妹は魔物を狩りたい

「さあお兄ちゃん! 今日こそ魔物を相手にしますからね!」


「昨日したじゃん、たくさんしたじゃん……」


「魔物を狩って食べたご飯は美味しいんですよ?」


 どんな気持ちなんですかねえ……俺なんか働かずに食う飯はうまいと思っちゃうタイプなんだけど。


 しかし俺には前回コイツの意見を無視して依頼を受けた前科があるので今日は言うことを聞くということで話が付いてしまった。


「さあ行きますよ! 労働後のご飯は美味しいんです! 魔物の不幸でご飯が美味しい!」


「はいはい……」


 とまあこんなわけでギルドに来てしまってから、俺達が受けられる限界のDランクの依頼書をめくり続けている、そのまま今日一日依頼書を読むだけで終わってくれればいいのに。


 周囲の雰囲気はミントに近づこうとか、気に障らせるとかそういったことは禁忌のようで誰も俺達に話しかけてくれない、さみしい。


「お兄ちゃん? これとかどうです?」


「はいはいいいよー」


「ほう……いいんですか」


 え? 気もそぞろだったので適当に返事をしてしまった。


「じゃあこれお願いしますね、セシリーさん」


 受付の人の名前「セシリー」だったのか……知らなかった。


 しかしそのセシリーさん、めっちゃ微妙な顔をしている、これはあきらかに困らせてるな。


「いえ……拒否するわけではないのですが危険なので……」


「構いません! 私とお兄ちゃんをなめないでいただきたいですね」


「なあ、なんの依頼を受けたんだ?」


「これです!」


 どーんと俺の前に一枚の依頼書を差し出すミント、その手には「ゴブリンの群れ討伐依頼」と書いてあった。

「お兄さんも止めてあげてください! 危険なんですって! ホブゴブリンどころかゴブリンキングまでありそうな依頼なんですよ!」


 えぇ……そんな依頼受けようとしてたのかよ。


「じゃあ私たちの受けられないCランク以上で掲載しておけばいいじゃないですか! Dランクということは私たちが受けてもなんの問題もないということでしょう?」


「なんでDランクで張り出しちゃったんですか? 危ないならもっと高ランクに依頼すればいいのに」


 セシリーさんも苦い顔で言う。


「依頼者がですね……その……少々金銭的に余裕がないというわけで、高ランクで出すのはちょっと、ということらしいんですよ。つまりDランクで出して物好きなCからAくらいが受けてくれればいいなあと言ってまして……」


 棚ぼた狙いかよ……とはいえ、本来俺達のランクに見合わない依頼ということらしいので断ろうか。


「ほら! サインしましたよ! それが登録端末ですね! 出しなさいっての!」


「ちょ! やめてくださいよ! 皆さんも止めてくださいよ、大事な仲間の危機ですよ! 信用問題じゃないんですか!」


 皆さん一斉に目をそらした、どうやらブレーキはとうに壊れてしまっているらしい。


 しかし、妹を危険にさらすわけには……


「分かりました! 取引をしましょう! 我々は特例としてCランクの依頼を一つ受けられるようにしますから! これはやめましょう! ね?」


 どんだけやらせたくないんだよ……


「しょうがないですね……私たち二人にちゃんと見合った依頼を持ってきてください!」


「は、はい……」


 そう言うとセシリーさんは奥の方へ引っ込んでいってしまった。


「馬鹿言う……できるわけ……」

「ですから! Eランク向けくらいの依頼を……きかえて……そうすれば……」

「しょうがねえな……じゃあこのへんを渡して……」


 なにやら汚い大人のバーター取引の様がこちらへバッチリと聞こえていた。ミントはわくわくしながら鼻歌を歌っているせいで聞こえていないようだ。


 ドタドタとセシリーさんが俺達の前にやってきて言った。


「ではこの「C」ランク向け依頼をお願いします」


 なぜかCを強調して言っていた、もうちょい隠す気を持とうよ……


 ミントは満足げに眺めてからサインをして登録をした。


「はい! 確かに受諾しました!」


 胸をなで下ろしているセシリーさん、胸……ちらとミントの方を見る。

 脅威の格差社会を見せられてしまった、持つものと持たざるもの、神は残酷だなあ……いだい!


