第10話「帰り道」


「すっかり、下校時刻までテスト勉強してしまったわね」

「あぁ、そうだな……」


 しまった……。

 結局、下校時刻になるまで黒川にテスト勉強を見てもらっていた所為で、黒川と一緒に下校する羽目になってしまった。


「貴方、帰り道はどっちなのかしら?」

「俺はこっちの道だな……」

「あら、奇遇ね。実は私もそっちの道なのよ」


 黒川はそう言うと、そのまま俺の少し後ろをついて来るように歩き始めた。


 因みに、俺が黒川と一緒に下校するのはこれが初めてだったりする。

 演劇部は実際には活動をしているわけで無いので、部室に来るのも自由だし、いつ帰宅するのかも俺と黒川個人の自由だ。

 なので、俺は今まで黒川が帰る予定の下校時刻が来る前に部室を出て行くようにしていた。


 何故、俺がそうまでして黒川と一緒に帰るのを避けていたのか?

 それは――、


「ぁ、えっと……」

「……何だよ?」

「な、何でもないわ……」

「そうか……」

「えぇ……」


「…………」

「…………」


 そう、こうなるのが目に見えていたからである。


 いや、会話がねぇよ! 気まずいよ……。

 これ一緒に帰っている間とか何か会話するべきなのか?

 そもそも、こんな気を使うのが嫌だったから、一人で帰りたかったんだよなぁ……。


「てか、お前何処まで付いて来るの? ずっと、後ろを歩かれても気まずいんだけど……」

「ちょ、ちょっと! 私が貴方の後をつけているみたいな言い方しないでくれるかしら?」

「あ、ゴメン……」


 そうだよな。黒川も帰り道が同じなだけだもんな。

 でも、あまりにも帰り道が同じだから、つい変な聞き方になってしまった。


「そんなに気まずいって言うのなら、貴方が何か気の利いた話題をふればいいじゃないのよ」

「……嫌だよ。何で俺がお前のために話題振らなきゃいけないの?」


 別に、そんな気を使うくらいなら一人で帰った方が百倍マシだよ。


「ならいいわ。でも、耐えられなくなる前に話題を降った方が良いと思うけどね……」

「……?」


 いや、別にこの程度の気まずさで耐え切れないとかないから。


「…………」

「…………」


 それに、あと十分くらい歩けば家に着くしな。


「……うぅ」

「…………」


 だから、この気まずさもあと少しの我慢――、


「どうせ、私なんて……」

「耐え切れないって、お前の方なの!?」


 あぁ、もう! 分かったよ! 何か話せばいんだろ!?

 だから、真後ろでいじけるの止めてくれるかな!? すっげぇ気まずいんだけど!


「てか、黒川って強がってるくせに意外とその強がりが最後まで持たないのな……」

「……フン、仕方ないでしょう? 今までクラスメイトですら、まともに会話できる相手がいなかったんだから! つい、素が出ちゃうのよ……」


 いや、強がってるフリしてますけど、言ってることかわいいすぎかよ……。

 しかし、話題ね……。マジで何を話せばいいんだろう?


「ニャァ~」


 その時、何やら可愛らしい鳴き声が黒川の足元から聞こえてきた。


「――ん?」

「あら、猫ね。こんな所にいるなんて野良猫かしら? ほら、ニャンニャン♪」


 振り向いて確認すると、一匹の野良猫が黒川に近寄っていた。

 黒川の方も野良猫に気付くと、いつもの強がった表情とはうってかわって甘い声を出しながら野良猫をあやし始めた。


「猫の扱い……上手いのな」

「私の家、猫を飼っているのよ」

「あぁ、だからか……」

「ええ、猫は良いわ。だって、人間と違って餌を与えれば懐くもの。それに、裏切らないし」

「猫と人間を比べるなよ……」


 なんか黒川の言葉って、一つ一つが深い悲しみの業を背負っているんだよなぁ……。


「でも、猫飼っているのか。良いな……」

「貴方はペット飼っていないの?」

「俺は家がペットを飼えないからな……」

「そうなのね……」


 小さい頃は、ペットとか飼いたいと思っていたけど、家がペットを飼うのが厳しい環境って言うのはすぐに理解したからな。


「だから、猫に触れたこともあまり無いんだ」

「なら、この機会に挑戦してみたらどうかしら?」


 黒川はそう言うと、野良猫を撫でる手を止めて『代わりに撫でてみなさい』という目で俺を見てきた。


「お、おう……」

「ミャ!」


 しかし、俺が撫でようとした瞬間を狙って野良猫はその場から逃げてしまった。


「フフ……♪」

「な、なんだよ……」

「いいえ、残念だったわね。でも……どうやら、猫に好かれたのは私の方だったみたいね?」


 そういう黒川の表情は見事なドヤ顔だった。

 どうやら、友達はできなくても猫には好かれるらしい。


「まぁ、俺は猫にも人にも好かれたいとは思わないけどな……」


 所詮、欲しいと思ったのも昔のことだ。



『……嘘つき!』



 だから、今の俺には友達もペットもいらない。


「ちょっと、何急に黙ってるのよ……」

「いや、別に……」


 ヤバい。少し昔のことを思い出し過ぎたか……。


「もしかして、そんなに猫を撫でたかったの?」

「まぁ、一度くらいは触りたかったけどな……」


 確かに、少しくらいは撫でさして欲しかったよな……。


「そ、そのぉ~、貴方が良ければなんだけど……」

「……?」


 すると、俺の様子を心配したのか黒川が意外な提案をしてきた。


「私の家に来ない?」

「……は?」


 いや、何で俺が黒川の家に?

 俺、帰るなら自分の家が良いんですが……。


「か、勘違いしないでよね! こ、これは……貴方が猫を撫でれなかったのを笑っちゃったから……そう! お詫びに私の家の猫を自慢してあげようというだけよ!」


 いや、それ『おわび』じゃないよね? 自慢ですよね?

 むしろ、嫌がらせに近いまである。


 でも、まぁ……。


「なら、少しだけ……お邪魔しようかな……」

「え?」

「な、なんだよ……。お前自分で誘ったんだよ?」

「えっと、どうせ貴方のことだから断ると思って……」

「断られる前提で誘ったのかよ……」


 フン、どうせ俺はひねくれものだよ……。


「別に、俺は……ね、猫を触りたかっただけだし……」

「……フフ♪ 貴方、どれだけ猫に未練があるのよ?」

「うるせぇ……」


 だ、だから……黒川の方こそ勘違いしないでよね!


 ――って、これ、男が言ってもキモいだけだな……。


「まぁ、良いわ。そう言うことにしてあげるわよ」


 そして、黒川は来た道を戻り始めながら俺に言った。



「さぁ、私の家はこっちよ! 猫にありつきたければ付いて来なさい♪」


「お、おう……」


 ……ん? てか、黒川さん?

 その帰り道――



 俺と反対方向じゃないですかね……?





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【今回の作業アーカイブ】

https://www.youtube.com/watch?v=BSF6QIkoKFc&list=PLKAk6rC5z4mR39sRFDtVHqVqlPwt0WcHB&index=9


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