第20話:めんどくさい奴ですわ
広間が揺れ、轟音を立てながら黒い波濤が、玉座を祭壇ごと破壊する。
無残に抉られた空間だけが残り、天井から瓦礫が降ってくる。
「やったか」
イディール王が前に立つタドラの背中へとそう声を掛けたが……。
「……いえ、
タドラが鋭い目線を前へと向けた。
「ば……馬鹿な……俺の【転移】を持ってしても避けられないだと……?」
そこには右腕が千切れ、血をだらだらと流すサンズが立っていた。左手には、あの玉座の死体が持っていた――赤く光る大きな宝石を大事そうに抱えている。
「転移だかなんだか知りませんが……私からは逃げられませんわ!」
地面を蹴って、一瞬でサンズへと肉薄したタドラが【竜断】を振りぬいた。
「二度も喰らうか!」
サンズも同じ速度で、タドラの後ろへと回り込むよう避けると、そのままルーンとイディール王の下へと疾走。
「っ! 思ったよりも速いですわ!」
後を追うタドラだったが、サンズはルーンとイディール王を無視して、タドラが空けた穴から広間を脱出した。
「あいつは何をする気だ?」
「分かりませんが、どうせ碌な事ではないですよ」
それを見守る事しか出来なかったイディール王とルーン。
「追いますわ。お二人はすぐに脱出してくださいませ」
「頼んだよタドラ……兄さんを楽にしてやってくれ」
「……行くぞルーン」
イディール王は何も言わず、階段の方へと走っていく。罠を仕掛けたレーヤンが死んだおかげか、既にそれらは解除されている。ルーンとイディール王は階段を使って塔からの脱出を開始した。
タドラはサンズの後を追うが、明らかに瞬間移動のようなものを繰り返すサンズに、中々追い付けないでいた。
「んーまどろっこしいですわね……ルーン達がいる以上、塔ごと吹っ飛ばすわけにも行きませんし……」
気付けば、タドラは塔の頂上まで来ていた。
「諦めましたの?」
そこには、王都を見下ろすサンズが立っていた。
「お前はどう思う。この醜悪で、欲にまみれた愚かな世界を」
「そうやって自分に酔っているようなお馬鹿さんの妄言よりはマシですわ」
タドラはそう言って、【竜断】をサンズへと向けた。
「ははは……手厳しいな。君は人の身でありながらどうやってその力を手に入れた?」
「特に何も。ただ、自分が思うようにしてきただけですわ」
「そうか。羨ましいよ」
「良く言われますわ」
タドラが床を蹴って加速。また転移されることを予測して、今度はどの方向に行ってもそちらへと【竜断】を振る気でいた。塔さえ無事なら、多少無茶しても大丈夫だろうと考えてのことだ。
「俺は――」
サンズがそれだけを言うと、スキル【転移術】を使って、一瞬で塔の上空へと移動した。
「さようならですわ」
タドラが、ダンッと床を蹴って【竜断】を上空へと向けて薙ぎ払う。
放たれるは、黒い衝撃波。
「さあ、始めよう。暗黒の世界を」
空中で、眼下から迫るその衝撃波を見てサンズは抱えていた宝石を割った。すると宝石から黒い光が溢れ、サンズの身体を包んでいく。
「アアアアアアア!!!」
サンズの咆吼が響き――そしてタドラが放った黒い衝撃波に飲み込まれた。
☆☆☆
王都――鍛冶屋通り付近。
「【サンダースラッシュ】!!」
道端で火球を吐くブラックワイバーンの首が雷撃の如き斬撃によって刎ねられた。
「ぴぎゅ!!」
ヴェロニカの警告に聞いて、アイネが剣を翻し、背後に迫るブラックリザードマンへと剣を突き立てる。
「――【ヒートブレイズ】!!」
剣から超高熱がブラックリザードマンの体内へと放たれ、内部から灼き焦がしていく。
「ギャルラアア!!」
ブラックリザードマンが断末魔を上げて絶命。