「なにするんだよミント!」


「いえ、お兄ちゃんが大変失礼なことを考えていると表情から見て取れましたのでちょっとお仕置きを」


「ひどいいいがかりだ!」


 ほぅ……と口をすぼめるミント。


「でしたらお兄ちゃんが私とこの受付さんのどこを見て慈悲深い目になったのか是非教えて……」


「わかった! 分かったから! さっさと依頼に行こうか?」


 これ以上事態が悪化する前に俺はミントを連れてギルドを出て行った。


 ギルドを出たところでミントに質問をする。


「で、受けた依頼ってなんだ? 難しいのか?」


「いえ、楽です、めちゃ楽です」


 そう言って差し出す紙には……


「害虫駆除依頼か……楽っちゃ楽だな……」


 依頼内容は近所でリンゴの木に害虫が多くてこちらに飛んでくる前に駆除して欲しいと書いてあった。


「しかし、地味な作業になりそうだなあ」


 地味というのは悪いことではないし、言い換えれば堅実とも言えるのでそれはそれで大変いいことなのだが……どうにもとなりでニコニコしている妹を見るとろくでもないことを考えているのが透けて見えるのだった……


 ――

 依頼完了後ギルドにて

 ――


「ですから! 依頼はちゃんとこなしたと言っているでしょう! ちゃんと害虫は一匹残らず駆除しましたよ!」


「さすがに周囲一帯を焼き尽くすのはやり過ぎだとクレームが来まして……」


 そう、我が妹は何故か害虫駆除の任務でバフをしてくれと頼み、不思議に思いながらも一度かけた後は地獄絵図だった。


 依頼者の持っているリンゴの木以外を引っこ抜き、火炎剣ですべて焼き尽くしてしまった。


 止める間もなかったんだ……そう信じていただきたい。


 当然のごとく周囲の木の権利者からは文句が出たものの、妹様はこれをすべて依頼者の望んだことと言い放って去って行った、依頼者が叩かれたのは言わずもがなだ。


「わかりました! 今回は成功にも失敗にも入れません! なかったことにすると言うことで許してください! 依頼者にはこちらから謝っておきますから!」


 セシリーさんの声は悲鳴にも近かった。


 俺もなんとなく気まずいので口をつぐんでいた。


「まったく、ろくでもない依頼者も居たものですね……依頼の失敗をギルドの責任にするなんて……」


 いやお前のせいだろう。


 ――

 余談

 ――


「ありがとうございますミントさん!」


 その数日後、ギルドに来て早々にセシリーさんがミントにお礼を言った。


 なんだ急に?


「どうかしたの? まだ依頼は受けてもいないはずですけど?」


「いえ、先日焼き払った木に付いていた害虫ですが周囲で猛烈な被害をもたらしていまして、あの時点で焼き払ったのは正解だったと皆さん謝りに来られたんですよ」


 ミントもポカンとしているが、コイツなにも考えずに焼き払ったのだから当然だろう。


「そうでしょうとも! 私の思慮が伝わったようですね、私は心が広いのでその程度の批判は受け入れる覚悟でしたが謝るなら許しますとも!」


 ちなみにあの日の夕食中に「あのクソ依頼者め……」とつぶやきながらベキッと一本のスプーンがお亡くなりになった、コイツバフ無しでもちゃんと強くね?


「これが依頼者と害虫を広がる前に駆除してくれたことに関する周りからの報酬と一緒になったものです」


 小袋が一つドサリと置かれた。ミントは中身を見て袋を閉じて踵を返した。


「じゃあお兄ちゃん! 今日はパーッと遊びましょう!」


 どうやらそれなりの金額が入っていたようだった。


 その日一日は俺とミントで食べたり演劇を見たりして過ごした、しかし偶然ってすごいなあと思いました。


 ミントは脳筋だと思っていたが運の神様には見放されていないようでそれはうらやましかった。


 ピコーン

 ――

 スキル「妹ラックUP」を習得しました

 ――


 この声にもいい加減慣れてしまい、やっぱりコイツは何か持っているのだろうと確信するのだった。

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