第13話 お友達とファミレスへ!

 指定された学校近くのファミレス。

 その入り口付近に、凜果さんが寄りかかっていた。


「ん」


 俺が来たのを確認して、そのまま中へ入る。

 少し遅れて着いていくと、空いているところがあったのか、すぐに通された。


「とりあえず、ドリンクバーでいいっしょ?」

「え、あ、はい。大丈夫です」


 思ったよりも普通の声に少し戸惑ってしまった。

 案外、なんでもないことなのかもしれない。

 そうだとすると、結構恥ずかしいことして……


「ほら、行かないの?」

「いきます」


 凜果さんとともに立ち上がり、飲み物を取りに行く。

 俺は……お茶でいいか、とりあえず。

 コップに満ちていくのをしり目に、凜果さんの方を窺う。

 隣で、グレープ味の炭酸飲料を選んだ凜果さん。

 こうして、横に立ってみると、少しだけ凜果さんの方が小さいことに気づく。

 よく考えると、友達と一緒に、ファミレスに来るだなんて、夢にまで見た光景なのに、状況のせいでうまく楽しめない。

 でも、凜果さんはいつもと変わらない気がする。


 テーブルまで戻ってきて、凜果さんは対面に座る。

 それを一口だけ飲んで、ストローから口を離した。

 凜果さんは、コップに刺さったそのストローをいじりながら、口を開いた。


「それで、どこまできいたの?」

「……一年生の時にバドミントン部に入っていたことと、その」

「いじめもっしょ?」

「……はい」

「あーあ、あんま知られたくなかったんだけど」


 想像していたより、重い口調ではなかった。

 凜果さんは、窓の外を眺めながら、人差し指でストローをくるくると、ふちをなぞらすように回している。

 そして、目線を変えることなく、口を開いた。


「アンタさ、なんでりんかと友達になったわけ?」


 友達に……俺と、凜果さんが、友達になった理由。


「……正直に言っていいですか?」

「うん」


 そんなものは決まっている。


「すぅ……凜果さんだから、友達になったというわけじゃないです」

「ん、知ってる」


 生田先生の提案に乗って……流されただけ。

 俺から動いたわけでも、凜果さんが動いたわけでもない。

 言われるがまま、友達になった。


「りんかの成績が悪かったからだもんね」

「……そうですね」


 凜果さんには申し訳ないけれど、それは事実。

 成績が悪かったことが、きっかけだったことは間違いがない。


「それで?」


 顔が正面を向く。

 凜果さんと、目が合う。


「うちには、どんな言葉、かけんの?」


 その目に、言葉が詰まる。

 多分、というか、ほぼ確実に。

 次の言葉が重要。

 ターニングポイントとでもいうんだろうか。


 何を、言えばいいんだろうか。

 何を、言えるんだろうか。


 俺は、友達がいなかっただけで、いじめられていたわけではない。

 すくなくとも、いじめと明確にわかるようなことはされた記憶が無い。

 そんな人間が、実際に、現実で、それを経験した人に、掛けられる言葉なんてあるのか。


 店内の空気が、妙に冷たく感じる。

 心臓の音が聞こえる。


「……俺は、凜果さんの友達ですか?」


 視線は揺るがない。

 この状態を、よそから見たのなら、蛇に睨まれた蛙、そのように見えるかもしれない。

 けれど、それではいけない。


「……ねえ」


 人差し指を止めた。

 机についていた左ひじを引き、背もたれにもたれるように息をついた。

 さっきの言葉は失敗だったのだろうか。

 凜果さんは、顔を上に、天井を見たまま。


「男と女で、友情が成り立つと思う?」

「成り立ちます」


 間髪入れず、答える。

 その応えが、正しいのか正しくないのか。

 それでも、自然と、口から出ていた。

 凜果さんは、首だけ動かして、俺の目を見た。


「どうして?」

「だって……」


 続きを言おうとして、言葉が出なかった。

 そう、俺は、はっきり答えられる立場だろうか。

 はじまり、生田先生は、友達か彼女を作らせるために、女子ばかりをすすめた。

 俺は、それを拒否しなかった。

 そこに、下心がなかったなんて口が裂けても言えない。

 下心を抱くような相手を、友達と、はっきり言えるか。 


「……成り立つとして、どうせセフレでしょ」


 その言葉は、誤魔化しだった。

 凜果さんにとっても、俺にとっても。


「あ……やっぱりそうなんですか?」

「なに、やっぱりって。冗談なんだけど」

「え、そうなんですか?」

「いや、しらないけど。りんかが知るわけないじゃん」

「凜果さんには、いないんですか?」

「ぶっ⁉」

「え、だ、大丈夫ですか⁉」


 机の上に、紫のジュースが広がる。

 それを拭きながら、考える。

 ああ、なんて、中身のない会話なんだろう。

 どれだけ、甘えるのだろう。


 凜果さんは、いつも通り、いや、いつもより少しだけ、くだらない『友達同士』の会話を作ってくれていた。


「ば、ばっかじゃないの⁉」

「え、なにがですか?」

「いるわけないじゃん」

「……凜果さんは、セフレがいない陽キャなんですね」

「ねぇ、アンタ、ふつーにセクハラだかんね? 気を付けた方がいいよ」

「心配してくれるんですか? ありがとうございます」


