「ちげぇよ!? 貸すって意味だよ!」


 何でこの状況で俺がお前に自分の制服をプレゼントすると思ったの!?

 クリスマスのプレゼント交換にしても早すぎだろ……いや、別にプレゼント交換とかする予定もないけどな?


「これを羽織れば少しは寒さもマシになるだろ……」

「でも、それだと貴方が寒いじゃない……」

「お、俺は……あれだ! これくらいじゃ『寒い』とか感じないから……」

「貴方、さっきは寒いって言ってたわよね?」

「あ、あれは……演技だ!」


 そう言うと、俺は自分の上着を黒川に押し付けて、そのまま倉庫の壁際に座った。

 うーん、いくらやせ我慢を言っても膝を抱えて座ったら説得力のかけらもないか……。いやだって、寒いものは仕方ないじゃん!


「フフ、貴方って本当にひねくれ者ね?」

「うるせぇ……」


 そりゃ、お互い様だろ。


「演技なら、もう少し練習をした方がいいわね。一応、貴方も演劇部の部員でしょう?」


 すると、突然黒川が俺の隣に密着するように座り、俺が渡した上着をカーディガンみたいにして、俺と黒川二人の間にかけてきた。


 え……何この状況? 


「……おい」

「私が上着を貸してもらって、貴方が風邪を引いたら意味がないでしょう?」

「いやそれは……」


 だからと言って、上着を二人で分かち合おうというのは無理があるのでは……?

 そもそも、制服の上着なんて元々一人分のサイズしかないわけで、それを密着してかけても首あたりまでしか届かないから、お互いの密着してない方の肩が丸出しになって、あんまり効果が無いような……。


「ちょっと……ちゃんと、そっちの上着を持ってくれる? 上着がズレ落ちるじゃない」

「あ、あぁ……悪い……」


 だけど、寒さは感じなくなった。

 密着している方の肩から黒川の体温を感じ、それを意識した途端に不思議と自分の胸の奥が熱くなるのが分かる。

 そうか……これが羞恥心ってやつか。

 あまりの恥ずかしい現状に俺の羞恥心が寒さを吹き飛ばしたに違いない。

 

「…………」

「…………」


 ――てか、気まず!

 話すこともないし……もしかして、誰かが倉庫を開けてくれるまでこの気まずい状況が続くのか!? ただでさえ、黒川みたいな美少女と密室で二人っきりってだけでもアレなのに……その上密着してるから、俺の精神がどうにかなりそうなんだけど!?


 いや、待て! 相手はあの黒川だ。ここで、下手な行動に出れば『責任を取って友達になりなさい』とか言ってきてもおかしくない。


 抑えろ……俺!


「ねぇ……」

「なんだ?」

「このままだと気まずいから、少し質問をしてもいいかしら?」


 自分を抑えるために、川口先生の推定年齢を数えていると黒川がそんなことを言って来た。

 どうやら、この無言の状況が気まずいのは黒川も同じだったらしい。


「まぁ、別にいいけど……」


 この状況を一瞬でも忘れられるなら、質問に答えるくらい安いものだ。

 今なら、大抵の質問には答えてやってもいい。


「貴方は……何で友達を作らないの?」


 だけど、黒川の質問は思ったよりも安いものではなかった。

 少なくても俺の中では――、


「それは前も言っただろ。ただ『俺には必要ない』それだけだ……」

「そう……」


 欲しいと思わないから『作らない』……それだけで、それ以上の理由もない。

 だから、何度『友達は欲しいか?』と聞かれても、俺は即答で『いらない』と返すだろう。


 しかし、続けてきた黒川の質問はちょっと意外なものだった。


「なら『彼女』は?」

「……い、いらない」


 ヤバい。とっさのことで脳がバグって返事が遅れてしまった……。


「一瞬だけ悩んだわね?」

「な、悩んでないし……」


 べ、別に! 一瞬返答に迷ったわけじゃないんだからね!?


