第15話 未来


「また検閲が厳しくなるんですね」


「みたいだな、自由に出入りすんのも難しくなるんじゃないか?」


ラジオだけが静かに魔界の情勢を語る。

十数年前に現れた異世界だが、闇に包まれていたその姿も徐々に明らかになってきた。


互いに視察して外交はしていたものの、雲行きが怪しくなってきた。


今は関所の門は固く閉ざされ、ネズミ一匹入ることができない。

移住する人たちをこれ以上増やさないという諸外国からの圧力と方針によるものだった。


すでに書物などを対象にした検閲も始まっており、真実を掴むことはほぼ難しいとラジオは告げていた。


「本当に行き来もできなくなりそうですね」


店主は何も答えなかった。ラジオを睨みつけていた。


学食並みの値段で量も多いし、エネルギーを蓄えるには持ってこいの店だ。

大学からも近く、格安食堂として有名だった。


ただ、店主の態度が悪いというか、威圧的なオーラに他の学生たちが負けてしまって、誰も来ようとしない。

昼時にも関わらず、客は自分しかいなかった。


「ほれ、できたぞ」


「ありがとうございます」


魔界から逃げてきたという噂もあって、本当に人が近寄らない。

店主も寡黙でむやみやたらと喋らないし、静かで本当にいい店なんだけどな。


「……なあ、ひとつ聞いていいか」


「何でしょう?」


アイスコーヒーで流し込む。

氷より冷たい視線でガンをつけてくるのは怖い。

せっかく作った料理をコーヒーで飲み込むなとでも言いたいのだろうか。


「今年入ってきた連中でさ、魔界から来た奴がいるって、噂で聞いたんだけど。

なんか知ってるか?」


一旦、グラスを置いた。そこまで知れ渡っているのか。

どこからそんな情報を手に入れるのだろうか。


「……こんなとこ来なけりゃよかったって、思ってる?」


「心の底から後悔しています」


墓場に持って行くことすらあり得たかもしれない話だというのに、怒ればいいのかも分からない。店主はため息をついた。


「まあ、他の連中が話していたのを聞いただけだったから、確信は持てなかったんだけどな。俺のことも好き勝手に喋ってるし、これほど腹立つ話もない」


「じゃあ、噂は全部本当なんですか?」


「おいおい、まずは自分のことから話したらどうなんだ? 毎回来てくれるのはありがたいけどさ、何も話さないで帰るってのもおもしろくねえだろ」


挑発的な笑みを浮かべ、カウンターに肘をついた。

いつもは軽く世間話をする程度で、ここまで踏み込んだこともない。


「俺はソラっていうんですけど、両親は幼い頃に他界してしまって……。

ずっと施設に預けられていました。

こっちの大学に通うことになって、一人暮らしを始めました」


「俺はカインって名前なんだけどさ。元々、魔界で働いてたんだ。

けど、嫌になって縁を切った。向こうには二度と戻らないつもりでいる」


魔界にいたのは本当の話なんだ。

そこで食堂を開いて、働いていた。

経緯は知らないが、異世界から逃げ出してきたらしい。


「だから、俺からは何も話せないっていうか、何かを話すつもりはない。

細けーことはあのお師匠先生から聞け」


魔界を研究している唯一の専門家だ。

あの人以外に立ち入ろうともしないから、情報もまともに手に入らない。


「じゃあ、この人知ってますか。

お前を拾った人の写真だって言われて、渡されたんです。

今も魔界にいるんですか?」


写真には同い年くらいの女性が写っていた。

生まれて間もない赤ん坊を嬉しそうに抱きしめている。


その赤ん坊が自分らしい。

両親は俺を関所近くに捨てた後、自殺したと聞かされた。

その時、魔界に移住した人に保護されて、施設に預けられた。


つい数ヶ月前のことだ。

一人暮らしをすることになってから、ようやくまともに聞けた。


「すごく親切な人で、可愛がってもらってたって聞いて。

といっても、俺は何も覚えてないんですけど」


「暴食堂っていうレストランで元気に働いてんじゃねえか。俺は知らんけど。

まさか、会いに行くとか言い出すんじゃねえだろうな。

やめとけ、無駄足になるだけだ」


「何でですか」


「この件に関しちゃ俺は部外者だから、どうこう言うつもりはない。

けどな、捨て子だったお前を受け入れ、面倒を見てくれた。

愛着だって湧くはずだし、自律するまで育てる責任だって生まれるはずだ。

それにも関わらず、わざわざお前を手放した。これはどういうことだと思う?」


「……やっぱり、負担になっていたってことなのかな」


捨てられてからしばらくの間、魔界で過ごしていたらしい。

記憶がないから、語れることもない。俺のルーツなんて、そんなものだ。


ただ、その間のことなんて、考えたこともなかったのは確かだ。


「アイツ、お前を家族の元に返してやりたかったらしい。

人間界に居場所があるなら、そこに戻ったほうがいいと思ったんだろうな。

けど、両方死んじまったし、アテになる人もいないから施設に預けるしかなかった」


一瞬、沈黙が下りる。


「それだけの決意があったってことなんだろう。

何日か寝込んでいたらしいしな。

ま、アイツのことだ。どーせ何か悪いもんでも食ったんだろ」


初めて聞くことばかりだ。

写真からは想像もできなかった。


「それでも、会いたいんです。

助けてくれた人だし、ちゃんとお礼も言いたいんです」


「お前の好きにすればいいさ。俺は止めたからな」


頑として譲らない俺を見て、カインは肩をすくめた。

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