 これは、俺に対する失望も含んでいるのだろう。

 そして、情けなのだろう。

 ここまでで我慢しておけ、と。

 ここまでが、境界なのだ、と


「……てか、エロ本の読み過ぎなんじゃない?」

「え、エロ本とか! 読んでないですよ⁉」

「いや、なんでそこで紅くなんの? 遅くない?」

「凜果さんがデリケートなこと聞いてくるからですよ!」


 笑っているのも、嘘じゃない。

 恥ずかしいのも、嘘じゃない。

 それでも、冷静な部分が、自分が、いる。

 はは……これでいいわけがない。


「凜果さん」

「まだセクハラする気? まじで――」

「俺は、凜果さんの友達です」

「……」

「友達に、なりたいです」


 理想の友達像は、どんなのだろうか。

 人によって違うのだろうか。

 俺にとっての友達は、こんなんじゃない。


「なにいってんの?」

「俺は――」

「わかんない?」


 言葉と同時、目が細まる。


「俺は、凜果さんが思ってる何倍も、頼りにならないと思います」

「……」

「でも、頼ってください。頼って、ほしいです」

「はぁ? 意味わかんないんだけど。いい、帰るわ」


 立ち上がり、立ち去ろうとする、凜果さんの手首を掴む。

 一瞬、肩が震え、振り返った。


「はなしてくんない? もう用ないんだけど」

「……俺にはあります」

「こっちにない」

「きいてください」


 やっぱり、ダメだ。

 俺は、勘違いしていた。

 自惚れていた。

 俺に……ずっと陰キャだから人の気持ちはわからない、と言い訳してた俺に、いざというときに、なんとかできるわけがない。


「いや」

「おねがいします」


 頭を机につける。

 土下座ではない。

 ただ、頭を下げただけ。


「……。……はぁ」


 凜果さんは、もう一度鞄を隣に置いて、座った。


「やっぱり」

「……は?」


 確認するまでもなく、わかっていた。

 凜果さんは待ってくれる。

 頭を下げただけ。

 それほどに、優しいことを、もう、知っている。


 そう、ダメだ。

 誰かを説得できるほど、大した人間じゃない。

 そんな力があるわけがない。

 さっちーさんにだって、甘えてたくせに。


「さっちーさんと、仲直りしてください」


 元々、二人は仲が良かった。

 異分子は俺。

 そのせいで、狂ったのだから。


「さっちーさんと、仲直りしましょう」

「はぁ~あ……」


 凜果さんは、ため息をついた。

 当然だ。

 こんな――


「ごめん」

「……え」

「そんな顔しないで」


 どんな、顔をしているんだろうか。

 凜果さんの手が、頬に触れる。

 目が、熱くなる。


「よく考えれば、そんなになやんでないし」


 あぁ、本当に、情けない。


「ひとしたちを心配させてまで、きにすることじゃなかったわ」


 こんな、最後まで甘える形で。


「っ……あの!」

「アンタ、すごいね。そっか、うん」


 視界がぼやけて、凜果さんの表情が良く見えない。

 涙を拭ってくれる、手の感触を強く感じる。


「こうやって、いえばよかったんだね」


 なにも、なにもしてない。

 なにも、できてない。


「はっきり、言葉にでも、表情にでも、なんでも。相手に伝えられれば、こんなことになってなかったんだ」


 結局、俺は、ダメ。

 相手に、頼ってるだけ。

 凜果さんが、優しいから。

 全部頼って……いやだ、いやだと、ただ駄々をこねてる子ども。


「いつまでも、引き摺ってる、りんかがばかだった」

「ごめんなさい」


 すぐ泣く女子を、馬鹿にしていたくせに。

 泣き落としを、自分ならひっかからないと、強がっていたくせに。


「なにもできなくて……ごめんなさい」

「……」


 いつの間にか、握りしめていた手を、包まれた。


「できてんじゃん」


 もう一度、頬を撫でられる。


「りんかのために、泣いてるのに、なにもできないなんて、そんなことない」

「これは、自分の、俺のためで……」

「ごめんね」


 身を乗り出して、頭の後ろに手を回される。

 頭を抱えられる。


「ひとしは、こんなに。友達として、いてくれたのに。壁作ってたの、りんかだった」

「ちがいます、俺は!」

「ちがくないよ。今、りんか、ひとしの事しか、かんがえてないもん」


 ぽんぽんと、あやすような感触が伝わる。


「もう、どうでもよくなった。いじめとか、部活とか。ずっと、頭にあったのに。もう、ない」


 きつく、抱きしめられる。


「どんな形でも、忘れさせてくれて、ありがと」

「ちがっ、ちがいます……なにも」

「ちがくないよ。なにも、ちがくない。こんなに真っすぐ向き合ってくれる人、現実にいるなんて信じられない」

「なにもできてませんっ!」

「りんかは、もう胸いっぱい。りんかのために、りんかのため『だけ』に、なやんで、ごまかして、わらって、ないて……もしかしたら、誰か、一切関係のない誰かには、響かないかもしれない」

「俺は……」

「でも、りんかには響いたから」


 頭から手が離れ、そのまま両手が頬に添えられた。


「ヒトシは、かっこわるいけど、かっこいいよ」

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