「友達も彼女も同じだ。そんなの……」


 どっちも呼び方が違うだけで他人に依存するだけだ。

 そんな存在相手……俺には必要ない。


「なら……何で、貴方は私に優しくするの?」


 ……は?


「いや、俺がお前に優しくした覚えなんて無いんだが……」

「嘘よ……。だって、貴方は演劇部に入ってくれたわ……」

「そ、それは――」


 ただ川口先生の口車に乗せられただけだし……


「ただ、他の部活に入って面倒な人付き合いとかしたくなかっただけだ……」

「なら、私のことなんて無視すればいいじゃない!」


 すると、黒川が怒鳴るような勢いで反論してきた。

 しかし、どうやら驚いたのは黒川の方も同じようで、叫び返したのが恥ずかしかったのか、黒川は俺の顔を見ないようにそっぽを向いてボソボソと喋り出した。


「正直、貴方が部活に入ってくれた時は……す、少し! そう、少しだけ……嬉しかったわ」

「そうか……」

「だけど、貴方は『友達はいらない』っていう人だから、どうせ入部しただけで部活には来ないものだと思ってた」

「まぁ、そうだな……」


 実際、俺も当初はその予定だったはずだ。

 だけど、実際は――、


「でも、そんなこと無くて貴方は毎日部室に顔を出してくれた……」

「別に、黒川のために部活に出てたわけじゃない」


 ただ、部室はクラスメイトの太ももを眺めながら時間を潰せる唯一の場所だったから、通ってただけだ。


「それだけじゃなく、お昼もわざわざ部室に来て一緒に食べてくれるし、一緒に帰ったり、家に来てくれたり、一緒にファミレスに入ってくれたり……」


 昼休みも部室で一緒だったのは黒川と一緒に食べるためでなく、俺が食べる場所に黒川が勝手にいただけだし、下校が一緒なのも俺の帰り道と黒川の帰り道が途中まで一緒だったから、黒川が勝手について来ただけだし、黒川の家に行ったのは……ね、猫に釣られただけだし……ファミレスは演劇の会議をするために仕方なく行っただけだ。


 だから、どれも黒川のためにしたことではない。


「そう言われても、私は『一人』だったから……勘違いしそうになるのよ」

「いや、勘違いするって言われても……」


 確かに、黒川は今まで『一人独り』だった。

 だから、俺の行動で変な勘違いをするのは仕方のないことなのかもしれない。


 なら、俺は黒川を受け入れてはいけない。


 だって、それは『勘違い』なのだから――、


「だけど、私は勘違いでもいいと思ってる!」

「……は?」


 つまり、それって――



『なら『彼女』は?』

『……い、いらない』



 その時、脳裏にさっきの黒川とのやり取りが浮かんだ。

 黒川の奴、本気で言っているのか?


「もし、貴方が望むならだけど……」

「俺は……」


 思い浮かぶのは川口先生との会話だった。



『案外、一人というのは大人でも辛いものだよ』


『だからこそ、私は誰かが彼女に手を差し伸べればと思っているよ』



 黒川は一人だ。

 だけど、ここで俺が手を差し伸べることができれば彼女は独りではなくなる。


 でも、それが本当に黒川の救いになると俺は思わない。


「……すまない」


 だから、俺は黒川の誘いを断るしかないのだ。


「それは私が嫌いだから?」

「違う、黒川は! か、可愛いと……思う」

「なら、どうして!?」


 確かに、黒川は女子の中では可愛いと思う。

 そんな黒川が俺みたいな奴を必要としているのは正直……嬉しい。


 俺みたいな奴でも黒川が救われるなら、それで良いんじゃないかと思うほどに……。


 だけど、それは罠だ。

 

