第48話 王太子の選択。その2

「王太子様、サーラが……亡くなりました。あの憎きクロノのせいで心の病になり、自ら命を……」

「何!?」


サーラの父である大臣のユダルが、涙をこらえ私にそう報告してきた。

私は席を立ち、急ぎサーラの元へ向かった。

しかし、既に埋葬されてしまっていた。

最後に一目でも姿を見たかった……。

どんなに辛かっただろう。

どんなに苦しかっただろう。

頼ってくれたのに、何もしてあげられなかった私の不甲斐なさを謝りたかった……。


サーラが埋葬されている墓へ行くと、焦げ茶色の毛並みの女性がいた。

泣き疲れたのか、それとも土の中に眠るサーラと話していたのか、墓石の隣でうつ伏せになっていた。


「サーラをこんな目にあわせたクロノを絶対に許さないわ」


そう呟いていたのを聞き逃さなかった。

だから、声を掛けてしまった……と思う。


「そこで寝ていると風邪を引いてしまいますよ」


それが、サーラの姉……ナディアと知ったのは、後のことだった。

私が王太子に即位し、その翌年、婚約者を選ぶという御触れが出された。

そして私の婚約者候補の中に、そのナディアがいた。

あの時の姿とは違い、とても美しく輝いて見えた。

そしてそのナディアが選ばれたと知ると、私は喜んだ。

亡きサーラが引き合わせてくれた、私の運命の相手だったと思ったんだ。

それ程、あの時の私は純粋だったのだ。


「王子様、こうして再びお会いできる日を願っておりました。私の願いが叶い、とても嬉しいです」

「あぁ、私もだよ。ナディア……」


行儀見習いの為、城へ招かれたナディア。

私達は再会を喜び、縁を結んでくれた亡きサーラに感謝した。

美しく、心優しいナディア。

王太子になり不安な毎日だったが、ナディアがそんな私に安らぎを与えてくれて、癒してくれた。

クロノの側にサーラがいたように、私にもナディアが必要だという想いが強くなっていった。

そしてそのナディアの父、私の叔父にあたる大臣も心の支えになってくれた。

この二人がいれば、私の将来も国も安泰だと皆がそう思っていた。



「王太子様、御報告が」


「何!?各地から民が訴えを出している?」

「はい。ここ数年、税が高すぎると嘆いていたようで……」


「そんな筈はない。天候のせいで民が苦しんでいたのは知っていた。だから、税を下げ、国の穀物を民に出すように命令したんだぞ」

「それが……」


「何だ?」

「申し上げにくいのですが……その命令は取り下げられたようです」


「何だと!?」


病の父の代行で政務を行っていた私は、忙しいあまり、城内の事にすら関心を向けられずにいた。

そこで、このままではいけないと、信頼のできる側近に現状を探らせていた。

そうしなければ、ただの人形。

父の代わりに助言をする大臣の言われるがままだった。


大臣は愛しく想っているナディアの父であるから、信頼をしていなかった訳ではない。

だから私も助言を素直に受け、政務を行っていた。

しかし、それも……束の間の事。

ナディアの誕生日を祝う為、サプライズを用意していた。

豪華に飾った城の庭へとエスコートする為、ナディアの部屋へ迎えにいった。


「ナディア……お前があの王太子を完全に落とすまでは油断するな」

「えぇ」


「ここまで私が御膳立てしてやったんだ、あとはナディア……お前次第だ」

「わかっているわ……パパ」


あの日、私と出逢ったのは偶然では無かったのか。

ただ王太子妃という座が欲しくて、私に近寄ってきた。

私はナディアが運命の相手だと思っていたのに……。

疑うしかない現実を知ると、私の心は荒んでいくばかりだった。


それでも王太子という座を守りたかった私は、大臣を側に置き、政務を続けていた。

もし大臣に逆らったとしたら、私ではない者に王太子の座を明け渡せと言うに違いない。

それだけ大臣の力は、大きなものになっていた。

思うがままに行われた政務は、国の者に良い影響を与えるものではなかった。

時が経つにつれて、『現王太子ではなく、クロノ王子が真の王太子だ。きっと、この国を救ってくれる』という噂まで流れてきていた。


「大臣、クロノはこの国に現れるのか?私はクロノに廃されるのか?」

「王太子様、民の噂など気にすることはありません。国を追われた者です。それに、異世界へ行き無事に生きているなんて有り得ません」


大臣の言葉を信じるしかなかった。

しかしそれは一時的な安心感で、長くは続かなかった。

その日を境に、大臣とナディアへの疑心とクロノに廃されるという恐怖や不安感から、以前のような優しい王太子はいなくなってしまった。

民に恐怖を与える、氷の王太子が誕生してしまったのだ。

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