「す、すげえ……」
それを見ていた騎士の一人が、アイネの活躍っぷりに、驚きの表情を隠せななかった。こちらは鱗に傷を付けるのにすら苦労しているというのに、この冒険者は軽々とワイバーンやリザードマンを倒していく。
アイネも内心驚いていた。今使っているのはアゼルが打ったただのロングソードだ。だが無駄に斬れ味が良く、さらに【魔法剣士】にとって要である刃への魔術の乗せやすさが、普通の剣と全然違った。
おかげで一対一であれば、とりあえず何とかなりそうなレベルまでは戦えていた。
「だけど……キリがない!」
上空から次々とブラックワイバーンが降りてくるし、道の向こうでは、ブラックリザードマンの群れがこちらへとやってきていた。
「ぴぎゅ……」
ヴェロニカも、逃げた方が良いと言っている気がした。
「とにかく、アゼルさんのところへ!」
アイネが迫るブラックリザードマンを斬り伏せながら、アゼル武具店へと向かう。
幸い、アゼル武具店は狭い路地の中にあるおかげで、魔物の気配もなく、被害もなかった。
「アゼルさん!!」
中に飛び込んだアイネはしかし、人の気配がない事に嫌な予感がした。
「無事ですか!?」
まさか、魔物が侵入してきて……。
そんな最悪の想像をして工房へと飛び込んだアイネの目に、床へと倒れているアゼルの姿が映った。
「アゼルさん!!」
急いでアイネが駆け寄ると、アゼルが顔を上げた。
「お、帰ったか」
「誰にやられたんですか!? 魔物ですか!?」
「あん? こんな王都のど真ん中に魔物なんざいるわけないだろ。いやあ、気合い入れて打ち過ぎたら力尽きてしまってな」
「はあ……心配して損した」
どうやらアゼルは武器作りに熱中しすぎて、王都が襲撃されていることにすら気付いていない。
アイネが事情を説明するが、それでもアゼルの態度は変わらない。
「お嬢が動いているんだろ? ならそのうち収まるだろうさ。アイネはどうするんだ?」
「あたしは……魔物達から市民を守ります。今、騎士も冒険者も少なくて……」
「なら丁度良い。これ、持ってけ」
そう言って、アゼルが台の上に置いてあった白銀の剣をアイネへと差し出した。それはシンプルな見た目だが、刀身は薄く、細い。まるで、おとぎ話に出てくる女騎士の剣のようだ。柄に施された花の意匠がアイネに良く似合っていた。
「これは……?」
「アイネ用に、【竜皇石】とミスリルを使って打った剣だ。斬れ味も最高だが、それだけじゃねえ。魔術の触媒として使えるほど、魔術の伝導率が良い上に、ちと面白い仕掛けも仕込んだ」
「す、凄い……持っただけで分かります」
「物理的な物以外も斬れる上に、それを刀身に封印に出来るんだ。さらにそれを持ち主の任意で解放させる事ができるぞ。使い方は実戦で学んでくれや。ああ、そうだ、こいつの銘は――【魔封剣イリス】。お嬢と俺からのギルドへの加入祝いだ。気にせず受け取れ」
アゼルがそう言って、ポリポリと後頭部を掻いた。
「……ありがとうございます! 大事に使います!」
「ああ。うっし、俺は寝る。あんまり無茶するなよ」
「はい!」
剣を腰に差して走り去るアイネの姿を見て、アゼルが満足そうに頷くと、そのまま寝床へと向かった。
「ま、何とかなるだろうさ」
窓から見える空には暗雲が立ちこめており、禍々しい雰囲気になっていた。だが、あのお嬢様が動いている以上は、あれが何だろうが、どうにもならないことをアゼルは良く理解していた。
「誰だか知らねえし、あれが何かも分からねえけど……時と場所を間違えたな。ご愁傷様だ」
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