 相手が傷つくと分かっているのに、優しくするのはただの『自己満足』でしかない。

 きっと、後悔することになる。


 何故なら――、


「だって、お前地雷じゃん……」

「……あ?」


 うん、俺は分かる。

 黒川って付き合ったら、絶対にメンヘラになるタイプだ。

 そもそも、ぬいぐるみと話す奴だぞ? 絶対ロクなことにならないって……。


「……は、はぁああああああ!? 一体、私のどこが地雷だっていうのよ!? この私にここまで言わせておいて『地雷』だなんて……こうなったら、貴方を殺して私も死ぬわ!」

「いや、そう言う所だよ……」



「……プハッ……ククッ……」



 その時、扉の外で微かに誰かの笑い声が聞こえた気がした。

 ……ん? 今の声って……


「ねぇ、今のって……」

「あぁ、そうだな……」


 どうやら、黒川も今の笑い声が聞こえていたらしい。

 二人で目を合わせると、俺と黒川は息を合わせて気づかれないように倉庫の扉の前まで移動をし……


「行くわよ」

「あぁ……」


 二人で、同時に倉庫の扉を思いっきり蹴っ飛ばした。


「ぐぁぁあああああああああああああああ~っ!?」


 すると、轟音と同時に扉の向こう側から聞き覚えのあるアラサーの断末魔が聞こえて……

 

「や、やぁ……」


 しばらくすると倉庫の扉が開き、やけに気まずそうな川口先生が顔が見えた。

 どうやら、俺達二人を閉じ込めた犯人は扉の外で俺達の会話を盗み聞ぎしていたらしい。


「一体何をしているんですか……」

「私達を閉じ込めたこと、説明してくれますよね?」


 呆れる俺とは反対に、黒川は静かに微笑みながら川口先生に詰め寄って問いかけた。

 これは黒川の奴、怒ってるな……。

 まるで、人生大一番の勝負を邪魔されたみたいにブチ切れてらっしゃる。


「いや、これは悪気があったわけじゃなくてな……ほら、二人っきりにすればお互い素直になるんじゃないかと思ってな?」


 いや、余計なお世話ですよ!?

 このアラサー教師、いい年こいて何やってるんだよ……。

 これには、黒川も飽きれたようで深いため息をついた。


「はぁ、そんなバカな理由で閉じ込めたんですか……」

「むしろ、悪気しか感じませんよ……」


 因みに、ちょっとヤバかった気がするのは気のせいだろう。


「ほ、本当はもっと早く開けるつもりだったんだぞ!? ただ、開けるタイミングが見つからなかったというか、思った以上にお取込み中だったみたいで、先生も困惑してな……」


「「――ッ!?」」


 その瞬間、直前の出来事を思い出して俺と黒川の顔が同時に赤く染まった。

 そう言えばあのやり取り全部、川口先生に盗み聞きされていたのか。やべぇ、何か死にたくなってきた……。

 しかし、やられたままでは終わらないのが黒川という地雷である。


「川口先生……」


 そして、黒川はお返しと言わんばかりにこう言った。


「そんなことだから、結婚できないんですよ?」

「ぐぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」


 おい、黒川……。

 その言葉は流石にオーバーキルすぎるだろ。


「まったく……。このまま私達が気づかなかったら、どうするつもりだったんですか?」

「そうですよ。危うく俺達、この寒さで凍死するかと思いましたよ」


 まぁ、流石に凍死は無くても、このまま長時間閉じ込められてたら翌日には風邪を引いてもおかしくはない寒さだったと思う。


 しかし、そんな俺達に川口先生は驚きの反論を返してきた。


「それは、すまないが……でも、君達もスマホくらい持ってるだろうし、学校に電話すればいいんじゃないのか?」


「「あ……」」


 確かに、言われてみればその通りだ。今時、スマホを持ち歩いてないなんて無いんだから学校に連絡して助けを呼べばいいだけの話である。

 では、何で俺と黒川がそんな簡単な解決方法に気づかなかったというと……。


「「スマホで誰かに連絡なんてしたことないから、その発想は無かった……」」


「……やはり、君達はお似合いだよ」



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